終端抵抗/未来モンスター・カリュド 18: 害獣 カリュドの制御
18: 害獣 カリュドの制御
乱望とダンボは、弓削私有の中規模コクーンに設置された軍研究施設の物見棟にいた。
今、彼らが見下ろしているのは高い壁に囲まれた円形の小さなグランドだった。
天井には逃亡防止用の金属格子が張り巡らされている。
此処は捕らえた『時の矢の種族』の運動能力を計測する為のグランドなのだ。
そのグランドの中央に獅子吼響児が立っている。
「・・映画屋の野郎に、甘いんじゃありませんか?」
「まあ、そう言うな。彼は君の部隊の隊員というより、我々の核弾頭兵器みたいなもんだ。その彼が、カリュドをもっと制御する方法を身につけたいと言ってるんだ。ここは彼の言うとおりにすべきだろう?第一、我々の中で、カリュドに暴走されでもしたら、それこそこっちの破滅だからね。」
乱望は、響児がこの要望を彼に申請した際に、「確かに俺はハリーハウゼンに選ばれはしたが、後継者であっても、真の適合者ではないかも知れない」と漏らした言葉が気になっていた。
乱望の目からは、響児は良くカリュドを制御しているように見えたが、実質はそうではないのかも知れない。
もしかすると、響児の言葉通り、もっと上手く『時の矢の種族』との融合を制御しうる適合者とやらが、他に存在するのかも知れない。
しかしカリュドが、その融合第一号であって、次の融合先である『時の矢の種族』がいない限り、『よりベターな適合者』等と言われても、比較検討しようがない。
「それはそうですが、しかし、折角捕らえた『時の矢の種族』を、一匹まるごと奴に差し出すのは勿体ないような気がしますがね。正直言って、映画屋が戦力になってなければ、奴こそ、一番良い実験材料になっていたと思いますよ。なにせ奴らとの、間の子第一号なのですから。」
「確かにね。ハリーハウンゼンが作った融合中和剤が失われた今、融合の秘密を知るには獅子吼君を解剖するのが手っ取り早いかも知れないね。だが彼に代わる戦力はない。だから、只でさえ少ない研究材料であっても彼に提供する。我々では、獅子吼君の相手にはならんだろう?それにもう一つ、個人的に知りたいこともあるんだよ。」
乱望がモニターに映っている響児の姿に、その視線を戻して言った。
視力が強化された二人に、拡大モニターは必要ないが、画面の下部に表示されるバイタルサインの類は重要だった。
「それは、なんですか?」
「カリュドが、なぜ我々への正式な宣戦布告の証として送り込まれて来たかという事だ。それは『時の矢の種族』最強の戦士という事だけでは、ないような気がするんだがね。ところでワイエス君、個体としての戦闘能力では、はるかに劣る我々、人間が彼らに辛うじて太刀打ちできるのは、何故だと思う?」
「我々には、火器などの遠距離兵器があるからです。奴らは、そういうモノを、扱う頭がない。」
「頭がないかどうかは、置いておいて、彼らには、そういった兵器を使う習慣がないのは確かだね。だが、人間狩りではなく、全面的な戦争を仕掛けるつもりになったんなら、彼らだって、戦争の為にそれなりの準備をするんじゃないかな?」
「それなりの準備とは、なんです?」
「さあ、それが判らない。答えは、奴らが宣戦布告用に送り込んできたカリュドにあるだろう。それを知るためにも、獅子吼響児には頑張ってもらわんとな。さあ、いよいよ、始まるぞ。」
グランドの中に、二本脚で直立歩行する巨大なアシカのようなモンスターが入ってきた。
全体の印象は、その黒くて滑らかな体表のイメージからアシカを、インスピレーションさせるのだが、実際には、その肩幅のある肩からは人間型の腕が生えていて、カンガルーのような太い尻尾もある。
地球上の全ての生き物に似ているようで、よく見ると、全てに似ていない。
「ワイエス君、さっきの話だが、動物が道具を使わないでも、比較的遠くへ飛ばせるモノが一つある。私は、そういうモノを、彼らは飛び道具としての武器代わりに使うのではないかと思うんだ。それなら機械兵器を使わないという彼らの拘りから外れる事もないだろうしね。」
「声とか音波の類ですか、、。武器ではないが、コウモリやイルカなどを思い出しますね。我々でいうと、LRAD、音響兵器などが思い当たります。しかし、音響兵器は、それ程、兵器としては強力ではないと思うのですが。」
「人間がやればね。それに、我々の音響兵器の歴史は、非殺傷・制圧の流れで来てる。『時の矢の種族』は、そんな事を考えまい。自らの身体を、戦闘用に変容させる事が美徳だと考えている生き物だからね。」
ゲージの中に入ってきた『時の矢の種族』の姿を認めて、響児の中のカリュドが、モゾリと動く気配がした。
だが響児の目は、目の前のモンスターの怪異ぶりよりも、その身体の、特に頭部に付けられた傷跡に吸い寄せられていた。
頭部には、機械で計ったような幾つもの切り傷跡や、まさに「穴」がたくさん開いていた。
どれだけの生体実験に晒されて来たのか、想像も付かなかった。
初め、そのモンスターは。響児を認めても、虚ろな目で彼を見つめていた。
言葉も失っているようだ。
だが、カリュドを前にして、徐々にその目に光が戻り始めた。
それは響児の中のカリュドが起き上がるのとシンクロしているようだった。
「そう言えば、あれも、それに近い攻撃展開をしていたようですな。あれの胸の部分が妙でしょ。あの部分が共鳴板のような働きをするらしい。玄武のアーチャーが、あれのお陰で、俺は暫く部下に号令をかける度に怒鳴らなくちゃならなくなったとぼやいてましたよ。」
確かに、ゲージの中に現れた『時の矢の種族』の胸あたりの鰓状の器官が、微妙に波打ち始めている。
「これはいいな。今日の私は、ついてる。いや、ついてるのは獅子吼響児のほうか、、。これでカリュドとやらが、忘れてる己の力の一つを思い出すかもしれん。多分、飛び道具だ。それがハッキリすれば、我々もこれからの対抗策を考えやすくなる。」
『時の矢の種族』が側にいない時には、響児のカリュド制御は、比較的容易に行えるようになっていたが、トシュタット細胞が共鳴しだすと、その制御は困難を極めた。
現に、早速、響児の顔は彼の意志に関係なくカリュドへの変化を起こし始めている。
イメージしろ!身体を見ろ!見えれば、制御できる。
『時の矢の種族』は異星人ではない。時空は違うが、この星の生き物だ。見えない筈はない。
変異を起こす引き金の部分を見つけろ。
カリュドは機械じゃない。
同族の波動を受けるのはアンテナじゃないんだ。
トシュタット器官の原型になるもの、地球上の動物の部位と重なり合うものは何だ?
動物は、遠くにいる敵を何で察知する?
音と、匂いだ。
音より、匂いに対する感覚が古くて原始的な筈だ。
本能を形作る感覚は同じ筈だ。
だが『時の矢の種族』の場合は、それが人間とは違う方向に変化していく。
見ろ、イメージしろ!。
見えた!カリュドは、相手の存在を嗅いでいる。
その感覚が、トシュタットの原型。
それが、「興奮」の最初の小さな引き金なのだ。
響児の身体が爆ぜた様に見えたあと、そこに漆黒のカリュドの姿が現れた。
「ほう、、。何度見ても、綺麗なモンスターだな、、ふるいつきたくなる。」
「ええ、確かに。」
そんなカリュドの姿に欲情したのは、人間達ばかりではなかった。
生気を取り戻した『時の矢の種族』の胸板が激しく振動して、その輪郭がぼやけて見えた。
カリュドが腰を落として戦闘態勢に入る。
「カリュドが吠えたぞ!見ろ、口の中だ。人間とは全然違う!」
視力を強化した二人にはカリュドが一瞬開けた口の中を明確に視認できた。
途端に二人のいる高台が揺れ、全ての窓ガラスが、粉々に砕け散った。
・・・・・・・・・
「ほらよ、映画屋。お前がケルベロスに頼んでたモノだ。」
ダンボが、さも忌まわしそうに、一つの包みを響児に投げよこした。
ある程度、その包みの正体を知っているのだろう。
「よく、そんな気持ちの悪いモノを身につけられるな?」
「気持ちが悪い?あんたらが、奴にした事の方が、余程、気持ちが悪いと思うがね。」
「奴らは害獣だ。全て滅ぼす必要がある。その為に、奴らの身体を調べて何が悪い。お前だって、来る日も来る日も、奴らの返り血を浴びてんだろうが。」
ダンボはそう吐き捨てるように言って、響児のいる部屋を出て行った。
響児は、その黒いなめし革で出来た大きなマスクを顔に付けた。
マスクと言っても、下は首を一周する首輪まで付いているから、「面当て」といって良いかも知れない。
最初に首へ、マスクの下部にある首輪を巻き付ける。
次に、マスクの端からはベルトが数本伸びているので、それを頭骨を巻くようにして、マスクを固定する。
マスクは、目から下の響児の顔を、伸び縮みするゴムのようにピッタリと覆った。
響児は、マスク越しに空気を大きく吸い込む。
人間の嗅覚では、何も感じないが、響児の肉の内に潜んだカリュドがそれを嗅いでいる。
マスクの素材は、あの『時の矢の種族』の皮だ。
生命活動を止めた細胞の匂いは、闘争の終了を告げる匂いでもある。
闘争の後に訪れる平坦な満足感、沈静の香り。
『時の矢の種族』との戦いの直前には、これが役に立つだろうと響児は思った。
いきり立つカリュドを沈め、カリュドを適切なタイミングで放つ時に、このマスクが役に立つ。
カリュドを戦略的に使いこなす事が出来れば、響児が戦いにおいて優位に立てる。
・・これは競馬馬の目を覆うブリンカーのようなものか?と響児は苦く笑った。
そしてダンボの言葉を反芻した。
「お前だって、来る日も来る日も奴らの返り血を浴びてんだろうが」
確かに、その通りだと響児は思った。




