終端抵抗/未来モンスター・カリュド 23: 融合 ジャックとサブリナ
23: 融合 ジャックとサブリナ
その日、ジャックと愛鈴は、彼らに与えられていた、惑星探査船トレージャー引き上げの用のサルベージ船を監視するという任務を解かれていた。
その代わり、彼らは殲滅部隊の臨時本部が設けられた都内の高層ホテルの一室に呼び戻されていた。
これは、響児の要求を呑んだ形で、乱望がジャック達の為に取り計らった処置だった。
響児から送られてくる、響児とゴドーの映像と会話を、乱望とサブリナ、ジャックと愛鈴がそれぞれの思いを込めて見つめている。
なまじっか古典ムービーを、しかも文芸作品が趣味等という精神構造を、ジャックが持っていたのがいけなかったのだろう。
ダストキングとゴドーが同一人物でないという事実は、ジャックに諦めの気持ちをもたらさなかった。
一時は、収まりかけていたジャックの復讐の念は、彼自身の殺人マシーンとしての実力アップと、人類の共通の敵という大義名分の元に、誰にも消せない火炎として彼の中で燃えたぎっていたのだ。
それが今、急速にその目標と意義を失ってしまっていた。
やり場のない怒りが、ジャックを満たした。
無理矢理に抑え込んでいたダストキングに犯された時の屈辱、麻薬に依って崩壊した自分の家族への思い。
たった一グラムのクリスタルダストの為に、売り払うモノを無くした母親は、一人息子をダストキングに差し出した。
その拭えない事実。
ダストキングの支配の下で、たった七カ月でスラムと化した故郷の街、そしてその街での荒んだ生活体験。
苦労を重ねてジャックは、それらの記憶を、押しつぶして来たのだ。
その復讐の相手が、いまさら中身が違うと言われても、蘇った記憶は、帰るべき場所を持つ筈がなかった。
ジャックは、三人の前で獣の様に吠えた。
侵攻の先遣隊として選ばれた『時の矢の種族』の三人は、異時空の旅の暗闇が果てる空間に散見出来る強い光の中で、特に青白く光る若い人間の燈台の灯を見つけた。
「青」のベクトルを持つ光は、彼らの放つエミッターの弱まりと共に、やがて彼らの飛翔フィールド中から感知出来なくなる。
時ともに、それらの光は、彼ら本来の属性・つまり人間のものに戻ってしまう事は、『時の矢の種族』達にとっては周知の事実だった。
そうなれば彼らにはもう、その人間は融合先として使えなくなる。
その光を、他の仲間達が使用しないのを確認した上で、三人はそれを自分達の融合目標に使う事に決めた。
彼らのように力の強いトシュタットを持つ戦士は、強い光の人間を他の者に譲るのは当然であったから、そうしたのである。
勿論、彼らは、その光が偶然にも、人間達が初めて組織した対『時の矢の種族』殱滅部隊の兵士達が放つ光だったとは、思ってもいなかったのだが。
『時の矢の種族』の先遣隊との闘いは、響児が乗船するクルーザーと同時に、乱望達のビルでも始まっていた。
乱望は、剽軽な中年男の仮面をかなぐり捨て、地獄の番犬ケルベロスに戻っていた。
一番最初に現れた巨大な船虫の背中に磯巾着を乗せた様な外見を持つ『時の矢の種族』に、BBGの全弾を抜く手も見せずにたたき込み、それに効果が無いと知ると、拳に高電圧を発生させてその異形に接近しフックを打ち込んだ。
そんな乱望を支援するように、愛鈴もBBGを磯巾着の肉柱に撃ち込む。
『時の矢の種族』の三体が、突然、乱望達のいる部屋に出現してから、わずか四秒間の出来事である。
だがそんな乱望達の反撃よりも早かったのは、残った『時の矢の種族』二体の人間への融合だった。
この頃、既に『時の矢の種族』達は、融合時に起こる人間の苦痛を享受する楽しみを放棄していたのだ。
それよりも、トシュタット器官の残された機能を使って、己の存在を一度希薄化し、人間に『重なり合う』方法を取っていたのだ。
それは『時の矢の種族』の戦士カリュドの失踪以降に取られた彼らの安全策だった。
ジャックへの融合に成功した『時の矢の種族』は、不思議な光景を二つみる事になった。
一つは、一番最初にこの世界に到着し、結果的に彼らの融合の時間を稼いでくれた事になった仲間の死だ。
もう一つは、金髪の人間の女に融合した筈の仲間が、未だに立ち上がれずに床に倒れたままでいる事だった。
乱望の両手首の甲の部分からは、九十センチのブレードが人工皮膚を突き破って突き出ていた。
地上の二・三の超合金以外は切り裂けぬものはないと言われるブレードと、戦闘モードに入ったサイボーグとしての筋力は、異形を再生不可能な迄に破壊し尽くしていた。
『時の矢の種族』同士でも決して他人には教えないというトシュタット器官と脳髄の場所のいずれかを、乱望のブレードが偶然にも破壊したのだった。
ゴドーが言った「『時の矢の種族』を唯一人間が倒せる瞬間」を乱望は逃さなかったのだ。
しかしもう、ジャックとなった『時の矢の種族』は融合を完了している。
人間のサイボーグ如きは、敵ではなかった。
融合を果たしたジャックは、にやりと笑って、乱望に一歩踏み出した。
それに対抗するように乱望のスーツの胸の部分が少し隆起し、そのあとその部分の布地がくすぶり始める。
乱望は七十年間の傭兵生活の中で改造し尽くされた身体の兵器部分を、この場で全て解放するつもりでいたのだ。
「止めろ、ツンリマ。二対一だ。その人間は、結構手ごわいし、この俺の実力は心得ているな。」
床に倒れたままのサブリナから、明らかに男性の金属を擦り合わせた様な声が聞こえた。
ツンリマと呼ばれたジャックの顔が、意外そうに歪む。
「ほう?融合しそこねたのか?カリュドの二代目というわけか、、。あの薬はハリーハウゼンの家から全て消去したと報告を受けていたが、、。まあいい、いずれお前のトシュタットも、この俺が引き抜いてやるよ。イシスよ、それまでに、その下等動物から離れる算段でもしておくことだな。」
ツンリマは、乱望の方を向いたまま、窓際に後ずさった。
後ろ手に、ツンリマが窓に掌を当てると、ビルの壁代わりの硬質ガラスが粉々に砕け散って、ツンリマはダイバーの様に仰向けに落下した。
素早く駆け寄って眼下を覗き見た乱望の機械化された目に、地上に激突する寸前に蜻蛉の羽の様なものを広げて、再び浮き上がったジャックの姿が映った。
乱望の右胸から口径を最小に絞り込み射程を長くした高出力ビームが射出された。
乱望の目がジャックを捉えている限り、外れようがない攻撃だった。
しかしそのビームは、歩道を滑空するジャックの身体の1メートル手前で屈曲して、地面に穴を掘るばかりだった。
ジャック、いやツンリマは何かを放出してそれでビームを防いでいる。
コイツもカリュドと似た遠距離に作用する力を持っているのか?と乱望は思った。
「止めて下さい。関係のない通行人を巻き添えにしますわ。」
そう乱望に声をかけて来たサブリナの声は、元に戻っている。
そしてサブリナの繊細な白い手が、乱望の肩におかれ、乱望は元の剽軽な中年男に戻れた。
「、、融合の緩和剤を、貴方はまだ持っていたのか?しかもそれを自分に使った、、。」
「ええ。切り札は最後まで持っておけと響児が言っていましたからね。これが本当の最後の切り札です。それに薬を貴方方に渡したら、貴方方は響児の様な人間を、どんどん生み出すに決まっているわ。これを使うのは、無理矢理、響児にお爺様の遺産を継がせてしまった私だけで充分。」
幼い頃、怪異に自分の小指を食い千切られても泣き喚くことをせず、自分のなすべき事を自然に出来た少女の魂は、こう成長していた。
「君は後悔する事になるぞ。それに私は、必ず君の身体から融合緩和剤を抽出してみせる。」
珍しく乱望は、激興した口調でサブリナに迫った。
「やれるものならやってご覧なさい。それに私はもう充分すぎる程、後悔してるわ。」
サブリナはそう言い終わると、乱望の両手から伸びるソードを、彼女のか細い人差し指と親指だけで摘む様にして、へし折ってしまった。




