終端抵抗/未来モンスター・カリュド 15: 発現 バイブレーション
15: 発現 バイブレーション
夜明け前の薄闇の中で、首相官邸の電子系統の防御網は、弓削が権力中枢に忍び込ませた人間たちの手により全てが死に絶えていた。
セキュリティ会社の買収、通信施設設備のインターセプト、その程度の事なら、弓削の権力は、たとえ相手が首相周辺であっても、その力を行使する事が出来たのだ。
官邸内の警備本部には、偽の平穏な情報が流され続けているはずだ。
機械化ドーベルマンの死体が、広大な首相官邸の庭の闇の中に沈んでいる。
その同じ闇の中に展開した隊員達は、自分達が感じている以上に、戦士として鍛え上げられた無言の高圧エネルギーをオーラとして放出していた。
戦闘能力だけは、単なるならず者のそれではない。
響児の身体も興奮している。
しかし響児の場合は他の隊員と違って、何処からか流れ込んでくる制御しきれない凶暴なエネルギーが、その身の内に宿り初めていたのだ。
しかし当の響児は、それを単純なアドレナリンの体内放出だと思っている。
だが近寄る者の体毛が立ち上がる程の気配を、並の人間が発せられる訳がない。
そのオーラは、常に響児と行動を共にして来たジャックにすら感知出来る程の強さだった。
ジャックは、その異変を響児に問いただしたかったが、今はもうミッションのただ中だった。
響児達を中心に移動しながら、闇の中で機械化された首相側SPと部隊の戦闘が始まっていた。
この接触時刻は、予想訓練の中で想定されていた時間よりも5分程遅い。
その分、部隊は首相により早く接近している事になる。
しかし、敵側の強襲発見の遅れと、敵の戦力とは別物だ。
身体の25パーセントまで機械化されたSP達の動きは恐ろしく速い。
だが気迫は強襲部隊が勝っていた。
コクーンの中でまともに育った戦士は、いくら戦闘能力が高くとも、敵の身体の全てを破壊し尽くし相手を倒そうとする程の気力は産まれない。
それに対して強襲部隊の隊員は、本来のハングリー精神に加えて、ダンボによって「相手が人間なら腹をぶち抜いて動きを止めろ。もし相手が機械化兵なら敵の身体の全てを解体せよ。」と叩き込まれている。
隊員たちは、対SP用に開発された、相手の体内の電子機器を自動的に探査し高電圧を放つスッテクを駆使していた。
闇がステックの放電のたびに解け、倒れたSPに取り付いてサイボーグパーツを高周波ブレードで更に分解してまわる隊員達の姿を、魔物の様に浮かび上がらせていた。
響児は、彼らの元に駆けつけ金属のパーツではなく、臓物の方を、自分の手でかき分けたい衝動を感じている。
それは『時の矢の種族』に融合した後、芳香院のマンションで何度も彼らの出た映画のビデオを調べた時の情動の変化に似ていた。
困った事に、この響児の身の疼きは、味方である部隊の何人かが、SPに捕まって骨をひしがれる音を聞く時にも起こっていた。
「行くよ。ジャック。」
愛鈴が愛くるしい顔を返り血に染めて、響児達の移動を促しに来る。
ジャックは、口中のペパーミントガムを闇の中に吐き捨てた。
黒蛸屋敷の中にある電子機器が満載された1室で、乱望とサブリナが、ジャックから送信されてくる映像モニターと、ダンボからの通信報告を交互に観察していた。
ジャックは勿論、自分の左目にバイオカメラ装置が埋め込まれている事を知らない。
ただの視力強化手術を受けたものだと思っている。
首相の首をとる為の「2名」の本当の意味は、そこにあったのだ。
ジャックは響児の姿を捉える中継カメラに過ぎなかったのだ。
「サブリナ、君の考えた通りだね。響児君の力は、『時の矢の種族』に近づくにつれて増しているようだ。」
サブリナは、『時の矢の種族』の精神感応力等の力が、単に脳髄の機能だけで起動するのではない事を、祖父のデータから読みとっていた。
電気ナマズが身体の細胞を利用して高電圧を体外に放出するように、『時の矢の種族』もまた、彼らの身体そのもの中に、特殊な精神超常能力を加速する機能を備えているのだった。
そしてその彼らの特殊な身体内機能は、脳髄の意識の制御から離れれば離れる程、強く共震しあう性質を帯びていた。
「ダンボ君の報告によると、第二部隊も第三部隊も、今の所、隊員に死者は出ていない。よく鍛え上げてくれたものだ。それに、この分だと、響児君の力も間違いなく開放されるだろう。後は響児君が自分の力を制御してくれるかどうかだ。ここから先を見るのが辛ければ部屋に戻ってもいいんですよ?」
蒼白な顔でモニターを見つめているサブリナに、乱望は語りかけた。
サブリナは首を振るだけだった。
百歳を越える年齢を、見かけこそファンキーな中年男の人工の身体にため込んだこの男は、人間の心を踏みにじる事も慈しむ事も自由自在に意識操作出来た。
乱望は今なぜか、「優しさ」のモードだった。
愛する人間が、人間でなくなって行く姿を見つめ続ける哀しさが、どういうものであるか、この男には、それが身に染みて判っていたのかも知れない。
「いよいよ、ジャックと響児君が首相の寝室に侵入する。ジャックが最後まで響児君の姿を捉えていてくれればいいが、、、。」
ジャックは、ドアを蹴破ると同時に、サブマシンガンをベッドに向けて乱射した。
数秒後にはベッドの残骸に混じって首相のミンチ肉の塊が散らばっている筈だ。
そう彼らが思った瞬間、二人は何者かに背後から背中を突き飛ばされ、ドア付近から寝室に転げ込んだ。
よほど強い力で押されたのか、ジャックの持っていたサブマシンガンは寝室の片隅に吹き飛んでいる。
背後の寝室のドアが大きな音をあげて閉じた。
振り返ってドアの方を見た彼らに、ガウン姿のエリザス首相の姿が映った。
体型に衰えは見えるものの、まだ女性としての魅力は枯れてはいない中年女性の口から、絶対に似合わない声が流れ出した。
「カリュドよ、よく来た。何時もながら、お前のバイブレーションは魅惑的だ。血筋が違うので無ければ、この場で押し倒したいくらいだよ。」
エリザスの視線は響児の方を見ているようでもあり、遠くを見つめているようでもあった。
「誰に喋ってやがる!俺など眼中にないって訳か、思い知らせてやるぜ。」
ジャックはBBGを神速で引き抜き、第一弾を射出した。
ここまで来ればBBGのド派手な爆裂音など気にする必要はないのだ。
BBGの弾頭は、エリザスの腹部に着弾した。
しかし続いて起こる筈の爆裂が無かった。
「ちっ、不発か。」
ジャックは躊躇しなかった。
次の瞬間、カートリッジは全弾を放出して空になっている。
だが全て不発だった。
いやエリザスの身体の何かがBBG弾の爆裂を阻止しているのだ。
着弾のショックさえも感じさせず、エリザスは、うるさそうにジャックの方を見た。
「小うるさい蝿だ。叩き潰すぞ。」
エリザスの腕が3メートル程、瞬間的に伸びきり、ガギッと広げられた手がジャックの首を掴んだ。
響児がその手を握って引き剥そうと、エリザスの肌に触れた時、響児の体内にすさまじい共震が起こった。
響児の頭髪があっと言う間に抜け落ちて行く。
生きながら焼却炉に入れられ、燃やされる様な感覚。
現に、響児の戦闘服は発火していた。
エリザスは、グワグゥと悲鳴をあげてジャックを掴んでいた長い腕を自分の身に収納した。
響児の発した高熱が原因ではない。
カリュドから放たれた波動が、響児の手からエリザスの腕に伝わったのだ。
その波動は『時の矢の種族』に取って、極めて危険なものらしい。
ジャックはこの戦いと同時に悶絶して、その場に崩れ込んだ。
だが彼の左目だけは残酷な事に、彼の意志に反して、乱望達に情報を送り続けるべく見開かれていたのだ。
乱望は、ジャックから送られてくる映像ラインの内、本部分を確保しながら、後方支援を受け持つダンボ達への中継分を素早く断ち切った。
暫くは、響児の隠された事実を部下に知らせるつもりはなかったのである。
「どうやら『時の矢の種族』殱滅の鍵は、エリザスが言ったバイブレーションにあるようだね。」
「バイブレーションは、彼らの体内器官から発せられて、微弱な時は性的興奮を、増幅した時には死を相手に与える。『時の矢の種族』の戦士と呼ばれる者達は、もの凄いバイブレーションを発する様だわ。でもそれは、人間には創り出せない。それを創り出せる時は、人類は時を支配出来る。」
サブリナは我を失い、熱に浮かされた様に喋っている。
乱望がサブリナの顔からモニターに視線を移した時には、響児の変態は完了していた。
乱望の目には、響児が、身体にフィットし過ぎて全裸の様に見える黒い甲冑を付けた女戦士の様に見えた。
「まるで黒いジャンヌダルクだな!いやあの長く伸びた踵はまるでハイヒールを履いているようにも見える。まったく、不思議な生き物だ、、、。」
「その姿を見るのは、久ぶりだな、カリュド。」
エリザスの言葉に、カリュドのよく磨きあげられた黒曜石の様な黒い肌の中で、赤い唇がつり上がった。
「長く人間の姿をしておったので、元の姿に戻れぬか?コンツェ。」
響児、いやカリュドの口から昆虫の羽を擦り会わせて出るような甲高く大きな声が聞こえた。
響児は、相手の正体を知りたいと思っただけだが、カリュドの口からはその様な言葉が紡がれた。
ただそれは、二つの人格が一つの頭の中でせめぎ合っている様な仕組みではなかった。
よしんば、カリュドの意識が何処かで活動しているとしても、それは彼の脳髄の中ではないようだった。
あえて言うなら、使用方法を熟知したソフトを、新世代のコンピュータに積んで走らせている感じだった。
しかしこの新世代コンピュータは、入力と出力が必ず操作する人間の思惑通りに動くとは限らないようだった。
「ほう、俺の元の姿が恋しいのか、カリュドよ。」
エリザスの変態が始まった。
エリザスのガウンの下が急速に膨れ上がり、突起が表面をびっしり覆った巻き貝の貝殻の様なものが見えた。
上半身のガウンはエリザスの体表に無数に現れた肉質のクレーター状の穴から滲み出る液に解け崩れ始めている。
エリザスの裸になった背中の一番大きな二つの穴から蛾の羽の様なものが伸び出して来た。
その羽が震えながら大きく開くと、極彩色に彩られた巨大な眼球の模様を見せた。
出現したモノは、キメラと呼ぶには異様すぎる姿だった。
「今度の戦いが終わったら、俺のアイデアスケッチに、お前の姿を書き留めておいてやるよ。B級ホラーには使えるぜ。」
エリザスとカリュドは同時に驚いた。
カリュドは響児の思考がそのまま言葉となった事に、エリザスは人間が自分の種族を乗っ取る事に、成功をおさめた様を目の当たりに見てである。
エリザスのまだ人間の原型を止めている顔が縦に割れた。
その顔が観音開きに左右に分かれ、中から濡れそぼった髪の毛の様な物が飛び出し空間でフルフルと打ち震えた。
響児にはそれが、人間社会に紛れ込んだ他の『時の矢の種族』への通信である事が、すぐに理解できた。
と同時に、カリュドの身体は跳ね飛び、凶暴な赤い爪を生やした黒い革手袋の様な手を抜き手にして、エリザスの顔面に突き入れていた。
ザリュウ!
心良い抵抗感を感じさせながらカリュドの手が肉隗の中に潜り込んで行く。
その途端、恐ろしい程の快感が、響児のかって脊髄であった部分を駆け下って行った。
生命を破壊する行為が、これほど快楽を募らせるのか。
『時の矢の種族』はこの快楽を追って人間の世界にやって来たのだと、その時、響児は理解した。
初めにサブリナが語った、未来世界の覇権争いの話など、ポエムのようなものだ。
一方、エリザスは、被虐の極みとも見える陰美な表情を見せながら、己の身体を破壊し続けるカリュドにささやかな抵抗をした。
人間どもを何人も溶かしてきた強酸を浴びせかけ、人間の神経を走る苦痛を吸い上げる為の針管を、数十本、カリュドに打ち込んだのだ。
しかしハンドガンでは最大級の破壊力を持つと言われるBBGの爆裂を抑え込んだ体組織で生成されたその針管さえも、カリュドは易々と受け止め、引きちぎってみせた。
針管の攻撃が効を奏するとは思えなかった。
カリュドは、自分の肌にうっすらと頼りなげに残った針管さえも、うっとりとした目で見ただけだった。
エリザスは、最後の攻撃しか残されていない事を悟った。
下半身の巻き貝と上半身の人体の継ぎ目に当たる部分から、一枚の舌の様な器官が迫り出し、その先端を打ち震わせた。
やがてその先端は、鋭利なメスで横に切った様に裂け目を見せ、そこから白く細い束になった神経組織をカリュドの黒い光沢のある肌に放出した。
それは『時の矢の種族』にとって、相手にも自分にも最大級の快楽と死をもたらす最後の行為だった。
神経組織は、白い煙を上げながらカリュドの黒い光沢のある肌に埋没してゆく。
が、カリュドは赤いルビーの様な目を少し細めただけで、自分の腰に白くへばりついた神経組織を摘み上げて、口の中に頬張ってしまった。
そうやって最後の狂乱の殺害行為が始まったのである。
・・・・・
もうエリザスに引きちぎる場所が無い事に気付いたカリュドは、その赤い目で、自分の側に倒れているジャックの身体を不思議そうに眺めた。
「駄目よ!響児!」
サブリナは、大写しになった響児の顔を見て悲鳴を上げた。
乱望は、緊急回線を開いて、部隊の首相襲撃第二陣に、突入の指示をあたえた。




