約束
引越しの準備でお疲れのまつもとなつさんへ
新年度から新しい生活が始まる。
実家を出て一人暮らし。
ちょっとワクワクする。
けれど…。
「もう!いやんなっちゃう。ちょっと引っ越すだけなのに、荷物の整理がこんなに面倒臭いなんて。え〜い、この際、断捨離しちゃおうかしら…ん?」
押入れの中を整理していたら缶箱が出てきた。
小学生の時に文通していた時の手紙を仕舞っておいたものだ。
「わー、懐かしい!」
何の気なしにそのうちの一通を手に取った。
『なつちゃんって可愛いんですね…』
写真を送ってと言われて、友達の写真を送ってしまった。
“可愛い”と言われて有頂天だった。
すると、今度は会いたいと言われた。
友達の写真を送ったことがバレるのが怖くて、なんだかんだ理由をつけては先延ばしにしていた。
そんな時…。
「なつちゃん?」
「誰?」
「良です。日下部良」
「あっ…」
「来ちゃった」
そう言って、良くんは微笑んだ。
「あの…。私…。写真…」
「うん!やっぱり、なつちゃんは写真の通り可愛いね」
「えっ?」
良くんは私が送った写真を見せて指差した。
そこには確かに私の姿があった。
私が送った写真には端の方に少しだけ私が写っていた。
良くんはその端っこに写っている私を指して“やっぱり可愛い”と、言ってくれたのだ。
「どうして?どうしてそっちが私だとわかったの?」
「だって、なつちゃんはいつもお手紙で友達のことばかり書いているから」
そう言えば、私はいつもそうだった。自分のことより、友達のことばかり書いていた。自分に自信が無かったから。良くんはそんな私の性格をわかっていて、どっちが私なのか見抜いていた。
せっかく会いに来てくれたのに、私は良くんとあまり話が出来なかった。
「そろそろ、帰らないと…」
「ん?うん。気をつけてね…」
「また、会いに来てもいい?」
「うん…」
それっきり良くんとは会えなかった。
「おっといけない。こんなことしてる場合じゃないか」
荷物の整理が終わった時、既に日が暮れていた。結局、断捨離は出来なかった。明日はいよいよ、ここを出る。
翌日、引越し業者がやって来た。
「なつちゃん、変わらないね」
「はあ?」
「覚えてないか…。良。日下部良。昔、文通してた…」
「え〜っ!」
なんてこと!これって、神様のいたずら?昨日、たまたま手紙を読んだばかりなのに、こんな出会いって…。
「また、会いに来たよ」
すっかり大人になった良くんは爽やかな笑顔でそう言った。
少しでも息抜きになっていたら幸いです。