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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 02: 令嬢来訪 狼だって腹を見せる

   02: 令嬢来訪 狼だって腹を見せる


 獅子吼は、本来、薪が燃やされている筈の豪華な暖炉の中に、独身者用の小型のヒーターを入れ、震えながら寒さに耐えていた。

「さて、これからどうする?作品どころか発注がこなけりゃ、俺はここのガラクタどもと心中だ。」

 そう独り言を言いながら、たとえSFX処理の依頼があったとしても、それをこなすだけの設備も機材もすでに売り払ってしまっている事を思い出し、獅子吼は薄笑いをした。

 帝王と同じように、チームを持たないで、一人で仕事をこなしてきた事が裏目に出ている。

 統合SFX技術は、一個人の才能だけで、スクリーン映像を作り上げる事を可能にしたが、その分、創作の為の機材への依存度は半端ではなかった。

 たとえ、幸運にも仕事が入ったとしても、彼は帝王の残したアンテークで、それをこなさなければならないのだ。

 獅子吼の胴が震えたのは、寒さの為だけではない。


 その時、室内のインターホンが鳴って、響児は正門に繋がる受話器を取った。

 この場所から門に出るまでは、五つの広大な広間を通過しなければならない。

 出向いたところが、コクーン外縁地域でコミュ二ケーションに必須となる有線ケーブル等の勧誘なら、笑い話にもならない。

 手持ちの、禄に電波も飛ばず通話料金だけがバカ高いコミューターより、今の自分にはケーブルの方がずっと良いのは分かっているがそれを設置する金もない。

 今月分のコミューター料金引き落としも、危ういのだ。

 獅子吼の資金は底をつき始めていた。


「私、サブリナ・G・ハリーハウゼンです。お話があるんですが。」

 それは久しぶりの若い女の声だった。

 サブリナ?だって。「G」のミドルイニシャルだって?

 思いだした、帝王の孫娘だ。

 確か、彼女だけが、この城を俺に売り渡す事を反対していたっけ、、。

 響児は、混血の進んだ今の時代には珍しい、白い肌と文字通りの青い瞳と金髪を持ったサブリナの顔を、今鮮やかに思い出していた。

「鍵なんて面倒なものはしてませんよ。どうぞ、勝手にお入りなさい。俺は甲冑の飾りのある部屋にいる。ああ、それから、コートを着てるんだったら脱がないようにね。ここも含めて、城中、暖房が効いていない。」


「随分、お困りのようですわね。」

 悪戯ぽい嬉しそうな声だった。

 インターホンの会話が終わってから、きっかり五分後のことだ。

 彼女は迷うこともなく、この複雑な古城を真っ直ぐにこれたようだ。

 獅子吼は、その事に最初驚いたが、3ヶ月ほど前まで、この城が彼女の家だったのだから、それは当然の事なのだ。

 獅子吼は、この時、まだ、自分のその見当外れな驚きの中に、違う別の感情が混じり込んでいる事に気がついていなかった。

 サブリナの灰色のコートが、彼女の白いセーターの腕にぶら下がっている。

 身体が暖まっているのか、この部屋でも寒くはないようだった。

「どうぞ、お座りになって。」

 響児は自分の右に置いてある椅子を示した。

 家具は立派なものだ。

 城の家具類だけは、コクーン首都の小美術商が高値で買い取ってくれるかも知れない、サブリナが優雅に椅子に座るのを見ながら響児はそう考えていた。

 しばらくは、それで食いつなぐ事になるだろう。

「で、ご用件は?」

「私、ここの城に下宿したいんですけれど。」

「ハァ、、、?」


 古城売買に関してのやり取りは、サブリナの父親を通じて行ったから、響児は余りサブリナの顔をはっきりとは覚えていなかった。

 というより、その時は彼女の存在を強く意識していなかったのだろう。

 しかしこうして目の前でサブリナをゆっくりと眺めると、彼女は、結構、いや相当な美人だった。

 顎の線が細いところや、やや鋭い大きな目の形が響児の好みと一致していた。

 響児は、今まで数人の女性と関係を持った事があったが、一人の女性が自分に対してこれほどの強い吸引力を持つとは知らなかった。

 響児の鼓動が早くなる。

 俗に言う、一目惚れだった。

 無論、片一方で、響児は自分自身が最低の精神状態にあり、そんな時に出逢う美しい女性が、どのような心理状態を自分に生みだしうるかという事も冷静に判断していた。

 惚れたが、これは愛の始まりでは、ない。

 雄の本能だった。

 しかし、それが解っていても、胸の高鳴りは抑えられはしないのだ。

 響児が、暫くサブリナの顔を見つめていたので、サブリナは違う部分で気をまわした様だ。


「貴方が此処を買い取った事を怨んではいません。貴方のおかげで、私の家族は、ここを守れというお爺様の遺言から逃れる事が出来てコクーンシティに移り住めたんですもの。特に私の母は、自分は城の管理人になるためにハリーハウゼン家に嫁いで来たのではないと、常々、こぼしていましたわ。」

「貴方は、唯一人、この城を私に売り渡す事を拒んでおられた。今、俺は、貴方の意見を聞いて置くべきだったと後悔してますよ。」

 サブリナは、暖炉の中のみすぼらしい小型ヒーターをちらりと見ながら言った。

「月々、一万四千クレジット支払います。条件は、お爺様の部屋を使わせて戴くと言う事で。」

「お察しの通り、俺は金に困っている。でも問題は、この広い城に独身の男女が二人きりでいると言う事だ。」

「随分、古いモラルをお保ちですのね?でも貴方は貴方が自分で思われている以上に、紳士な方だと思いますわ。」

 サブリナの言葉の中には、いたずらっぽい響きがあった。

 『男は皆、狼よ』という言葉があるが、狼だって顎の下を上手くかかれたら、腹を見せてひっくり返ってしまうものだ。

 響児は、サブリナのその声を何時までも聞いていたいと思った。

 だが答えは、すでに決まっている、ノー、だ。

 響児は『本当の問題は、俺が君に惚れかけていて、君は俺に興味がなさそうって言う事なんだよな。』と胸の中で呟いていた。


「門の外に、荷物を置いたままタクシーを待たせてありますの。荷物を取って来てよろしいかしら?」

 見かけによらず、サブリナはやることが強引だった。

 響児の答を聞かず、立ち上がりかけるサブリナの腕を掴んだ響児に、涙ぐんでサブリナが言った。

「、、お願い。私、お爺様のいるこの城を離れたくないの。」

 そして、この日から、響児とサブリナの奇妙な共同生活が始まったのだ。




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