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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 12: 小指 「ピラニアちゃん」

   12: 小指 「ピラニアちゃん」


 サブリナは、未だに両親と会う事が、出来ないでいる。

 それでも獅子吼が訓練に出かけてから、彼女自身の自由はある程度、保証されるようになっていた。

 身分は、弓削の客人扱い、世間には通用しないが対異生命体戦闘コンサルタント。

 しかし、弓削が自分の肉欲を満たす為ではなく、若い女性を観賞用に囲うことはよくある事で、サブリナが弓削屋敷にいる状態は、周囲の人間にとって見れば、それほど不自然なことではないようだった。


 サブリナは、蛸蜘蛛屋敷の中に自分に当てがわれた部屋の中へ、コンピュータを入れて貰い、三枚のメモリーカードを一カ月に渡って精読し続けている。

 乱望は、サブリナが何をしているのか薄々気づいていたようだが、何も言おうとしなかった。

 弓削が用意させたコンピュータなのだ、それを使用する事によって、データは全て彼に流れているかも知れなかったが、サブリナはそれを気に掛けないようにした。

 サブリナは妙なところで肝が据わっている。

 それにサブリナには、昔、祖父から直接聞いた話で、弓削や響児の知らない切り札が、もう一枚あったのだ。

 まだ、保険は掛けてあった。



 サブリナは、今、祖父の調べた『時の矢の種族』の歴史と構成の部分を読んでる。

検索をする為に、キーボードに置いた自分の指先にふと目が止まる。

 特に左手の小指。

 あまり公にはしていないが、サブリナの小指の第一関節の先は「無い」。

 擬指というか、バイオアタッチメントで復元してあるだけだ。

 指先は、サブリナが子どもの頃に、「ピラニアちゃん」と名付けた得体の知れないモノに食い千切られている。

 その夜は、両親が揃って旅行に出かけており、城の中にいたのはサブリナと祖父だけだった。

 サブリナは自分の部屋で絵本を読み、ベッドに潜り込もうとした時、普段から時々現れる二匹の「ピラニアちゃん」が、自分の周りをグルグルと飛び回っているのに気付いた。

 ピラニアと言っても、形はほぼ球形で、普通は魚の眼球のようなモノが前面に付いているから「目」に、近いのだが、これが自分全体の覆う皮を使って瞬きすると、先ほどまでの魚の眼球がなくなって、代わりに、ピラニアの口の様なギザギザが生えたアギトが出現するのだ。

 その様があまりにも強烈だったので、サブリナは、この浮遊する球体の事を「ピラニアちゃん」と呼んでいたのである。

 サブリナがこの「ピラニアちゃん」を怖がらなかったのは、彼女の性格もあったが、それ以上にこの怪異がサブリナに危害をもたらそうとしなかったからである。

 何の前触れもなく、サブリナのそばに現れて、まるで彼女を観察するように、グルグルと飛び回っては消えていく。

 そんな事を繰り返すだけだった。


 ただ、その夜だけは違った。

 「ピラニアちゃん」は激しい瞬きを繰り返すと、突然、アギトになりサブリナに襲いかかって来た。

 サブリナは、懸命に「ピラニアちゃん」を追い払おうとするのだが、それは逃げようとしなかった。

 そしてついに、顔面を庇ったサブリナの小さな手に噛みついたのだ。

 小指はその時、持って行かれた。

 サブリナは、自分の身に何が起こったのかも判らないまま、本能的に右手で左の小指を握りしめた。

 その時、サブリナの部屋のドアが荒々しく開かれ、祖父のハリーハウゼンが飛び込んできた。

 その後の事を、サブリナはあまり良く覚えていない。

 ただ、「ピラニアちゃん」は二度と彼女の前にその姿を見せなかったし、祖父が帰ってきたサブリナの両親に、「ピラニアちゃん」のことは伏せ、ただ事故があって彼女の指が欠損したという嘘を彼女も守り続けた。

 幼いながらに、何故か、サブリナもその嘘を守ることが正しいと思っていたのである。

 この「ピラニアちゃん」の正体は、何なのか、未だにサブリナにもわからない。

 こうやって『時の矢の種族』の秘密を紐解いている今もだった。


 祖父の残した文章は、いくつかの専門用語に理解できない部分があったが、要約するとこうなる。

『時の矢の種族』は、人類とよく似た進化の過程を辿って発展した生命体らしい。

 ただし良く似ていると言うだけで、人間の常識を彼らに当てはめると、理解出来ない事が多いようだ。

 例えば、人間の顔が一人一人違うように、彼らは姿そのものが一人一人違う。

 しかし血縁結婚を基盤とするらしく、同じ一族に生まれた者はある程度、似通った外見を保つらしい。

 更に彼らは、意志の伝達を音声ではなく、人間風に言えばテレパシーで行う。

 彼らは、その優れた生物としての機能と、精神の力で、物質をあまり必要としない文明を築き上げてきたらしい。

 驚くべき事に、彼らはそういった精神文化の蓄積の上に、一切のハードテクノロジーに頼らない「時間」「次元」航行を可能にしたのだった。

 そして物質よりも精神に依存してきた彼らは、本能にまで滲みこんだ数多くの独自の教義を持っていた。

 例えば、人間で言うと「親殺しのタブー、人肉喰らいのタブー」のレベルで、『時の矢』のタブーが存在する。

 未来に位置するものは、過去に干渉できる。

 しかしその事は、干渉される側の立場の者に取ってみれば、己の存在意味自体を他者によって侵害される事に過ぎないのだ。

 又、未来を見せつけられた者には、自分の未来の選択権を剥奪されたのと同じ事になる。

 この誇り高い種族は、自らの存在理由を確保するために、同一時間流での未来への移行と過去への移行を禁じた。

 その教義を創り上げたのが、始めて時を飛んだ「始祖」だと言われる。

 その代わり、彼らはこの能力を、別の平行世界への移動に使用することにしたのだ。

 だが、無限の広がりを持つ彼らの未来と過去の近似値世界の旅の中で、彼らは「時間」と「次元」を自由に操る可能性を持った、もう一つの近似世界を発見した。

 それが、サブリナ達のいる世界である。


 『時の矢の種族』は、決して彼らの未来に行こうとはしないから、未来において人類と『時の矢の種族』がどう関わるのか、予測は出来るものの、確証は持っていない。

 頼るべきは唯一、同一時空を最初に行き来した「始祖」の言葉だけである。

 そんな彼らにただ言える事は、確実な存在感を持って「生」の空間を飛ぶ矢の先頭にいるのは、彼ら『時の矢の種族』だけでいい、という確信である。

 それが『時の矢』の教義だった。

 『時の矢の種族』の人類殱滅作戦は、サブリナの祖父の時代に、調査期間を終了し、自らの身体をこの時空になじませ、自由に活動出来る段階に来ていた。

 彼ら『時の矢の種族』の「主流」は、兵器による人類の抹殺よりも、己の力での抹殺を選んだようだ。

 なぜならば、人間が狩猟をスポーツとして楽しむように、『時の矢の種族』は人間を動物として扱っていたからだ。

 それは彼らと人間の個体としての能力差を考えると当然の事と言えた。

 それに彼らが狩りをゆっくりと楽しみながら人類を絶滅させる方法をとっても、その為に必要な時間は、人類が時を操れるに至る期間の半分で済むらしいのだ。

 それほど人間にとって、人口の縮小と地球環境汚染が決定的だったという事だ。

 サブリナは、違う時空を同時に飛ぶ二本の矢を想像した。

 片一方は、力強く何処までも飛んで行きそうで、もう一方の矢は、今にも地面に落ちて行きそうだった。



「どうですかな?読書は進みましたか?」

 不意の乱望の声に椅子から飛び上がり、その後サブリナは急いでコンピュータにシャットダウンをかけメモリーカードを引き抜いた。

「入る時は、ドアをノックして下さい!」

「私は、ノックしましたよ。」

 乱望の片方の眉がつり上がった。

 サブリナは何故か、それをチャーミングだと思った。

 響児に注意されていたが、この男には他人の警戒心を溶かし、全ての事を喋らせてしまう人たらしの能力があるようだった。

「獅子吼君は、まだ目覚めないようだ。彼が目覚めないと、我々は街のゴロツキを寄せ集めた部隊で、『時の矢の種族』と戦わなければならない。コクーンの軍隊も警察も上層部の多くは彼らに握られているから、軍も警察も我々にとっては敵でしかない。ちょっときつい戦いになりそうだ。なんとか、方法はありませんかね?」

「その問題に答えるつもりはありませんわ。どうしても聞きたかったら、私を拷問にかける事ですね。」

 サブリナに出来る精一杯のくちごたえだった。

 握りしめたメモリーが、独りでに乱望の元へ飛んでいってしまう様な気がする。


「私は、あの方が側にいないときは、自分の考えで行動します。私は女性に手荒な事はしない主義だ。なるべきものは、特別な事をしなくても、そうなりますからね。それにあの方も、貴方を丁重に扱えと言っておられる。」

 あの弓削が?どういう風の吹き回し?

 私が帝王の孫娘だから?そんな事を考えるとサブリナは急に弱腰になる。

「ご免なさい。今の所、響児の目覚めをどうしたら促進出来るのか判らないんです。」

「判らないのではなくて、貴方は獅子吼さんを怪物として目覚めさせたくないのでは、ないかな?」

 サブリナは、ハッとした。

 今まで考えた事がなかったが、そうかも知れない。

 データには索引が付いている。

 確かにそこには融合に付いての項目もあった、、、。

 そこには「覚醒」に関することが、少しは記述されているかも知れない。

 だがサブリナは、自分自身で色々な理由を付けて、そこを見ないでいる。

 確かに響児に出会った頃は、響児を祖父の後継者にしたくて仕方がなかったのだが。

 今は一人の男を怪物に変えてしまう事の責任におびえている。

 それともあの古風な男を愛し始めているのか、、。


「そうかも知れません。私は、お爺様が生きておられる頃、城の中で、他の怪異と混じって彼らが蠢いているのを感じていました。家族の者は、誰一人気付かなかったのに。私だけが。」

 そこに居るという気配だけで、人をおびえさせてしまう存在の事を、サブリナは思いだして言葉を区切った。

「彼らはおぞましい存在です。私は今、後悔しています。彼らと響児を融合させたのは間違いだったと思うのです。」

「それは違うな。融合は彼自身が選び取った事だ。たとえ動機が軽薄であったにしても、決断は決断だ。人生の岐路で充分に熟考できるチャンスに恵まれる人間は少ないものですよ。、、又、時間が空いたら寄りますよ。気が変わったら、色々と教えて下さい。」

 乱望はそう言い残して部屋を出ていった。

 潮時だった。

 明日は、融合に関する事を読んで見ようとサブリナは決心した。



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