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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 22: 時期 塵の王

   22: 時期 塵の王


 乱望は、波止場からホテルに向かう車の中で、サブリナに柔らかく詰問していた。

「君はゴドーの言った話を、ある程度知っていたようだが?何故、それを私たちに前もって話してくれなかった?」

「貴方方が、私の両親を解放してくれないからですわ。何度も言って来たでしょう?両親を解放してくれたら、新しい事実をお教えするって。」

「、、済まなかった。その言葉、君のブラフだと思っていたのだ。弓削氏が、既にハリーハウゼン氏から『時の矢の種族』についての情報を、十二分に聞き取っていたと思っていたからね。それ以上の内容が、孫娘の君の口から出て来る訳がないと思っていたのだ。」

 響児との逢瀬を許可されて浮き立っていたサブリナの顔が曇った。

「だったら尚更、私の両親を人質に取り続ける理由はなかった筈よ。それに響児は、既に貴方方の思い通りに動いている。響児は何時も言ってたわ。乱望に気を許すなって。、、悔しいけど、その通りだった。」

 乱望は、何かを決意した様だった。


「私は、昔、ケルベロスと呼ばれた男だが、今は、もう違う。私の様なタイプが、表面上の冷酷さを保ち続けるには、酷くエネルギーがいる事なのだ。」

 乱望は自分の目を親指と人差し指の腹で強く押しつけながら言った。

 サブリナには、それが酷く老人臭い仕草に思えた。

「何が、言いたいの?」

「君のご両親は、君が家を出て獅子吼の元に走った時、既に『時の矢の種族』に殺されていた。」

「嘘!。私が家に戻った時、二人は確かに父と母だったわ!自分の両親と『時の矢の種族』の見分けがつかない程、馬鹿じゃありません!」

「、、残念だが、奴らの乗っ取りの方法はいくつもある。最初の内は、自分が乗っ取られているのも分からないようなやり方、きつい言い方だが、自分が死んでいるのかどうかも気づかせないで、すり変わる方法もあるようだ。」

「嘘よ!何度も両親とヴジホンで話させてくれたじゃない!」

「ヴィジホンに細工するのは簡単な事だ。我々が、君に直接ご両親を会わせられなかったのはそういう訳だ。いずれ折りを見て話そうと思っていた。」



「どうした?酷く顔色が悪いぞ。」

 サブリナは少し硫黄の臭いのする響児の肩に頭を持たせ掛けた。

 今のサブリナには助けが必要だった。

 乱望が謝罪とともに最後に見せた、力なく首を振る老人臭い仕草が頭から離れない。

 もの悲しいブルースが、ホールを満たしていた。

 時代がかったミラーボールの泡の様な光が、サブリナの丸みを帯びたすべらかな肩を通過して行く。

 ここは、クラシックなバー、響児が二人の再会の為に指定してきた場所だった。

「ねぇ、後悔してる?」

 サブリナの声は、ひどく遠い所から聞こえるようだった。

「、、始めはね。今は違う。目の前の多くの死を見つめている内に、生きている事を楽しむのが、人間の義務だと思うようになった。俺の場合は、この身体を楽しんでる。俺は自分の身体をキャンバスにしてSFXを楽しんでるのさ。」

 サブリナの震えが響児の身体を通して伝わってくる。

「違うよ。嫌みじゃない。本当の事だ。、、それはそうと、君のご両親は元気なのかい?なんなら俺が弓削に直接掛け合ってもいい。」

「いいえ。その必要はないわ。乱望さんが、近々、会わせてくれるそうよ。」

「そうか。でも奴の表面に騙されるなよ。人間、元気なままで甲羅を重ね過ぎると、弓削みたいな妖怪になっちまうからな。知ってるかい?奴は毎晩、機械オイルの風呂に入ってるって噂だぜ。」

 サブリナは笑わなかった。

 肩が上下に波打っていたが、それは嗚咽のせいだった。


   ・・・・・・・・・


 その日、響児の姿が大型クルーザーの上にあった。

 ゴドーはトレジャー引き上げ前の3日間を、彼の所有する大型クルーザーの中で過ごすつもりらしい。

 「海」は、人間を装って近づいて来る『時の矢の種族』の数を減らす効果がある、と言う事だったが、本当は彼がこの世界の「海」に、心底魅入られているからに過ぎない。

 響児もゴドーから強要される奇妙な訓練には辟易していたが、初めて見る汚染されていない本物の海は気に入っていた。

 それにゴドーの口から語られる「世界の秘密」は、いつも驚愕に満ちていた。

 人は、自分の理解の届かない事象に出くわすと恐怖を感じるものだ。

 さしあたって『時の矢の種族』は、最大の恐怖だったが、その『時の矢の種族』でさえ、知らない世界をこのゴドーは知っていたのである。

 響児は、少しこの『時の矢の種族』に、好意のようなものを感じ始めていた。


 船尾にしつらえられたフィッシング用回転式チェヤーに小さく納まったゴドーに向かって響児は話かけた。

 今日こそ、ゴドーへの復讐を画策するジャック達に、事の真相を知らせて於かなければならない。

 さもなければ、じれたジャック達は、ゴドー抹殺の最後の機会であるトレジャー引き上げの際に、全ての人間の思惑を破綻させる可能性があった。

 今まさに新たに打開されようとする局面を、ジャック達の暴走で、混乱の極地に追い込む事だけは、なんとしても回避すべきただった。

 響児はサマーセーターの飾りボタンに見せかけた通信機のスィッチをオンにする。

「なあ、ゴドー、聞いておきたい事があるんだが?」

「つまらん話なら止めてくれ。君のレッスンは終わったろう。私は、この光景を目に焼き付けておかなければならない。」

「あんたが、ダストキングと呼ばれていた頃の話なんだ。」

 しぶしぶ、水平線上に見えるコクーン首都から視線をはずして、二十日鼠の様な顔が響児の方を見た。

「それが、そんな玩具の様な隠しマイクを使って、わざわざ他の者に伝えないといけない内容なのかね?」

「全てお見通しって訳だ。、、あんたに怨みを持っている者へ、真実を聞かせてやりたいんだよ。特にあんたが、ダストキングだった頃のね。」

 ゴドーは一瞬、眉を顰めた。

 だが暫くすると、何か懐かしいものを見るような表情に変化した。


「、、、私が融合した男は、かなりの悪だったらしいな。『時の矢の種族』は、人間の誰にでも融合できる訳ではない。転移にしてもそうだ。ある種の人間が持っている波動を頼りに、時をジャンプし、到着地点を決めるんだ。その波動とは主に欲望だよ。名誉欲、物質欲、破壊欲、強烈であればあるほどいい。度が過ぎた承認欲求もその内の一つだ。まあ時には、愛というような変わり種もあるがね。それがトシュタット器官に共鳴するんだ。君の場合は、事情が複雑だが。」

 ゴドーは響児の顔を覆ったマスクを、欲望にまみれた目で見た。

 響児には、ゴドーが、マスクの「何に」欲情しているのか、まったく見当が付かなかった。

 そういう場面に出くわす度に、自分が相手をしているのは、やはり人間とは違った生命体なのだという事を響児は改めて思い出すのだ。

「融合の技術が、不完全な頃には人間の手引きが必要だったんだよ。そこを突かれて『時の矢の種族』は、ハリーハウゼンに上手く填められたと言う訳だ。しかしハリーハウゼンも割に合わぬ駆け引きをしたもんだ。君一人を生み出すために、五十人以上の『時の矢の種族』を、この世界に連れこんだんだからな。まあもっとも、融合という手間暇のかかる侵攻パターンを『時の矢の種族』が取らなければ、人間はとうの昔に絶滅していただろうがな。その意味では、ハリーハウゼンは『時の矢の種族』と人間の両方の救世主だったのかもしれん。」

 響児は、最近忘れかけていた重圧を再び思い出していた。

 自分は、たった一人で『時の矢の種族』の侵攻を受けて立たなければならないのだ。

 『時の矢の種族』がこの狩猟ゲームに飽きる時までは。


「そんな事はどうでもいいんだ。俺が知りたいのは、あんたがダストキングに何時、融合したかって事だ。」

「まあせかすな。私は事のついでに、『時の矢の種族』の侵攻を遅らせる方法を教えてやっているのだ。お前と、この通信を聞いて入る輩にな。時をジャンプするには、トシュタット器官を酷使する。一度ジャンプをすると、トシュタット器官が正常に機能するまで回復を待たなければならない。個人差があるがな。始祖などは、どうやったが知らぬが教義を創るまでに、一日おきに過去や未来を覗いて回ったそうだ。まあ我々の仲間では、長い場合はトシュタットの回復に二十年を必要とするものもいる。私もカリュドも、その面では実にタフに出来ている。ああ、私が、あの男に融合した時期の話だったな。それは七年前だ。どうだ、これで君たちの思惑の計算が合うかね?」

 ダストキングが、響児達のコクーンを放逐されたのは、六年程前だ。

 しかし彼がその悪名をコクーンシティ中に、とどろかせていたのは、そこから更に十年以上も前の話になる。

 BENTEN・ジャックが、ダストキングと悲しい遭遇をしたのもその頃だ。

 すると史上最高の極悪人と呼ばれた人間は、正真正銘の「人間」だった事になる。


「あの男の精神は、すさまじかった。もっともそのおかげで、他の時代に、行ったり来たりを繰り返して擦り切れ掛かっていた私でも、容易にこの世界への燈台の光を見つける事が出来たわけだが。しかし、私がとりついたのが、同じ悪仲間に非道さゆえに故郷を放逐されるような男とはね。彼も、ある意味では、この私と同じように、存在そのものが異端者だったのかも知れないな。」

 ゴドーの皮肉な笑みを見ながら響児は、やはり人間は人間のままで何処までも非道を貫ける存在なのだと、改めて思った。

 極悪さでは人間は『時の矢の種族』に引けを取らない。

 いや、それ以上なのかも知れなかった。

「前から、そんな気がしていたのだ。『時の矢の種族』の精神と人間の精神は奇妙な親和性がある。人間の心の暗部をカリカチュアライズしたのが、我々『時の矢の種族』ではないかとな。ただし、我々は、死の快楽をもって、それを昇華している。」

 響児のマスクに対して感じていた欲望が消えたのか、ゴドーは出来のいい愛犬をめでる様な目で、響児をみた。

「事のついでに教えておいてやろう。『時の矢の種族』が、一番脆くなるのは、ジャンプを行った直後と人間に融合する瞬間だ。その時を狙えば、全てとはいかんが、何人かは人間の兵器類程度でも殺せるかも知れない。その数分を見逃したら、お前以外の人間は、誰も彼らに手出しはできない。トシュタットが生命に輝いている時は、お前達人間から見れば、我々は神に近い存在になるのだからな。」

 そこまで言い終わって、ゴドーは目を閉じた。

 海上を渡る潮風が、ゴドーの銀髪と響児の黒髪をなぜてゆく。

 ゴドーは、まるでこれが最後だと言うように、鼻孔を膨らませて、潮風を吸い込んでいる。

「噂をすればなんとやらだ。来たぞ。三十人はいる。本格的な侵攻の先遣隊だ。」

 ゴドーに言われなくとも、響児にもその大きな波動は伝わっている。

 響児は、顔を覆っているマスクを外した。

 響児のサマーセーターは自然発火し、その内側から、黒く光輝く彫像のようなカリュドの姿を出現させていた。



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