これが、我らの、スタイルです
只今。ワンちゃん、絶賛、ぶーたれ中である。
自分が溶けてる間に猫共が従魔契約を行った事がどうにも気に入らないらしい。彼は文句こそ言わないものの完璧に不貞腐れており、それはそれは面倒臭い拗ね方を披露してくれていた。
お猫様達に血を与える為、私が再び自傷行為に及んだ次の瞬間、実に二つの事が同時に起こった。まず一つ目。血の滲む右手の拳骨をライオンさんに舐められた。次に二つ目。血の滲む左手の拳骨をトラさんに舐められた。
ちなみに、両拳骨を犠牲にすることになった経緯としては「俺様、先、舐メル」「嫌、俺ガ、先ダ」とお猫様達が喧嘩をし始めたからである。前傾姿勢でお尻をフリフリしながら威嚇し合う彼らの姿は大いに可愛らしかったが、牙を剥き出しにして唸る表情は大いに恐ろしかった。その迫力たるや凄まじく、気づいた時には「お二人同時に舐めれるよう取り計らいますから!」と大声で叫びながら両拳骨を床石にスライドさせていた。しかしそれでも尚「先に舐めたい」という欲望は捨てられなかったのか、私が床石に拳骨を擦りつけた瞬間、まるで競い合うかの如く傷口を舐められてしまったのである。
私の目にはほぼ同時――というか気がついたら傷口をペロペロされていたので正直よく分からなかったのだが、「俺様ノ、勝チダ」「ムゥ……俺、負ケタ」という2匹の会話から察するに、どうやら僅差でライオンさんが勝利をもぎ取ったらしい。さて、この場合、勝者であるライオンさんを褒めるべきか、それとも敗者のトラさんを慰めるべきか。果たしてどちらが正しいのだろうか。それともう一点。恐らくこの後、彼らにも名前を付ける事になるのだろうが、その場合、ライオンさんを先に名付けて褒賞とすべきなのだろうか、それともトラさんを先に名付けてバランスを取るべきなのだろうか。等と逡巡していると、私の背後からおどろおどろしい声が聞こえて来たのだった。
「ヌゥ……猫共、勝手ナ真似ヲ……」
まるで地の底から響いてくるようなそんな声。恐る恐る声のした方向を振り向くと、正気を取り戻したウォルフと視線がかち合った。彼は私の顔を見つめたまま「くぅーん」と、それはそれは情けない声で鳴いた。何事だ。
「ど、どうしたんですか?」
「ヌゥ……。ますたー、見テルト、自然ト声ガ出テシマウノダ」
あら可愛い。手を伸ばし毛皮の上から軽く撫でてあげると、彼は更に「くぅーんくぅーん」と喉を鳴らした。しかし表情は晴れない。どうにも不機嫌な様子のまま彼は口を開いた。
「ますたーノ、血ノ臭イガシタノデ、慌テタゾ」
「それはご心配をおかけしました。お気遣いありがとうございます」
どうやら私の血の臭いに気付けられ、グデングデン状態から復帰したらしい。恐らく「むむ、これは仲間の血の臭い。大変だ!」みたいな獣の本能が発揮されたのだと思われるが、「血が出ている=もう食われている」がデフォルトであろう私としては、もう少し迅速な行動をお願いしたいところである。まぁ今回ウォルフの初動が遅れたのは、私がゴールドフィンガーを唸らせ過ぎたのが原因なので自業自得ではあるのだが。叶うなら数十分前の自分を張り倒してやりたい。
「と、いうわけでして、ライオンさんとトラさんも私の従魔になりますので、仲良くしてあげてくださいね」
少々バツが悪い事もあって、早口でウォルフにお願いすると
「嫌ダ」
ズバッと。それはもう一切の迷いなく断られてしまったのだが、どうしたものだろうか。
「えっと……」
「ますたー、我ハ、猫共ト馴レ合ウツモリハ無イ」
「えーーーーっと……。ウォルフ?」
「猫共ハ猫共デ、ますたーノ従魔トナレバ良イ。我ハ我デ、ますたートノ、"群れ"ヲ守ル」
完璧に不貞腐れた口調でそう吐き捨てたウォルフの言葉を聞いて、私は軽く動揺した。
だって思ってたのと違う。
ウォルフの夢は「群れ」を作ることだった。その為には群れのリーダーになれる存在が必要で、彼が認めるリーダーの条件はただ一つ「自分よりも優れた能力を持つ者」だった。そこで私は「賢しさ」を見込まれてリーダーに祭り上げられたわけだ。そこで実際に私をリーダーとした群れを作る為、ウォルフが持ち出したのが従魔契約だったのである。だからてっきり私は「従魔契約をする=私をリーダーとした群れに入る」と認識していたのだが、どうもそれは違っていたらしい。彼は確かに言った。「猫共は猫共で従魔になればいい」と。
当初――つまりウォルフに従魔契約を強請られていた頃、私は従魔契約について「運動会のハチマキみたいなものかしら」という認識を持っていた。同じ色のハチマキを締めた人達が所謂ウォルフが言うところの「群れ」の一員であり、新たに従魔契約を結ぶ獣さん達が現れた際には、その獣さんも、当然同じ色のハチマキを締めて「群れ」に加わるものと思っていた。しかしそれは私の勘違いだったのだ。
つまり……従魔契約っていうのは「群れ」を作るための契約じゃないって事よね?
となると従魔契約というのは一体何なのであろうか。
確かな事は「マスター」と「従魔」という関係性が出来るということだ。つまり上下関係が出来るのだ。今回の場合「マスター」である私が上で、「従魔」たる彼らが下という事になるのだろう。と、ここまで考えたところで私はある考えに思い当たった。
なるほど。そういうことか。
つまりウォルフは、私を群れのリーダーにするために従魔契約を"利用した"のね。
差し詰め「群れを作るためには従魔契約が必要だが、従魔契約を行ったからといって必ずしも群れが出来るわけではない」といったところだろうか。恐らくウォルフは「上下関係が出来る」という従魔契約の性質をそのまま流用して「私をリーダーに据えた"群れ"」の形を作ったのだ。そう考えると辻褄も合う。しかしそうすると尚更気になる。つまり「群れを作る為の契約」で無いとしたら「従魔契約」とは一体どのような契約なのであろうかと。
こればっかりは悩んでいても仕方がない。
ある程度頭の中で整理がついた私は、已然として不貞腐れたままのウォルフに向かって質問した。
「ウォルフ。ちょっと聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
「何ダ、ますたー」
「従魔契約についてなんですけど、これってどういう内容の契約なんですかね?」
よく考えると、今の状況って、契約締結後に契約内容を確認している様なものなのか。つまり、名前を書き判子を捺いた後で「で、これは何の契約書なんですか?」と尋ねている訳だ。状況に流されまくった結果とはいえ、我ながら凄まじい決断をしてきたものである。世の中広しと言えどもここまで無謀な契約に臨んだ者など私を於いて他には居るまい。しかし世の中、上には上がいるものなのだった。
不貞腐れた態度のまま、ウォルフが信じられないセリフを宣ったのである。
「知ラヌ」
「ハッ……?」
「ダカラ、従魔契約ノ、内容ノ仔細ナド、我ハ知ラヌ」
上が居た。どうしようもないカブキ者は目の前に居やがったのである。私は慌ててウォルフを問い質した。
「知らない?え?内容が分からない契約を持ち掛けたんですか?」
「ウム。ソノ通リダゾ、ますたー。幸イ、契約方法ハ知ッテイタノダ」
それのどこが「幸い」なのだろうか。私にはこれっぽっちも理解できなかったが、ウォルフはさも当然の事のように続けた。
「何デモ、人ガ他ノ生物ヲ支配スル為ノ契約ラシイゾ」
「らしいって……。具体的にはどんな規則で支配を行うのかとか、規則を破った際の罰則とか、そういう細かい部分については――
「知ラヌ」
もうここまで堂々と出来れば、いっそ天晴だよウォルフ君。
私はキリキリ痛み始めた胃に手を当てると、軽く目を閉じた。再び状況を整理せねばならなかったからだ。なのに
「ますたー、些細ナ事ヲ気ニスルナ。既ニ、コノ身ハ、ますたーノモノダ。契約ノ内容ガ、ドノヨウナモノデアロウトモ関係無イ。我ハ、ますたーノ従魔トシテ、 粛々ト、ソノ命ニ、従ウゾ。我ハ、狼ノ誇リニカケテ、ますたーヲ守ル」
優しく響くウォルフの声が私の思考を乱す。どうしよう今、私、スゴく嬉しい。まるで騎士に傅かれるお姫様のようではないか。これまでは「死ねと言われれば死ぬ」だの「何でも言う事を聞く」だの、突飛な内容に面食らっていて気がつかなかったが、冷静に受け止めてみるとウォルフの宣誓は殊更私の胸を震わせた。思わず、「だよね!ウォルフってば私の事、大好きだもんね!さぁ靴を舐めな」と有頂天になるくらいにはハートにズキュン!とくるセリフだった。あ、最後の「靴を~」のところはただの勢いである。是非ともカットをお願いしたい。
しかしそんなアマアマな時間は長くは続かなかった。
「故ニ――」
再び不貞腐れた表情に戻ったウォルフが、まるで仇を見るような視線で、お猫様2匹を睨めつける。
「ますたーガ、猫共ヲ、従魔ニ迎エルト決メタノナラバ、我ハ、受ケ入レヨウ。シカシ、猫共ト馴レ合ウ気ハ無イ」
つまり群れのリーダーの決定には従うが、個人的に仲良くする気はないと。そう言いたいんだなウォルフ君よ。しかし私はリーダーとして、そんなギクシャクした関係を断じて認める訳にはいかないのだ。それでも我を通すというのなら、私にも考えがあるぞウォルフ君よ。
「命令だ……って言ったらどうしますか?」
「ッ!?」
弾かれたように私の方へ振り向き、目を見開いたウォルフは声にならない声を上げたようだった。そうです皆様。私只今自ら膝を折ってくれた騎士様を脅している最中でございます。我が事ながら清々しいまさのゲスさである。しかし成り行きとはいえウォルフもライオンさんもトラさんも全員ウチの子になるのだ。出来る事ならば3匹には仲良くしてもらいたい。もちろんウォルフにとってそれが塗炭の苦しみを伴うというのであれば無理強いはしない。が、恐らく、ウォルフはそれほど2匹を嫌ってはいないと思うのだ。もちろん仲睦まじい2匹に対する嫉妬はあったと思う。しかしそれとは別に、「手のかかるダメな後輩を見守る先輩」というかそんな兄貴的な感覚も持っていたはずなのだ。でなければ、わざわざお猫様2匹が私を自慢しに連れてきたりはしなかったハズだ。
そんな期待を胸に、驚いた表情のウォルフとにらめっこをすること数十秒。彼は眉根を寄せあからさまに困った表情を作ると
「ヌゥ……ますたーノ、命ナラバ……従ワザルヲ得ヌガ……」
「つまり私が"仲良くしろ"って言えば、ちゃんと仲良く出来るって事ですか?」
「モチロンダ。我ガ、ますたーノ命を違エル事ハ無イ。シカシ……ヌゥ……」
なかなか煮え切らないウォルフの態度に、少し性急過ぎたかと反省する。そうだ。こんなにゴリ押しされてはウォルフもたまったものではなかろう。私はふんわりと微笑むと、ウォルフのぶっとい前足をナデナデしながら告げた。
「もちろん私に出来る事があればお手伝いしますよ。だからウォルフも前向きに考えてみて欲しいんです」
「ますたー、我ガ、猫共ト仲良クスルト、嬉シイノカ……?」
どこか探るような視線で見つめられ、私は笑顔のまま頷いた。
「はい。皆で仲良くできたら素敵だと思いますよ」
「ヌゥ……ソウカ……。ソレガ、ますたーノ、願イカ……」
まるで独り言のようにそれだけ呟くと、しばらくウォルフは沈黙した。しかし時折ピクピク動くお耳やら始終バッサバッサ荒れ狂うしっぽを見る限り、どうやら本気で悩んでくれているらしい。時折チラチラとこちらを伺う視線を感じたので、その都度笑顔で頷いてやる。やがて「グゥゥゥ……」とこれまで聞いた事のない重低音を響かせたウォルフが、殊更小さな声で告げてきた。
「ますたーガ、望ムノデアレバ、我ハ、猫共ト、馴レ合オウ」
「ホ、ホントですか?」
「ウム。ソノ代ワリ、一ツダケ、ますたーニ、オ願イガアルノダ」
「お、お願いですかッ。それって私に出来るような事なんですよね……?」
思わず及び腰になって尋ね返すと、ウォルフは威厳たっぷりのゆったりとした動作で頷いた。しかし、彼の目は、その堂々とした態度とはうらはらに、熱く滾る欲望の炎に焼かれており、どこか切羽詰ったような様子で彼は口を開いた。
「ますたー、一度デ良イ。一度デ良イカラ、我ヲ好キダト言ッテクレ」
え……?
一度も何も、今までだって散々言って来たはずなのに、今更どうしたことだろうか。
しかしウォルフの懇願はまだ終わってはいなかった。
「コノ世ノ中デ、我ガ最モ、大好キナノダト。我コソガ、一番、愛オシイノダト、言ッテ欲シイ」
な、なるほど。そういう意味でございましたか。
ようやくウォルフの懇願の真意を知ることができ、私はしばし黙り込んだ。
さて、実に悩ましい事態になったものである。「出来る事があったら手伝うよ」と言ってしまった手前「出来ない」とは言いたくない。しかしだからといってウォルフのご要望通りに「一番大好きだよ」等と言ってしまうと、それはそれで大変な事になると思うのだ。そう。「一番」という部分が曲者なのだ。つまり、このセリフを言ってしまったが最後、自動的にライオンさんとトラさんは「二番以降」になってしまうということであり、私が肝に銘じた「毛玉さんたちは平等に愛すべし」という鉄則を唐竹割りで粉砕する行為になってしまうのだ。それだけは何としても避けたい。
私は、「俺様、一番、違ウノカ……」としょげるライオンさんも、「人間、縞々、良ク見ロ。ソシテ、俺、一番ト言エ」とエターナル土下座をかますトラさんも見たくはない。だからといって「ウォルフ、それは無理だよ」とでも告げれば、今度は別の意味でドロドロに溶けた狼が出来上がりそうで怖い。何とか丸く収めるいい方法はないものだろうか。
ウォルフにだけ聞こえるようにコッソリと告白する?ダメだ。野生を甘く見てはいけない。どんなに私が声を潜めようと、あの巨大ニャンコ達に聞き咎められる気がするからダメだ。じゃあラブレターみたいに手紙に書いて渡す?これもダメだ。だって紙もペンも持ってないし、それ以前に恐らく毛玉さん達は字が読めない。よしんば上手くいったとしても彼らのことだ。「ヘヘッ。ラブレターもらっちゃったぜい☆」とお互いに自慢し合うのは目に見えている。「貰ったラブレターを友達で回し読みする」等というデリカシーの欠片もない行為を平気でやってのけるのが男の子という存在なのだ。自称恋するうなぎパイこと三千代ちゃんが力説していたのを耳にした事があるから間違いなかろう。
ど、どうしようかな……。
「ますたー……?」
まるで伺うような視線で見つめられ私は焦った。そして人間、焦った時ほど本性が現れるものである。この時私の頭に湧いたのは、それはそれはゲスい解決策だった。しかしコレより他に案も無し。私は再び「悪女」の汚名を被る決意を決めた。
「ウォルフ。私はアナタが一番大好きだよ」
「ますたー……ッ!」
感極まったように目を輝かせるウォルフ。そしてそんなウォルフとは逆に
「狼、一番……」
「俺様、一番、違ウ……」
こちらの様子を伺っていた2匹はズドーン……と悲しみに沈んだ。
賽は投げられた。つまりもう後戻りはできないのである。十数秒。たっぷりとした余韻を残したまま、私は再び口を開いた。
「あ、もちろんライオンさんも、トラさんも一番好きですよ」
あくまで軽く。それでいてハッキリと言い切るのがポイントである。そうする事によって「まぁ当然の話ですけど、一応付け加えておきますね」という雰囲気を醸すのだ。爆弾発言だからこそ軽く。「全然大した話しじゃないですよねー」というスタンスで挑むべきなのである。その甲斐あってかウォルフは私のノリの軽さにしばし呆然としていた。が、しばらくすると勢いよく吠えた。
「ますたー、我ガ一番デハ無カッタノカ!?」
「もちろんウォルフの事は、一番大好きですよ」
「デハ、猫共ハ、一番デハ無イノダナ?」
「え?あの、ライオンさんもトラさんも、一番大好きですよ……?」
「ますたー、一番ハ、一ツダケダゾ」
「はい。ですから」
大慌てのウォルフ。ポカンとしてるライオンさん。混乱中のトラさん。と順番に毛玉さんたちの顔を見つめた後、私は晴れやかな顔で口を開いた。
「今は、誰か一人になんて決めれないくらい、皆の事が大好きなんです」
そして再び、ウォルフ。ライオンさん。トラさん。の順番に彼らの様子を伺う。先程までとは違い、3匹仲良く困惑した表情を浮かべていた。しかし、そんな彼らに構わず、私は笑顔のまま、そして、まるで今しがた思い出したかのような様子で付け加えた。
「あ、もちろん、現時点ではって意味ですよ?今は皆同じくらい素敵だと思ってますけど、今後、例えばウォルフが大活躍してくれて、メチャクチャ素敵な狼さんになったりしたら、その時は、ウォルフだけが私の一番になるかもしれませんね」
つまり私は「私の為に争って!」と、そう彼らに告げたようなものなのである。もちろん今後も誰か一人だけを「一番」にする気はない。しかしこのように宣言さえしておけば後は「ウォルフの事をもっと好きになった。けど同じくらいお猫様たちの事も好きになった」等とはぐらかし続ける事ができるのだ。故にここは私が泥を被るべき場面なのである。「私の為に争わないで!」というのが正統派のヒロインだとしたら、その真逆のセリフを笑顔で宣う私は、差し詰め筋金入りの悪女といったところだろうか。罵りたければ罵るといい。それだけの事をやったという自覚はある。甘んじて受けようではないか。
まさに良心をかなぐり捨てた渾身の一撃。私の放ったその一言が生んだ波紋は、瞬く間に津波に成長し毛玉さん達に降り注いだ。
「ヌゥ……皆、一番。ツマリ、俺様モ、一番カ」
「俺、一番。オマエモ、一番。皆、一番」
お猫様達は「一番」であるということが大事だったらしい。とても嬉しそうにガウガウデレデレしながらジャレ始めた。実に平和なニャンコさん達である。ライオンとトラを捕まえて言うセリフではないが、彼らはきっと「草食系」なんだと思う。しかしそんな2匹とは対照的に
「ますたー、我ハ、我ダケガ一番ガ良イ。我ハ、ドウスレバ、一番ニナレルノダ?」
ウォルフは「一番」だけでは満足しなかった。彼は必死な様子を隠すこともなく「唯一の一番」を求めてグイグイと私に詰め寄って来る。実に好戦的なワンちゃんである。数千年という長い時間、孤独に耐えてきた反動で、重度の「愛されたがり」になってしまった彼に同情はするものの、だからといってお猫様達を蔑ろにして彼のみを「一番」にするのは気が咎めるのである。そんな肉食系な彼を宥めつつ、私は口を開いた。
「そうですね……。まずはライオンさん、トラさんと仲良くするところから始めてみるといいと思いますよ。キチンと下の子の面倒を見るお兄ちゃんって素敵だなぁって思います」
「ソウカ……。デハ、猫共ノ面倒ヲ見レバ、我ダケガ、一番ニナレルノダナ?」
さてどう言って切り抜けようか。そんな事を考えて言葉を詰まらせたところに、お猫様2匹が乱入してきた。
「ムゥ……。狼、アマリ頑張ルナ。俺、一番ガ、良イ」
「ソウダゾ、狼。俺様、一番ガ良イ。狼ダケ、一番ニナッタラ、俺様、一番デ無クナル」
「ソンナモノ、知ラヌ。我ハ、我ノミ一番ガ良イノダ」
2匹の抗議をものともせず、ウォルフは泰然とした態度でそれらを跳ね除けた。「オマエ達カラ、人間、取リ上ゲタリシナイゾ」等と言っていた頃とは大違いである。同じ「従魔」という立場になったからか、最早遠慮する素振りすら見せないウォルフの様子に、2匹は情けなく眉根を寄せ縋るような目で私を見つめてきた。
「ヌゥ……人間。狼、頑張ルラシイ。俺様、一番デ、無クナルノカ?」
「人間、俺ニモ、教エロ。ドウスレバ、俺達、一番デ、居ラレルノダ?」
「ますたー、教エルナ。望ミハ全テ、我ガ叶エル。我ノミヲ頼レ。我ハ、唯一ノ一番ガ、欲シイノダ」
どいつもこいつも目が怖い。必死過ぎて怖いのだ。まるで迫り来るような3匹に対し、私は一応釘を刺しておくことにした。
「えーっと……ですね。そんなにいきなり誰か一人だけを好きになんてなれませんよ?」
「ヌゥ。デモ、ますたー、キチント面倒ヲ見レバ、我ノミヲ、一番ニスルト、言ッタデハナイカ」
「ですから、ウォルフがちゃんと"いいお兄ちゃん"をしてるかどうか、判断する時間が必要でしょ?そんな、今日明日で結果が出ることじゃないですよ」
私の返答を聞いて、お猫様2匹は「暫クハ、大丈夫ナノカ?」「俺様、一番?」と非常に能天気な反応を見せた。素晴らしい扱いやすさ。そしてチョロである。これからはしっかりと手綱を握ってやらればなるまい。アホの子2匹を見て私は静かに誓った。一方ウォルフは、しばらく難しい表情でムームー悩んでいたようだが
「分カッタ……。我モ、焦ラヌ事ニスル」
かなり不承不承という感じではあったが、一応納得してくれたのだった。ウォルフ。君なら分かってくれると私は信じていたぞ。思わず手近にあったウォルフの脇腹をナデナデしてると、お猫様達のいらっしゃる方角から「グッグッ」と喉を鳴らす音がアンサンブルで聞こえてきた。音源は恐らく二つ。一つはライオンさんの喉で、もう一つはトラさんの喉であろう。ちなみに「グッグッ」という音は、多くの場合彼らが何かを催促する時に奏でられる音である。つまり私は現在進行形で「コッチも撫でろ」という催促を食らっているのだ。如何に「草食系」であろうとも、そこはお年頃の男の子。ふしだらな行為については興味津々なのであろう。私は何とも複雑な気持ちになった。
そういえば従魔契約も途中だったんだっけ……。
血は舐められたので後は名付けを残すばかりである。しかし言いだしっぺのウォルフが「契約内容は知らん」等と言っているイカガワシイ契約をこのまま締結させて良いものなのだろうか。もしかしたら、今一度、真実を告げ2匹の意思を確認すべきなのかもしれない。もちろんその結果、2匹から断られる事になったとしても、友達として2匹を支えていく所存である。そうと決まったら善は急げだ。さぁ2匹に話を持ちかけよう。私がそう判断したまさにその瞬間。
「ハシタナイゾ。猫共。従魔契約ハ、未ダニ中途。現状デ、毛繕イヲ強請ルノハ、フシダラダゾ」
お猫様2匹の「グッグッ」アンサンブルに対して、ウォルフが抗議の声を上げた。窘められた2匹は恥ずかしかったのか、揃ってお耳をピコピコ動かしながら
「ヌゥ……。俺様、フシダラ、ダッタ。狼、俺様モ、名前貰エバ、撫デテモラッテ大丈夫カ?」
「ウム。名前貰ッタ後ナラ、大丈夫ダ」
「狼、名前貰ッタラ、俺モ、人間ノ事、"ますたー"、呼バナイト、ダメカ?」
「ウム。ますたート呼ブ決マリニナッテイル。モウ、人間ト、呼ンデハ、ダメダゾ」
「狼、俺様、分カッタ。決マリ難シクナクテヨカッタ。俺様デモ、分カル。俺様、難シイノ、苦手」
「俺モ、苦手ダ。人間ノ言ッテル事、時々、ヨク分カラナイ事ガアル」
「問題ナイ。今後ハ、全テ、ますたーガ考エテクレル。我ラハ、タダ従ウノミダ」
「ヌゥ。俺様、勉強シロ、言ワレタラ、ドーシヨウ……」
「俺モ、勉強スルノ嫌イ。デモ、命令サレタラ、従ワナイトダメカ……」
「出来ナイ事、命ジラレタラ、ソノ時ハ、出来ナイト言エ。ヒョットシタラ、ますたーガ、命令ヲ、取リ下ゲテクレルカモシレナイ。但シ、普段カラ、良イ子ニシテナイト、ますたー、話シ聞イテクレナイカモシレナイゾ」
「ヌゥ……俺様、良イ子ニスル」
「俺モ、良イ子ニスル。人間、良イ子、好キダカラナ」
「ウム。良イ心ガケダ」
口を出す隙間すらなく、恙無く話がまとまってしまったようなのだが、これでよかったんだろうか。そしてウォルフよ。さっきまで親の仇を見るような目でお猫様達を睨んでいたくせに、まるで息を吸うようにスッと2匹の兄貴ポジションに収まるなんてお姉さんビックリだよ。それはあれですか。私の好感度を上げる為に頑張っているんですか。だとしたら見事な手腕だと褒めざるを得ない。
お猫様2匹の面倒を見るウォルフ。そしてそんなウォルフを頼る2匹。仲良く集まってガウガウモフモフしているその様子は、まさに私が理想としていた3匹の姿だった。
これはもうシレッと名前付けちゃった方がいいのかもしれない。
そもそも、お猫様2匹は端から契約内容なんて把握していなかったではないか。彼らは終始一貫して「よく分からんが、撫でてもらえるのならヤる」というスタンスなのだ。それを今更、「契約内容があやふやだけど、ホントに契約する?」等と尋ねたところで何が変わるというのか。内容が分からない契約を強請って来たウォルフも相当だが、「契約内容とか関係無い」と端から切り捨てた2匹は、ウォルフに輪をかけてカブキまくっている。そうだ。もうとっとと名前付けてうちの子にしてしまおう。
こうして、私は新しい従魔を2匹程ゲットしたのだった。
ちなみにここから先は余談なのだが、是非とも愚痴らせて――じゃなかった、語らせていただきたい。
ライオン=Lion=レオン。トラ=Tiger=ティガ。という壊滅的に安直な名前をお猫様2匹に付けてあげたところ、彼らは当然のように毛繕いを強請って来た。私も「当然、そうなるだろうな」と覚悟していたので、再びゴールドフィンガーを起動させようとしたのだが、ここでまさかまさかの妨害を受けた。誰にって。そんなもの決まっている。あの嫉妬深い犬毛玉にである。
彼はゆったりとした動作で『伏せ』の姿勢を取ると、これまたゆったりとした口調でこう宣ったのだ。「何事モ順序ト言ウモノガ有ル。一番ニ撫デテモラウノハ、一番ニ従魔トナッタ、我デアロウ」と。ええ。もちろん黙らせましたよ。「アナタは既に一回溶けたでしょ」と。「だから次に溶けるのはお猫様達でしょ」と。しかしウォルフはしつこかった。結局彼を説き伏せるのに5分近くもかかった。私はこの時点でほんのりと疲れていた。
まぁ、しかしそんなものは些細な騒動だったのである。無事にウォルフを黙らせたと思ったのも束の間、今度は「どちらが先に毛繕いをしてもらうか」で、お猫様達のキャットファイトが勃発した。ライオンとトラとのキャットファイトである。豪華すぎるにも程があろう。さぞかし見応えがある凄まじいバトルだったのだろうが、生憎、唯の人間である私の目で捉えられるようなレベルではなかった。彼らの動きが速すぎて、見応えどころか状況すら分からないのだ。時折白い残像が見える他は、始終どこかしらで鳴り響く「ドゴォォォォ」とか「ズシャアアアア」とか「バキバキバキィ」とか、非常に景気の良い音が聞こえるのみなのである。5分程経過した頃だろうか。明らかに浮かれた「俺様ノ、勝チダナ」というレオンの声と、それとは対照的にズーン……と沈んだ調子の「ムゥ……俺、悔シイ」というティガの声を最後に、景気良い音も止んだ。撫でる前だというのに、何故だかとても疲れた気分だった。
まぁ、しかしそんなものは些細な騒動だったのである。一切自重せずにゴールドフィンガーを炸裂させたところ、無事、レオンは「ドロドロに蕩けたライオンらしき物体」に、ティガは「ドロドロに蕩けたトラらしき物体」に成り下がった。相変わらず、我が手ながら末恐ろしいポテンシャルである。最後に、2匹を撫でまくっている最中ずっと、未練がましく「ガウガウ」喉を鳴らしていたウォルフを軽く撫でてあげて、私の毛繕いミッションは終了した。いや正確には、終了したと思っていた。まさかグランドフィナーレにあんなイベントが発生するなど夢にも思っていなかったのだ。
グランドフィナーレの幕開けは「何とかトラらしき物体」程度まで回復したティガが放った一言だった。
「ますたー、毛繕イノ礼ダ。俺ノ縞々、見セテヤルゾ」
「ヌゥ。ますたー、俺様ノタテガミモ、見テイイゾ」
見事な土下座スタイルを決めたティガに習うように、レオンまでもベチャリと地面に伏せる。毛繕いの礼にご自慢のもふもふを献上するとは、なかなか見所のある毛玉たちである。愚かにも私は、その光景を微笑ましい気持ちで見つめていた。暢気にも「あらあら、お礼なんていいのに。でも、ありがとう二人とも。私とっても嬉しいわ。ウフフ」とか思っていたのだ。そんな折り――事件は起こった。
「縞々?タテガミ?ソレガ、ドウシタノダ?」
最後に毛繕いしてもらい、ようやくご機嫌が治ったウォルフが首を傾げながら2匹に尋ねた。2匹は土下座スタイルを維持したままくぐもった声で返事した。
「ますたー、俺様ノ、タテガミガ、好キラシイ。見セテヤルト、トテモ、喜ブ。ダカラ、毛繕イノ礼トシテ、見セテヤッテルノダ」
「……何?」
嫌な予感がした。念の為言っておくが、ウォルフ君はタテガミを持っていない。
「俺ノ、縞々モ、好キト言ワレタ。ダカラ、俺モ、礼トシテ、縞々ヲ、見セテルノダ」
「…………」
更に嫌な予感がした。更に念の為言っておくが、ウォルフ君に縞々模様はない。
彼はゆらりと風に煽られた立て看板の如き無機質な動作で私の方へ振り向いた。そんな人形めいた動作とはうらはらに、彼の空色の目には、真っ赤に真っ赤に真っ赤っかに燃え盛る――嫉妬の炎が揺れていた。
「ますたー……。デハ、我ノ身体ニハ、ドノヨウナ好マシイ部分ガ、アルノダロウナ……」
その様子はさながら大鎌を振り上げた死神様のようだった。
ピンと立ったお耳が素敵です。ダメだ。お猫様2匹も素敵なお耳をお持ちだ。鋭い牙とピクピクおヒゲが素敵ですね。これもダメだ。お猫様2匹も素敵なものをお持ちだ。さらさらな毛並みが素敵ですね。だからダメだってば。レオンとティガに当てはまらない、ウォルフだけの萌えポイントでなければ納得する訳ないのだから。私は出来の悪い脳をフル回転させて、どこかにあるであろう「正解」を探した。
思えば「頭の先」から探し始めたのが失敗だったのだろう。
「ウォ、ウォルフの、もふもふしっぽが素敵だと思いますッ!!」
最後の最後に辿り着いたしっぽを褒めてやると、ウォルフは一瞬だけキョトンした表情になって、ファサッとしっぽを動かした。そして、ほとんど毛の生えていないレオンのしっぽ、毛が生えてるもののスラッ伸びたティガのしっぽ、そして自分のふっさふさなしっぽの順番に視線を走らせると、「ウム」と一言呟き、もう一度ファサッとしっぽを動かした。
「フム……。ますたーハ、フサフサナシッポガ、好キナノカ」
「そ、そうですね。あ、もちろんレオンやティガのしっぽも素敵ですよ。でも、一番素敵なのはウォルフのもふもふしっぽだと思うんです」
「フム……。ますたーハ、我ノ、シッポガ好キカ」
ウォルフは満足そうにそう言うと、土下座スタイルを貫くお猫様2匹の傍に『お座り』した。但し2匹が私の方に頭を向けているのに対し、ウォルフだけは尻を向けている。どうやら無事、私は「正解」を引き当てたらしい。
「ますたー、毛繕イノ礼ダ。存分ニ、我ガシッポヲ愛デテイイゾ」
若干恥ずかしそうに、そして圧倒的に誇らしそうにそう語り、バッサバッサとしっぽを振り始めたウォルフの姿を見て、私は内心ホッと溜め息を吐いたのだった。
2015/3/22 字下げ修正




