終端抵抗/未来モンスター・カリュド 21: 取引 噛じられたら気持ちが良い
21: 取引 噛じられたら気持ちが良い
東桃源コクーンは、その内部に入り江状の海を抱え込んだ特異な形状をしていた。
従って東桃源には、他のコクーンには創り出せないような、いくつかの自然環境が残っていた。
海上を伝わって来る潮風が、その一つであり、コクーン内の恒常的に乾燥した空気になれたサブリナには、それは非常に好ましいものに思えた。
サブリナの眼前に広がる海原は、コクーンが吹き出した上昇気流の中に含まれる防御粒子で、太陽光線を倍増した輻射光に照らされ黄金色に光輝いていた。
船上デッキの手すりに突き出た腹を押しつけながら、サングラス姿の乱望が、いつもの演出ではない本物の情感を込めて言った。
「私も、もう年だ。今度の仕事が終わったら、このコクーンに移住しようと考えている。波の静かな入り江に小さな家を建てよう。潮風が、私の体内に埋め込まれた金属類をゆっくりと錆び付かせてくれれば良いのだが、、。」
遠くの海面に銀色に光るものが、数体跳ね上がり、水切り石の様に水煙を上げながら連続して跳ね飛んでいった。
「あれは?とっても綺麗だわ。」
「海の汚染に打ち勝った数少ない魚の一種だよ。黴後家クラゲにでも追われているんだろう。両方とも間近で見ると余りロマンチックなモノじゃない。」
乱望はいつもの口調に戻ると、紫色の人型ネズミのイラストがプリントされた腕時計を見て、サブリナの腕を取った。
「そろそろ、会見の時間だ。行きましょうか、お嬢様。」
乱望とサブリナは、ゴドーとの会見に指定された彼の持ち船である豪華客船トルネードの船内レストランに向かった。
強烈過ぎる窓からの外光を背に受けて、テーブルに座っているゴドーは、小さな影法師の様だった。
その影法師の両わきには巨大な影法師が二つあった。
ゴドーのボディガードだろう。
『時の矢の種族』が変身した者かどうか、乱望とサブリナには判別できない。
「我が船にようこそ。ミスター乱望。ミス・ハリーハウゼン。」
サーバーロボットが銀色のアームで、二人の為の木製の椅子を優雅な動きで後ろに引き始める。
乱望が席につくと、何時の間にか、黒いマスクを付けた獅子吼響児が乱望の隣の席に座っていた。
響児が自分自身で用意した席だ。
つまり、響児の動きは、サーバーロボットの優秀なセンサーにも探知できないということだった。
「ほう、突然現れましたな。その方は、誰かな?」
影法師の甲高い声。
ようやく目が慣れてきたサブリナに、二十日鼠を人間に膨らませた様な、ゴドーの顔が見えた。
目が丸くて口の周囲全体が前に突き出している。
しかし怪物の顔という程でもなく、辛うじて「個性的な顔」に収まる異相だった。
「彼は私のボディガードですよ。ミスターゴドー。まだ年は若いが、貴方の両わきのボディガードぐらいの役にはたつ。」
「これは困った。食事の用意は3人分しか用意させていない。私のボディガードは、小量のベビィフードと大量の電気しか摂取しないのでね。」
「俺の事は、気にしないで下さい。俺の大好物は、レアのトシュッタトだけですから。ここのレストランでは、すぐには用意出来ないだろうし。」
彼は、いつからこんな好戦的な物言いが出来るようになったのだろう?
サブリナは、驚いて響児の顔を見た。
「確かに君のような美しい青年に、トシュッタトを噛じられたら、気持ちが良いかも知れないな、だからと言って、そうやすやすと差し出してやる訳には行かないがね。」
響児の目から下を覆う黒いマスクは、ピッタリとフィットしていて、唇の形まで浮いて見え、まるで彼自身の肌のようだ。
そして昔の響児の、夢見がちで心は此処にあらずと言ったような瞳が、地獄の蓋の様な暗さに変化していた。
「ところでミスター乱望、私は先ほどから、この青年と同種の悪意をそこらじゅうのテーブルから感じるんだがね。それに今日は、客層が随分落ちているようだ。特にあのテーブルが酷い。これからは、下の者に、もう少し客を選べと指示しておくよ。」
ゴドーは、スープの為に揃えられたスプーンを取り上げると、それで露骨に乱望の後方のテーブルをさした。
乱望は、そこにアベック客を装ったジャックと愛鈴を配置させていた。
そして、彼らが自分たちに与えられた任務以上の特別な興味をゴドーに示している事も承知していた。
ゴドーの手に持ったスプーンが震えだした。
スプーンの先端の凹みの付け根あたりから蜻蛉の羽の様なものが伸びだし、しばらく震えてから、スプーンはそれを使って飛び立って行く。
羽のあるスプーンは響児の鼻先でUターンして窓に向かい、窓に激突する直前で消滅した。
それがゴドーの怒りの表明だった。
「誰にも貴男には、手を出さないように言ってある。私としても、『時の矢の種族』とは、初めての会見なものでね。この程度の保険は許して呉れ給え。」
響児はさり気なく右耳の下にあるマスクと肌の隙間に指を指し入れて、マスクの密着を少し引き上げた。
途端に、強い『時の矢の種族』の波動を目の前のゴドーから感じた。
だが不思議な事に、そのゴドーの波動は、彼の両脇に立っている二人のボディガードからも感じられた。
しかし響児の中のカリュドは、この二人を同族と見なしていないようだ。
だが響児には、彼らがとても人間とは思えなかった。
この二人のボディガードは、テーブルで交わされる会話が外に漏れないように、己の肉体を使って空気を振動させ、音を遮断していたのだ。
そんな事が普通の人間に出来る筈がなかった。
「私は、君達が『時の矢の種族』と呼ぶ生き物の中では変わり者のほうだ。普通の『時の矢の種族』は、下等動物から受けた侮辱は決して許さないし、なによりもこの様な場面では、血が疼いて仕方のないものだがな。、、まあいい。話を続けよう。私を、その時が来るまで君達の手で護衛して欲しいのだ。」
乱望のスープをすくい上げようとする手が止まった。
「これは君達に取っても良い話になると思う。私はトレジャーが採集してくるであろう、あるモノを手にいれたら、故郷の時空に帰る。上手く行けば、その後、『時の矢の種族』の侵攻は中止される筈だ。それまでの間、私を守って欲しい。」
「誰から、貴男を守るのだ?貴男を怨んでいる数多くの人間からかね?」
スープを下げに来たサーバーロボットに、もう料理を持って来なくてもいいと、優しく告げながら、乱望はゴドーに問うた。
乱望は、もうゴドーとゆっくり食事を楽しむつもりはないらしい。
「我が部族長達は瞑想会を開いて、今度の大規模侵攻に時期を合わせ、異端者の私を討伐すると決めたようだ。君たち流に言うと、邪魔な野郎は、ついでにやっちまえ!ってところだな。私を、その『時の矢の種族』から守って貰いたい。」
サブリナも慌てて食事の中止を指示してから、ゴドーの話についていこうと、祖父の残したデータを必死になって思い起こしていた。
「私には人間にも何人か敵はいるが恐れるに足らずだ。言わせてもらえれば、どんな異端者であっても、君達の様な下等動物に殺されるひ弱な『時の矢の種族』は一人もいないよ。だが私を殺すために送られてくる『時の矢の種族』の追跡者は強者だろうな。、、ミス・サブリナ。君の祖父は、過去において私の為に追跡者を一人片付けてくれたがね。彼は、本当の策略家だよ。我々にはない種類の知恵があった。」
「では、貴方があの『教義に背く者』なのね!?」
その名前こそ、サブリナが弓削にとっておいた切り札の内の一つだった。
「ほう、ハリーハウゼンは、私の事をそう名付けたのか?人間にしては、頭の良い男だったからな。」
ゴドーは、次から次へと皿を平らげながら言った。
尋常ではない速度だった。
まるで早送りされた映像を見るようだ。
これもあって、乱望は食事を途中で断ったのだろう。
「いずれにしても、もう少し詳しい話を聞かなければ判断が出来ないな。」
乱望が珍しくじれる様に言った。
「そう急かすな。人間に融合した期間が長すぎたせいか、食べるのが楽しくてたまらんのだ。私の故郷では訳のわからん昆虫や菌子を二週間に一度口にするだけだからな。この習慣だけは、君達の方が優れているよ。ミスター乱望、君はサブリナやハリーハウゼンから教えて貰って、『時の矢の種族』の教義に付いて、少しは知識があるのだろう?」
ワイングラスを空けながらゴドーが話を続ける。
「だが、それらの教える所の知識の大半は間違いだ。最も、間違っているのは君達だけではないがね。私の仲間達も間違っているのだ。私は、我々の教義に背いて『時の矢の種族』の遠い過去に飛んだ事がある。人間と『時の矢の種族』は、同一線上を少しずれて飛んでいる矢なんだよ。右足から歩き出すか左足からか、その程度のズレだ。」
「『時の矢の種族』は、私たち人間の現在と同時進行はするけれども、まったく違う次元にいるという彼らの教義通りの存在ではないと言う事なのね。同一方向上で少しずれる矢、、つまり『時の矢の種族』は、最も可能性の大きい人間の未来の姿だと言う事でしょう?」
サブリナは、身を乗り出して言った。
ゴドーは舌平目モドキの巨大な眼球を、口の中に生えた様に見せながら口に含み、ニヤリと笑ってから呑み下す。
「厳密な意味ではそうではないが、大局においてはそうなるな。『時の矢の種族』が、人間を絶滅させてしまうと、我が種族にとって必ず悪い影響が出るはずだ。これも始祖が、中途半端な『教義』を創ったが故の混乱だよ。時の真実を知っているのは、私と始祖だけだ。我々の始祖は、どうやら偉大なペテン師だったらしい。自分自身で、遠い過去や未来には飛ぶなと言っておきながら、自分は飛び、そして、異次元の世界と見せかけて、我々に祖先殺しをさせようとしている。まあ言ってみれば、壮大な集団自殺だな。その意図は、未だにわからんが、、、。」
「信じられん話だな?」
乱望は、ため息をついている。
「我々『時の矢の種族』を、君達、下等動物がどのように見ているのかは、おおよそ見当はつく。だがな、それは動物園に入れられた頭のいいゴリラが、俺を何故閉じこめた、お前らは我々以下なのにと、飼い主たる人間に吠えるレベルのものだ。『時の矢の種族』同士では、礼節もあるし、嘘も人間ほどにはつかないものだ。精神の高潔さが、人間と『時の矢の種族』、、どちらが進化しているかを示している。我々が人間の到達した理想の姿だ。」
「、、、その話は結構だ。トレジャーが、拾って来るものは、なにかね?」
「『時の矢の種族』が、人間の末裔だという証拠だよ。それで、私はこの世界への侵攻中止を仲間達に説得してみるつもりだ。それ以上は言わぬが、いや聞かぬが花だ。どちらにしても、今日の話は、君たちにとっていい条件ではないのかな?君達は私を殺す手間が省けるのだし、どのみち大挙して遣ってくる我々の仲間を、私のガードをする中で、一人でも多く、しかも侵攻の前に殺せると言うわけだ。更に、上手く行けば、『時の矢の種族』の侵攻そのものが止まるかも知れないのだぞ。」
「貴男一人を、助けるだけで、この戦争を終わらせられると言うのか?」
「そういう事になるな。」
「この話、人間の世界では投資と結果が釣り合わない類の商談だな。特に貴男が戦いを、辞めさせるという部分だ。我々は、何を持って、それを信用すればいい?いや、何故貴男はそんなつもりになった?異端のままこの世界で暮らすか、あるいは故郷に戻って命乞いをするという方法もあるだろう?」
「時の復元力の働き。、、そういったものもあるが、なにより、生命の形の違いを理由に、戦うのは無意味だからだよ。命は全て等しい。だからこそ生き延びる為に、他を殺すことが許される。私はそれを知っている。肉体を限りなく自由に制御出来る儂の仲間が、なぜそれが判らんのか、不思議なくらいだ。」
既にコースを平らげてしまったゴドーは、響児を、何故か恐れと羨望の入り交じった目で見ながら、最後にコーヒーを啜り上げて言った。
「カリュドの身体を手に入れた若者よ。お前の事は、既に調べてある。私が、私のガードとして欲しいのは君だけだ。それに私が故郷に帰るまでに暇があれば、君に新しい身体の使い方を教えてやる。それは、私にとっても、君にとっても有用な事だろう?」
「、、、ああ、そうかも知れんな。あんたのように自分のコピーを作ってボデーガードにするなんてことが出来るようになると、ちょっと楽しいかも知れないな。」
響児はジャック達のいるテーブルをちらりと見てそう答えた。
ゴドーを復讐の対象としてしか捉えていない彼らが、ゴドーの護衛の任務につくと聞かされたら、、、。
ジャック達は、どんな反応を示すだろう。
「ほう、判るのか?さすがだな。だが少し間違ってる。こいつらは私のコピーじゃない。普通の人間に、私の細胞を少し移植してやっただけだ。まあ結果的には、君の言う通り、人間から変化して私のコピーになったがね。」
ゴドーはハツカネズミの様な鼻に皺を寄せて、そう言った。
きっとゴドーは笑ったのだろう。




