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終端抵抗/未来モンスター・カリュド 01: 遺産 怪物が大好き

   01: 遺産 怪物が大好き


 『五大陸の一つを、翼の七振りで横断するような巨大龍が地獄の釜のような口蓋を開き、青い毒黴の生えた大地に無数の牙をたてた。巨大龍が飛び去った後、大地に穿たれた龍の牙の穴から、無数の不思議な木が育ったが、それらはやがて大樹となり、龍のアギトの形をした広大な土地を取り囲むこととなる。その地に青い毒黴は決して生えることはなく、永遠の豊穣を約束された豊かな土地となったそうだ。これが、今、我々が住むコクーンの成り立ちの伝説である。』


 大地を陰らせるほどの巨大龍が飛来する様までは、しっかりイメージ出来るのだが、肝心の巨木の姿が掴めない。

 巨木は一見すると木なのだが、実際には珊瑚の様な動物であって、その生々しさが上手く表現出来ない。

 血を埋め込んだ様な大理石の木肌、、いや、そんなモノでは凡庸過ぎる。

 ・・・現実の「実物」も、それに近い。

 いや逆だ。

 現実の「実物」の方が、人間の想像力を超えた不思議な存在だった。

 だから生半可な想像力では、その怪異を超えられなかった。

 ソレが生まれたのは、科学技術が現在の様に「斑」状態に陥っていなかった過去だ。

 失われた時代の遺伝子操作技術が創り上げたという不思議な擬植物が、ソレの正体だった。

 それでも、映画屋としては、相手が「実物」である限り、その怪異性をイメージ上で上回る必要があった。


 獅子吼響児は、暖炉の前で蹲りながら、今度作るつもりでいるSFXの一シーンを何度も頭の中で練り直していた。

 彼のその姿は、各種の最先端技術が歯抜け状態になったこの「斑文明」の時代にあって再び復権した「スクリーン映画」界の新進気鋭の若手にしては、かなり侘びしいものだった。

 普通なら、この青年、コクーン内の一等地の事務所で、己の提供する映像を巡って、メイン監督と丁々発止のやりとりを交わしていた筈だ。

 閉塞感が充満する時代には、荒唐無稽を絵に描いて、更にそれを実在感を持って動かす「映画」が、好まれる。

「七面倒くさいテーマなんて、関係ないですよ。目から魂を勃起させられれば、それで十分なんだ!!」

 それが、獅子吼響児の持論だった。


 六十年程前に、「統合SFXの帝王」と呼ばれた男の遺言状は、獅子吼響児が、これまで彼の人生で受け取ったカードの中で最悪最凶のものだった。

 帝王こと、ティム・ハリーハウゼンの生誕後百年の後に開かれるべしとの遺言状には、彼の統合SFXに使用された機材及び設備を、新進気鋭の若手に譲渡すると明記されてあった。

 この遺言状の注意すべき点は、『死後ではなく生誕の後』の部分である。

 この人物は、何故か、自分自身の命が百年を超えることは決してないと思っていたようだ。

 とにもかくにも、ティム・ハリーハウゼンの遺産管理人が、白羽の矢を立て、その人選に親族たちも納得した人物が、一年前に世界中で大ヒットした映画「惑星S、その再生」の統合SFX担当者、獅子吼響児だった。

 勿論、かの帝王とて、日進月歩の技術革新を示すこの業界の中で、己の委譲する統合SFXシステムが、現役で通用するとは考えていなかった筈だ。

 ようは、ロジカルスキルなのだ。

 人の意識に「幻」を作り出すスキル。

 それは、機材自体にはない。

 機材をいかに己の幻視能力に沿わせて駆使し組み合わせるか、つまり、「精神の配列」の問題だった。

 真に才能のあるものなら、帝王の組み上げたシステムの中に、「それ」を見いだすことが出来る筈だった、、、。

 それは、二十歳前半にして、統合SFX界をずば抜けた感性で駆け上がってきた獅子吼響児にとって、喉から手が出るほどの財宝だった。

 しかも感性で勝負をする人間は、時代との呼応が上手く出来なくなれば廃人材となる可能性が高かったから、彼は一刻も早く、時代を超えた「本物」になる必要があったのだ。

 とまあ、それは獅子吼響児が自分自身に言い聞かせる物語だった。

 等身大の獅子吼響児は、「怪物」が大好きで、多少はエッジの効いた才能に恵まれた一映画青年に過ぎなかったのだが。


 委譲上の問題は、それらの百年前の古ぼけた機材と設備が、帝王が買い取って住居とした古城の地下にあり、古城と土地自体の権利は帝王の残された家族にあったという事だった。

 地下室と古城を分離することは出来ない。

 従って、この偽幸運のカードを引き当てた獅子吼は、己の常識的な判断として、機材と設備を一旦譲り受け、そのエキスを搾り取った後、間をおかず、それらを映像博物館に寄付するつもりでいた。

 その後、帝王の残したシステムを巡って、博物館と帝王の家族が、どんなやり取りをするのか、獅子吼は考えたくもなかった。

 しかし、実際に帝王の地下室に降り立った獅子吼は、それらを一目見るなり「帝王の遺産」の誘惑に抵抗することが出来なくなっていた。

 他人には、一クレジットの値打ちも見いだせない機材と設備が、ぎっしり詰まった地下室だったが、帝王ハリーハウゼンのSFXに魅せられ、この世界に入った獅子吼にとって、そこは最高の宝物殿に他ならなかったのだ。

 その宝物殿は、獅子吼の心を鷲掴みにした。

 問題は古城そのものだった。

 帝王のシステムだけを、古城の地下室から搬出する事は不可能な事は初めから判っていた。

 獅子吼は、数年前の第二次SFX映画全盛期に、彼自身が買い揃えた最新機材と作業場と土地を売却する事を決意した。

 その資金によって、帝王が遺言では与えてくれなかった古城を買い取る腹を決めたのだ。

 機材や土地など、チャンスがあれば、いくらでも取り戻す事が出来る。

 しかし、帝王が授けてくれるかも知れないSFXの奥義という名の魔術を手に入れるのは、今、この時をおいてはないのだと、、。



 古城の建つコクーン外縁地など本来、人の住む場所ではない。

 下手をすると巨大苔の中を這いずり回る突然変異した体長1メートル近い百足に襲われかねない。

 したがって古城の売値は、二束三文とまでは行かないまでも、かなりの低価格の筈だったが、帝王の家族は、法外な金額を獅子吼に要求してきた。

 今思うと、帝王の家族は、帝王が残した理不尽な遺言状のおかげで、この陰鬱な古城を脱出し、しかもコクーン首都に移住する事が出来たと言える。

 帝王はそこまで読んで、遺言状を制作したのかも知れない。


 それらの経緯も含めて、始めの頃、獅子吼が抱いていた、「帝王の遺産」への幻想は、時を経る毎に、彼の中で急速に薄れ始めていた。

 それはある意味、彼自身が、己の才能の限界を自覚し始めた事と無関係ではなかったのだが、、、。



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