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血と、名と、契約と

 放課後、教室に残った男の子達の会話っていうのかしら。

 女の身では参加できない、あの独特な雰囲気がこの場を支配していた。


 「狼、人間、盗ッチャダメダ」

 「ソウダ、アイツハ、俺達ノモノ。狼ノモノ、ジャナイ」

 「ウム、分カッテル。我ハオマエ達カラ、人間ヲ、取リ上ゲタリシナイゾ」


 仲良く顔突き合わせてガウガウグゥグゥ会話中の毛玉さん達を見つめながら、私はヒッソリと息を潜めていた。話題の中心は私である。彼らは私を取り合っているのである。「俺あいつが好きなんだ」「マジかよ俺も好きなんだよなー」「あいつ可愛いもんな」「ってお前もかよ!」みたいなノリっていうのかしら。正に放課後、教室の隅に集まって会話する男の子のノリそのものなのである。もしかして今こそ「やだもぉ私のために争わないでよぉ」というセリフの出番なのかもしれないが、生憎私はヒロインではないので、こうして聞き耳を立てるくらいしかやることがないのだ。スゴくいたたまれない気分だった。


 「デモ、狼、人間ト、"群レ"、作ルノダロ?」

 「ウム」


 「ジャア、ヤッパリ、俺様達カラ、人間、盗ルノカ?」

 「違ウ。我ハ、人間ヲ、盗ッタリシナイゾ」


 「ムゥ……狼。俺様ヨク分カラナイ……」

 「"群レ"ト、仲間、違ウ。ダカラ大丈夫ダ」


 「「違ウノカ?」」


 怪訝な顔つきでオオカミさんを見つめる2匹に対し、オオカミさんはゆったりと頷いた。


 「違ウ。仲間トハ、対等ナ関係ノ事ヲ言ウ。我ト、人間トハ、"ますたー" ト "従魔" ノ関係ナノダ」


 なのだじゃないですよオオカミさん。


 「ますたー?」「従魔?」と、聞きなれない単語に首を傾げる2匹の様子を見る限り、2匹にとってもチンプンカンプンな話らしい。無理もない。何故ならもう片方の当事者である私にすら知らせていないのだ、あの犬毛玉は。部外者の2匹が知ってるはずないではないか。


 私初耳ですよオオカミさん。それ一体どういうことなんですかオオカミさん。いや、これまでのオオカミさんの発言をまとめれば、ある程度の予想は付くのだが、だからって私の了承も得ずに話を進めるのはいかがなものかと思いますよオオカミさん。


 「ツマリ、我ハ、人間ノ子分ニナッタノダ」

 「狼、"群レ"作ッテ、人間、子分ニスルンジャナイノカ?」


 目を見開きトラさんが聞き返すと、オオカミさんはやはりゆったりとした動作で頷いた。それを見たトラさんとライオンさんの目が驚愕に染まる。


 「人間、トテモ弱イゾ?狼、弱イヤツニ、従ウノカ?」

 「ウム、弱イカラコソ、守リ甲斐ガアル。我ハ、人間ヲ守リタイノダ」


 「親分トシテ、人間、守レバイイノニ、何故、子分ナッタ?」

 「人間、子分ニスルト、オマエ達カラ、人間、取リ上ゲル事ニナル。ダカラ、人間、親分ニシテ、我ガ子分ニナッタノダ」


 オオカミさんの返答を聞く度、2匹の表情が曇っていく。どうやら彼らにとって「弱い者に従う」というのはそれほど不可解な行為らしい。でも考えてみれば彼らの疑問は至極当然の話なのだ。野生動物にとって「強い者が弱い者を従える」という考えはごくごく普通の感覚であり、「弱い者の下につく」等と宣っているオオカミさんの方が異端なのだ。


 2匹はしばらくムゥムゥと考えていたが、やがて妙案を思い付いたのか、ライオンさんが妙にはしゃいだ様子で言った。


 「狼、俺様達ノ、仲間ニナレバ、人間トモ仲間ニナレルゾ」

 「ソウダ、狼。俺達ノ仲間ナルトイイ。狼、トテモ強イ。歓迎スルゾ」


 トラさんも嬉しそうに追従したが、オオカミさんは2匹の申し出をバッサリと斬り捨てた。


 「断ル。我ハ、人間ト、"群レ"ヲ、作ルノダ」


 一切の迷いなく。一切躊躇する素振りすら見せず堂々と言い切る。言ってる内容は、「オレ、子分になっから!」という非常にショボい決意であるはずなのに、その堂々とした佇まいにはある種の品格すら漂っていた。子分志望のくせして実に偉そうである。


 何故"群れ"という存在に、これほど拘泥するのだろうか?私には皆目検討がつかないのだが、オオカミさんはあくまでも私と"群れ"を作る事にこだわった。その頑な態度が実に不可解だ。そして、そう感じたのは私だけではなかったらしい。


 「狼、俺達、嫌イカ……?」

 「狼、何考エテルカ、俺様ヨク分カラナイ……」


 耳をペタリと伏せ、情けない表情をしている2匹とは対照的に、オオカミさんはそれはそれは嬉しそうな声音で宣った。


 「我ハ、モウ、一人ハ嫌ナノダ」


 しかしその発言はツッコミどころが満載であり


 「ナラ、俺様達ノ、仲間ニナレバイイ」

 「"群レ"ニ拘ル、必要ハ無イ」


 そう。私もそう思う。改めてオオカミさんを説得する2匹に、心の中で賛同しながら私は思案した。


 一人が嫌な事と、"群れ"に拘る事に明確な因果関係は存在しない。確かに群れを作れば一人ではなくなる。しかし一人を脱する方法は他にも山ほど存在するのである。それこそ2匹の誘いに乗り、2匹(+私)の仲間になったとしても問題ないはずなのだ。しかしオオカミさんは2匹の誘いにピクリとも反応を示さなかった。「一人は嫌だ」と嘆く一方で、「俺達と仲間になろう」と伸ばされた手を拒絶する。そんな彼の言動からはどこかチグハグな印象を受けた。――と、そこまで考えたところで先程聞いたオオカミさんのセリフが私の頭の中に蘇った。


 猫ドモノヨウニ、互ノ身ヲ、寄セ合エル者モ居ナイ。


 つまりライオンさんとトラさんのように仲良く出来る存在(この場合似たような種族って意味だろう)が自分には居ない。それはつまり穿った見方をすれば「仲良し小良しな猫共が羨ましい」という事にならないだろうか。3匹は元から顔見知りだったのだ。恐らく仲間になる機会は腐るほどあったと思われる。勇気を出して、「寂しいから混ーぜてッ」と擦り寄りさえすれば無事にお一人様を卒業できていたはずなのだ。であるにも関わらずいまだにオオカミさんは一人きりなのだ。つまり、つまりそれは――


 も、もしかしてこの人、仲良し2匹組に嫉妬してたのかしら……。


 だとしたらとんだヒネクレ者である。仲良し2匹組を見て、「いいもんね!いつか僕も素敵な友達作ってやるもんね!」と虚勢を張るオオカミさん。品格すら漂う神々しい立ち居振る舞いの裏では、そんなイジけた小学生のごとき駄々を捏ねて、今まで必死に涙を堪えていたのではなかろうか。


 そして今回、ネコ科ではない私が現れた。忌々しい猫共はドヤ顔で「仲間」などと紹介してくる。それを受けてオオカミさんは思っただろう。「既に仲間がいるくせに、更に増やすとはどういうことだ!」と。そして決意したはずだ。私を奪って我が者にしてやろうではないかと。


 不意に

 【故ニ、猫共ノ、仲間ニハ、ナラヌ。人間ハ、我、一人ノモノニ、スルノダ】

 と、私の想像の中にいるちっちゃいオオカミさんが得意気に胸を張る幻想が見えた。大事件である。


 渋る2匹に対し「仲間と群れは違う」「奪う気はない」等と繰り返し調子のいい事を言っているようだが、今となってはそれすら巧妙な誘導尋問に思えた。その口車に乗せられ、2匹が正式に"群れ"を認めてしまったが最後、「仲間より群れを最優先させねばならないのだ」みたいな暴論を用いて私を囲い込むつもりではなかろうかという不安が頭をもたげてくる。


 こ、これは軽く探りを入れねばなるまい。


 私の推察が正しかった場合、恐らくオオカミさんは私を片時も離さなくなる気がするのだ。長い間肩肘を張って孤独を耐え偲んで来た反動による愛情の大暴走である。考えすぎ?いやいや予兆は既に表れているのだ。見てよホラ。今、私。オオカミさんの腹に巻き取られ強制もっふもふ中でしょ。え?ずっとこの状態でしたよ。もちろん3匹のお話し合いも私を腹に抱いたまま行われている訳です。超至近距離な訳です。だから無視することも出来ず、ただただ息を潜めてジッと耐える他なかったんだよ。そんな私を無視して目の前で繰り広げられる私争奪戦。少しは私のやるせなさを慮って欲しかった。


 いや今はそんな事より、イジけ狼の対処が先か。


 「オ、オオカミさん」


 恐る恐る呼びかけると、蕩けた表情でオオカミさんが私の方へ振り向いた。


 「ドウシタ、人間」

 「えっと、つかぬ事をお聞きしますが、仮に私とオオカミさんとで"群れ"を作ったとするじゃないですか、その場合私はどこで寝泊まりする事になりますかね……?」

 「安心シロ。人間ガ寝テル時モ、チャント我ガ腹ニ抱イテ守ッテヤルゾ」

 愛が重い。


 「た、たまにお友達のお家にもお泊りに行きたいんですけど、も、問題ありませんよね?」

 「問題ナイ。猫共のねぐらダロウト、何処デアロウト、付キ従ウゾ」

 愛が重……。


 「い、いや、そうじゃなくて、お泊まり会みたいな感じで、ライオンさんとトラさんと私だけで遊びたいんですけど、も、問題ありませんよね?」

 「ウム、問題ナイ。我ハ後ロデ、控エル。存分ニ猫共ト戯レルトイイゾ」

 愛が……。


 「ち、違うんです。そうじゃなくて、私一人で遊びに行きたいんです。だからオオカミさんには、オオカミさんのお家で待ってて欲しいんですけど、問題ありませんよね?」

 「問題ナイ。人間ノ居ル場所コソ、我ノねぐらダ。イツデモ傍ニ居ルゾ」


 どうしよう。予想してたよりずっとずっと重たいぞこの狼。

 文字通り片時も私の傍を離れる気がないみたいだぞこの狼。


 寝てる時も、ご飯食べてる時も、お風呂に入っている時も、恐らくお花を摘んでいる時ですら、私の傍を離れないつもりではなかろうか。もし本気でそのような事になったら、私は乙女として大事なものを失ってしまう。乙女の事情で一部音声を伏せさせていただくが、xxxの音を聞かれただけでも顔から火が出る程恥ずかしいのだ。それなのにxxxの現場をつぶさに観察されるなど最早拷問である。その上xxxを見て「健康状態ニ、問題ハ、ナイナ」とでも言われようものなら多分私は死ぬ。


 こうなったらうかうかしてはいられない。改めてそう決意を固めた私の耳に、威厳たっぷりなオオカミさんのセリフが飛び込んできた。そう。私はまたしても先手を取られてしまったのである。


 「サァ人間、我ヲ縛レ」


 「無理です。ロープもないですし」何てボケはきっと通用しない。また「亀甲ですか?それとも菱縄がいいですか?」というボケも通用しないだろう。


 「我ヲ縛レ」と彼は言った。つまり彼は私に名前を付けて欲しいのだ。私の血を舐めた時に語った通り「名前を付けて、魂を縛って欲しい」と懇願しているに違いない。


 それにしても物騒な響きである。魂を縛るとは。ホイホイ乗せられて名付けてしまったが最後、二度とイジケ狼の傍から離れられなくなるのは火を見るより明らかだった。


 「ドウシタ、人間」

 「いや、その……。えっと……。そうです!今は良い名前が思い浮かばないので、もうちょっと待っててもらっていいですか?」


 「名前ナド、何デモ良イ。要ハ人間ニ名付ケテモライ、我ガ、ソレヲ受ケ入レル事ガ、重要ナノダ」

 「ダ、ダメですよ。名前っていうのは大事なものなんですから、そんな簡単にホイホイ付けていいもんじゃないんです」


 「ヌゥ……。血ヲ受ケ入レ、後ハ名ヲ受ケ入レル、ノミダトイウノニ。モドカシイ、モノダ……」

 「が、頑張って考えますので、もう少し待っててくださいッ!」

 「ヌゥ……。人間、イッパイ、イッパイ、頑張ッテクレ」

 「も、もちろんです。素敵な名前を期待しててくださいねッ!」


 もちろんただの方便である。今の私にオオカミさんの名前を考える暇などありはしないのである。私は何とかもぎ取った猶予を活かして情報の整理に没頭した。


 血を受け入れた。というのは私の血を進んで舐めたって事なのだろう。そして、後は名を受け入れるのみ。というのは、私の付けた名前を嫌がらずに受け入れるという意味なのだろう。「血と名前を受け入れ魂を縛る」なんて、いかにも男の子が好きそうな設定である。


 しかし裏を返せば、私がオオカミさんの命名をしない限り決して成就しない契約でもあるのだ。もちろん「名前なんて付けません!」と突っぱねたところで、あのイジけ狼が諦めるとは思えない。きっとヤツは名付けるまで片時も離れず追い駆け回してくるだろう。結局どちらにしても付きまとわれるのなら潔く名前を付けた方が上策である。だって、仮に頑なに断り続けた結果、「ならもういい!腹いせに食ってやる!」なんて展開を迎えるリスクはいまだに残っているのだ。そのリスクを思えば、ここはスッパリと名付けるべきなのである。では何故こうまでして私が話を引き延ばしているかといえば――


 「オオカミさん。守ってもらえるのは非常に嬉しいんですが、せめてトイレの間だけは離れててもらえませんか?」

「ム?」


 そう。交渉の為なのだった。


 オオカミさんとしてはなるべく早く名前が欲しい。しかし私が名前を付けるまでそれはオアズケ。私はここに交渉の余地を見出したのだ。つまり「こちらの要望を飲んでさえくれりゃ、スグにでも名前付けてやりますぜ。グヘヘ」という取り引きの打診である。我ながらゲスいとは思う。しかしここで踏ん張らないと、私は乙女として大事な何かを失ってしまうのだ。例え相手が毛玉さんだろうとお花摘み現場を見せるのは精神的にキツいのである。故にここは恥を偲んで交渉すべきところなのである。


 「ヌゥ……。シカシ、幼子ハ、尻ヲ舐メテヤラネバ、上手ク排泄デキヌト聞ク。人間、チャント一人デ出来ルノカ?」

 「出来ます」


 聞かれる。見られる。どころの話ではなかった。まさか舐められるフラグまで立っていたとは。私は今更ながらに戦慄した。


 「一人でちゃんと出来るので、トイレ中は少し離れたところに居て欲しいんです」

 「ドノクライ、離レルノダ?」

 「そうですね……。出来れば20メートルくらい離れてもらえると助かるのですが……」

 「ヌゥ……」


 オオカミさんはしばし考えた後、とんでもない事を言い出した。


 「イイダロウ。20メートル程ナラ、離レテイテモ、シッカリ見守ッテヤレルカラナ」


 当然私は戦慄した。


 この場合の「見守る」というのは、「しっかり見える」と同義であろう。舐めてた。野生動物の視力を舐めすぎていた。きっと、彼らにとっては『20メートル=目と鼻の先』くらいの距離感なのだ。私は失策を取り戻すため慌てて口を開いた。


 「み、見守られてると、出るものも出なくなっちゃうんですがッ!」

 「ウム。出ナイ時ハ、我ニ命ジヨ。喜ンデ尻ヲ舐メルゾ」


 見事に悪化した。叩き折ったはずのフラグまで見事に復活させてしまった。私はさらに慌てた。


 「そうじゃなくて、オオカミさんに見守られながら用を足すなんて私には無理なんですッ!」


 最早気遣いなど無用。どストレートに「見ないで!」と訴えたところ、オオカミさんの機嫌が目に見えて急降下した。流石に言い過ぎたか。オオカミさんにしてみれば、親切心から申し出た事を「嫌です」と一刀両断にされた形になるもんな。そりゃ誰だっていい気はしないだろう。鼻頭にシワを寄せ「ググググッ」喉を鳴らし始めたオオカミさんに、私は久しぶりの恐怖を感じた。のだが


 「我ニ、見守ラレルノハ嫌ダト?デハ、人間、オマエハ、猫共ニ見守ラレタイトデモ言ウツモリカ……?」


 空色の目からドロリと垂れる嫉妬のマグマ。

 それを見た瞬間。反射的に「ち、違う!浮気じゃないんだ!」という言い訳が脳内に浮かんだ。


 どうやら私は見当違いをしていたらしい。私の無礼な態度に腹を立てたと思ったのだが違っていた。その代わり彼はとんでもない勘違いを炸裂させていた。


 「我ハ、人間ノ子分トナルノダ。人間ノ、排泄ノ世話ヲスルノハ、猫共デハナク我デアルベキダ」

 「ち、違いますッ!オオカミさん、スゴい勘違いしてます!」

 「勘違イデハナイ。我ハ、人間ノ子分ニナルノダ」


 勘違いしているポイントを勘違いしている。何なのだこのカオスな状況は。


 「そうじゃなくて、私は隠れてトイレを済ませたいんです!誰にも見られず、一人でこっそりと用を足したいんですッ!」

 「猫共ニ、見守ラレル気ハ無イト?」

 「はい。そしてオオカミさんにも見られたくないんです」

 「ソウカ……」


 お猫様2匹に対して燃え上がった嫉妬の炎は無事鎮火したようである。ようやく落ち着いたオオカミさんの様子にホッを胸をなでおろす。これでようやくまともな交渉が始められるというものである。


 「どうでしょうか。私どうしてもトイレは一人がいいんです」

 「シカシ、目ヲ離スト危ナイ……。ヌゥ、ソウダ。人間、排泄シタイ時ハ我ニ命ジヨ。我ガ穴ヲ掘ッテヤルゾ」

 「えっと、穴を掘ってもらえるのは非常に助かります。けど、見られるのは勘弁してほしいんですが……」

 「問題ナイ。20メートルノ穴ヲ掘ル。我ハソノ入口デ、控エル。穴ノ中ナラバ、外敵ノ危険モ少ナイ。目ヲ離シテモ大丈夫ダゾ」


 まぁ素敵。そう言えたらどんなに素敵だったろう。

 オオカミさんの提案するあまりにも衝撃的な解決策に私は言葉を失った。


 「穴を掘る」と言えば穏やかな話だが、「その穴は20メートルある」とくれば全然穏やかじゃないのである。それにもし仮に20メートルの縦穴を掘る事が出来たとしても、所詮ただの女子高生でしかない私では、穴の底に到達する前に本懐を遂げてしまう可能性が大なのである。よしんば無事に底までたどり着けたとしても、今度は穴から這い出る手段がない。つまり到底受け入れられる提案ではなかった。


 「念のため申告しておきますが、私20メートルもジャンプできませんからね?」

 「ヌゥ、ソウダッタ。人間、トテモ、弱インダッタナ。デハ我ガ首根ッコヲ咥エテ、送リ迎エシテヤルゾ」


 ゴゴゴ……と地響きを立てて新たなフラグ――首狩りフラグが建立される音が聞こえたような気がした。


 「それは大変ありがたいんですが、オオカミさんちゃんと手加減できるんですか!?」

 「ウム。我ハ、トテモ、トテモ、気ヲ付ケルゾ。ソレニ、首ノ後ハ皮ガ厚イノダ。心配スルナ人間」


 先程建立したばかりの首狩りフラグがピカッと輝く幻が見えたような気がした。オオカミさんそれ犬猫に限った話だと思うんだ。少なくとも我々人間には適用されない事なんだ。このフラグは何としても叩き折らねば。私は静かに決意した。


 「そ、そうだ。地面に穴を掘るんじゃなくて、壁をぶちぬいて横穴を開けれませんか?それだったら首を咥えてもらう必要もありませんし」

 「ヌゥ、横穴ハ無理ダ。20メートルモ、穴掘ルト、隣ノ部屋ト繋ガルカモシレナイ。ソレデハ危ナイ」


 「じゃあ5メートルならどうですか?オオカミさんが絶対に中を覗かないと誓ってくれるなら贅沢は言いません。5メートルの横穴で、私我慢しますから!」

 「5メートルカ……ソノ程度ナラ、場所ヲ選ベバ大丈夫ダロウ。デハ人間ガ、排泄スル時ハ、壁ニ5メートルノ穴ヲ開ケテ、我ハ入口デ控エル事ニシヨウ」


 完全勝利ではないものの、極めて理想に近い結果に落ち着いて、私は心の底からハレルヤを叫んだ。


 直接見られるのだけは回避できたのだ。この際音漏れについてはスッパリと諦めよう。「20メートルもあれば、見えないし、聞こえないよね?」等と考えていた愚かな自分はもういないのである。今なら分かる。野生動物相手に音漏れを防止しようとしたのがそもそもの間違いだったのだ。つまりこの結果こそ最良だったのである。


 「デハ、人間、我ニ名ヲ」


 厳かな声音で請われ、私は腹を括った。


 オオカミさんは文句も言わず私の要望を叶えてくれた。つまり今度は私がオオカミさんの要望を叶える番なのである。恩には恩をもって報いなければならない。決して「了承しても、拒否しても、どっちにしても付きまとわれるんなら、了承した方がマシじゃん!」等という打算まみれの選択ではないのだ。オオカミさんは一刻も早く名前を付けて欲しいと言っていた。ならば感謝の証として私はその思いに応えようと思う。この期に及んで「もう少し待って」など口が裂けても言うものか。


 「長キ時間ヲカケタノダ。サゾヤ立派ナ、名前ナノダロウナ」


 もう少し待ってはいただけないだろうか。


 そうだった。名前を考えなければいけないんだった。どうしよう。トイレの事にばかり気を取られていたせいで、全く考えていなかった。


 オオカミさんから、圧倒的な期待に満ちた目で見つめられ、私は脳をフル稼働させた。ヤバイ。全く良い名前が思いつかない。「犬っぽいしポチで良いんじゃない?」良い訳ない。「全身真っ白だしシロは?」安直すぎる。「スゴくカッコイイからケンタとかどうかな?」ダメだ。それ初恋の男の子の名前じゃないか。お願い。もう少し頑張って私の脳みそ。頼むから、もう少しマシな名前を捻り出してよ。


 まるで永遠にも思える数秒が経過した。しっとりと濡れキラキラした目で見つめてくるオオカミさんに向かって、私は頭から煙が出そうな程考え抜いた末、決定した彼の名前を告げた。


 「ウォルフ。今日から、オオカミさんの名前はウォルフ君です」

 「うぉるふ……。ウム。良キ名ダ。ますたー、我ハ、ソノ名ヲ、喜ンデ、受ケ取ロウ」


 狼→wolf→ウォルフ。我ながら致命的なネーミングセンスだと思うが、名付けられた本人――つまりオオカミさん改めウォルフ君が喜んでくれたので、これはこれで問題ないのである。


 そんなご満悦なウォルフ君はパタパタしっぽを振りながら


 「ますたー、我ノ名ヲ、呼ベ」


 相変わらず偉そうな口調で甘い要求をして来た。こうしてみると可愛いヤツである。


 「ウォルフ君」

 「ますたー、呼ビ捨テテ、欲シイ」


 「ウォルフ」

 「ますたー……モウ、一度ダ」


 「ウォルフ」

 「ますたー……モウ、一度」


 「ウォルフ」

 「何ダ、ますたー」


 なにこれ甘い。なんだこの雰囲気。甘すぎるぞ私達。

 これはあれか。セオリー通りならここで「ウフフ、呼んでみただけ」と言わねばならないのか。しかし産まれてこの方1度も彼氏が出来た事のない私にとって、そのセリフはいささかハードルが高すぎた。


 毛玉相手に顔を赤く染めている場合ではないのだが、どうにもモジモジしてしまう。そんな私を愛おしそうに見つめながら、ウォルフ君――じゃなくてウォルフは上機嫌におねだりしてきた。


 「ますたー、背中ノ毛ヲ、撫デテクレ」


 しかし、私が「イヤン。どこまで甘々なのかしら」と身もだえるよりも早く、意外なところから「待った」の声がかかった。


 「狼、ソレハダメダ。毛繕イヲ、任セテイイノハ、嫁ト、母チャンダケダ」

 「ソウダゾ、狼。人間、オマエノ、嫁デモ、母チャンデモ無イカラ、ダメダゾ」


 ライオンさんとトラさんから口々に批判され、ウォルフの耳がピクッと動く。彼は私から視線を外すと、ゆっくり2匹の方へ振り向いた。


 「血ト名デ縛ラレタ以上、ソノヨウナ規制ハ、最早意味ヲ為サヌノダ」

 「ドウイウコトダ、狼?」


 小首を傾げるトラさんに向かって、ウォルフはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


 「従魔ニナル、トイウノハ、己ノ所有権ヲ他ノ誰カニ譲渡スル、トイウコトダ。故ニ、今ノ我ハますたーノ許シガ無ケレバ、死ヌ権利スラ無イノダ」

 「え、ちょっとオオカミさん、それどういうことですか?」


 堪らず質問してしまった。血だの名だの縛るだの、えらく物騒な単語ばかりが並ぶなぁとは思っていたが、流石にそこまでヘビィな契約だとは思っていなかったのだ。


 「ますたー、オオカミサンジャナイ、うぉるふダ。我ノ事ハ、うぉるふト呼ベ」

 「あ、ごめんなさい。つい――じゃなくて、さっきの話どういうことなんですか?」


 改めてそう尋ねると、ウォルフは大仰に頷きながら


 「ウム。言葉通リダゾますたー。今ヤ、我ノ所有権ハますたーノモノダ。ますたーガ何カヲ為セト命ジルノデアレバ、我ハ全力デソレヲ為ス。ますたーガ何カヲ壊セト命ジルノデアレバ、我ハ全力デソレヲ破壊シヨウ。モシ、ますたーガ我ヲいとウノデアレバ、死ネト命ジロ。サスレバ我ハ、喜ンデ死ンデミセルゾ」


 彼は実に嬉しそうな様子で、誇らしげに語った。ヘビィなんてレベルじゃなかった。何を考えているのだこの毛玉は。飼い主と飼い犬みたいなフレンドリーな関係を想像していた私は、あまりに重すぎる現実にワナワナ震えた。そんな私を余所に、ウォルフは得意気な様子で続けた。


 「故ニ、我ハ、嫁ハ娶レヌ。母モ捨テネバナラヌ。コノ身ハ既ニ、ますたー唯一人ただひとりノ為ニ存在シテイルノダ。ますたーガ毛繕イヲ望ムノナラバ、我ハ、コノ背ヲ差シ出サネバナラヌ。ソレハ決シテ、フシダラナ、行為デハナイノダ」

 「デモ、毛繕イヲ、強請ねだッタノハ、狼ノ方ダッタ」


 「問題ナイ。従魔タル、我ノ要望ガ嫌ナラ、棄却スレバ良イダケノ話ダ。ソレヲセヌトイウ事ハ、ツマリ、ますたーモソレヲ望ンデイルトイウ事ナノダ」

 「ヌゥ……。俺様、狼、羨マシイ。デモ、俺様、従魔ジャナイ。毛繕イ、強請ねだルノハ、フシダラ……」

 「俺達モ、従魔ニナレバ……」


 なにやら不穏な雰囲気と共に、どこか追い詰められた表情の2匹の視線を感じて、私はハッと我に返った。と、ここで正気を取り戻した記念に一つだけ言わせて欲しい。毛玉さん達にとって、伴侶や母親以外からされる毛繕いってふしだらな行為に当たるんですね。思ってもみなかったカルチャーショックだった。


 「人間、俺達、殺スカ?」

 「俺様、死ニタクナイ。人間、俺様達、殺サナイデ欲シイ」


 えっと……それはつまり、従魔契約しても「死ね」と命じないで欲しいって意味でいいのかしら?


 もちろん私の返答は「いえ殺しません」一択なのだが、それとは関係なく2匹にはもう少し深く考えていただきたい。早まっちゃダメだ。ウォルフがノリノリで敢行したからお手軽そうに見えたかもしれないが、従魔契約っていうのはそれはそれはとんでもないモノのようだぞ。「毛繕いしてもらいたい」なんてくだらない動機で人生を棒に振ってはいけない。


 だからもう少し深く考えるんだ。「オレもオレも~」なんて軽いノリで決めていい事ではないんだぞ。ふしだらな欲望に我を忘れ、一時のエロ感情だけで突っ走れば必ず後悔する事になるはずだ。


 満足いくまで毛繕いしてもらった後で「あー、なんでコイツの従魔になんてなっちまったんだろうなー……」と後悔しても遅いのだ。エロ思考に囚われ暴走し、適当な女とアハンウフンな事をいたした後で後悔する。男の子とはそういう生き物だと友達に聞いた事があるが、まさかこんな形でその言葉の正しさを思い知らされようとは夢にも思わなかった。


 「人間、ドウシタ?」

 「俺様達、殺スノカ?」

 「いえ、"お友達"のお二人を殺すわけないじゃないですか」


 力いっぱい"お友達"の部分を強調してみたのだが、果たして彼らに私の想いは届いただろうか。どうにか思い留まってください。祈るような気持ちを抱えながら待つ事しばし。


 「ソウカ。安心シタ。人間、血ヲクレ」

 トラさんには届かなかった。ウキウキした表情で耳をピコピコさせるその姿を見て、私は悲しくなった。


 「俺様、カッコイイ名前、希望。人間、カッコイイ名前、考エロ」

 ライオンさんにも届かなかった。ソワソワとしっぽを振り回すその姿を見て、私はもう泣きだしたい気分だった。


 まぁ覚悟はしてましたけどね。そんなウキウキソワソワした様子の2匹を交互に見つめ、私は心の中で盛大に溜め息を吐いた。しかしここで諦めるわけにはいかない。ライオンさんとトラさんは、即席とはいえ種族を超えて友情を結んだ仲である。そんな2匹が今まさに壮絶に道を踏み外そうとしているのだ。友達として決して看過できない場面である。さてどう説得したものかと頭を捻ったその瞬間。


 「人間ハ、トテモ、さかシイ生キ物ダ。我ラト違イ、ヤツラハ容易ニ約束ヲ破ル事ガ出来ル」


 唐突に響いたのはウォルフのそんな声だった。


 「何ダト……。ジャア、約束、破ッテ、俺様達、殺サレルノカ?」

 「ヌゥ……。ヒ弱ナ生キ物ダト思ッタガ、人間、恐ロシイ事、出来ルノダナ……」


 2匹から「嘘だよね……?」「約束破るなんてしないよね……?」と縋るような視線を送られたが、全力で無視する。許せ。これもアナタ達の為を思ってのことなんだ。だってここで「私は嘘なんて吐きませんよ」等とひよった事を言おうものなら、あのアホの子2匹は瞬く間に復活し、隷属活動を再開するに違いないのだから。


 「死ヌ覚悟ヲ持テヌ者ニ、従魔ハ務マラヌ。オマエ達ハ、仲間ノママ居タ方ガ良イゾ」


 抱き囲んだままの私の身体に頬擦りしながら、ウォルフはまるで諭すようにそう言った。どうやら本気で、肩を落としてしょげ返る2匹にトドメを刺す事に決めたらしい。


 「狼ハ、死ヌ覚悟、アルノカ……?」

 「当然ダ。コノ身、コノ命ハ、既ニ、ますたーノモノダ」


 「グヌゥ……。俺様、死ニタクナイ。狼ノ考エ分カラナイ……」

 「ソレデ良イノダ。猫共ニ、我ラ狼ノ渇望ガ知レル訳モナイ」


 「狼の渇望……?」


 思わず口に出してしまったところ、自称私の子分であるウォルフから愛おしそうな目で見つめられた。しまった。話を遮るつもりはなかったのに。


 「ソウダ。渇望ダ。ますたー」


 しかし、ガッツリと返事をされてしまってはもう無視する訳にもいかない。私は少々のバツの悪さを感じながらも、ウォルフに質問した。


 「それって、どういうものなの?」

 「我ラハ、イツダッテ、強者ニ縛ラレタイト願イ生キテイル」

 「し、縛られたい……」


 そこだけ聞くと変態的だが、恐らく私が想像したような特殊嗜好のカミングアウトという訳ではないのだろう。恍惚とした表情のままウォルフは答えた。


 「ウム。我ガ身ハ、"群レ"トイウ、大キナ秩序ノ内ニ組ミ込マレ、ソコデ、献身ヲ強イラレ、忠誠ヲ強イラレ、恭順ヲ強イラレ、己ガ意思デ身動キスラ許サレヌ程、堅固ナ統率ヲ受ケ入レタイノダ」

 「そ、そんな軍隊みたいなノリだったんですか、"群れ"って……」


 やっぱり想像してたのと違う。マイルドでフレンドリーな感じなど微塵も感じない。「死ねと命じられれば、いつでも死んでやる」という宣言通り、この様子だと本気で喜んで死にそうだぞこの狼。


 「当然ダ。狼社会ハ、階級社会ダ。猫共ハ、愛情ユエニ馴レ合ウガ、狼ハ、愛情ユエニ恭順スル」

 「それって本当に愛情なんですか!?」


 「当然ダ。現ニ我ハ今、ますたーニ尽クシタクテ仕方ガナイゾ」

 「あ、ありがとうございます……?」


 何と答えてよいか分からず、とりあえずお礼を述べると、ウォルフはそれはそれは上機嫌な様子で語りだした。


 「本来、我ラ狼ハ、"群レ"無シニ、生キテハオレヌ。コノ地ニ産マレ数千年。我ハ唯一人ただひとりデソノ孤独ニ耐エネバナラナカッタ。故ニ、我ハ呪ッタ。生キテハオレヌハズノ、孤独ノ中ニ在ッテ、ソレデモ尚、死ヌ事ガ出来ヌ己ノ強サヲ呪ッタ。ソンナ絶望ノ中ニ居タ我ノ前ニ、ますたーハ現レタノダ」


 「…………」

 私は無言だった。返す言葉が見つからなかった。だって重すぎる。数千年の孤独って何だ。その間ただひたすら、狼としての渇望とやらに苛まれ続けていたというのか。なんて健気なワンちゃんなんだこの子は。


 「人間……。我ラ、獣トハ違ウ、賢シキ者。唯一ただひとツダケデハアルガ、我ヨリ、優レタ"モノ"ヲ持チ、我ヲ率イルニ足ル存在。我ハ狂喜シタノダ」

 「狂喜……?」


 「ソウダ。永遠ニ孤独カラ開放サレタ、コノ喜ビヲ、狂喜ト言ワズ、何ト例エル」


 感極まっているところ悪いが、『永遠に』というのは無理だ。だって私は人間だ。数千年なんて歴史的なスケールで生きているらしい巨大生物とは違い、健康に過ごしたとしても数十年後には間違いなく寿命を迎えてしまう。


 「あのねウォルフ、その、言いにくいんだけど、ずっと一緒って訳にはいかないかもしれないんだけど……」


 私としては「私の方が先に死んじゃうと思う。けどまだまだずっと先の事だし、しばらくは大丈夫だよ!」という感じで明るく伝えたかったのだが、どうもウォルフは別の意味で受け取ったらしかった。再びウォルフの両目から真っ赤に燃える何かがドロリと漏れ出した。


 「ますたーノちからデハ、我カラ逃ゲル事ハ不可能ダ。我ハ、ますたーノ傍ヲ離レ無イ。ダカラズット一緒ダ」

 「いや、そういう意味じゃなくて私が言いたいのは――」


 「ダメダ。何ヲ言ワレテモ、我ハ、ますたーカラ離レナイ」

 「あの、そういう意味じゃなくてね、ちょっと聞いてウォル――」


 「我ヲ厭ウノナラ、死ネト命ジロ。我ハ、ますたーノモノトシテ、幸福ナ最期ヲ迎エルノダ。我ハ、モウ二度ト、孤独ニハ戻ラヌ」


 あぁなるほど。生きてる間は離れない。離れるのは死ぬ時のみ。そう考えると確かに『永遠に孤独から開放された』と言えますね。でも違うんだウォルフ。そういう意味じゃないんだウォルフ。私はアナタは捨てる気も殺す気もないんだウォルフ。だから私の話を聞いてくれウォルフ。いや、むしろ力づくでも話を聞かせてやろうではないかウォルフ。


 「大好きだよ。ウォルフ」

 「!?」


 案の定、唐突な私の告白を受け、ウォルフは口を半開きにして固まった。計画通り。やはり毛玉さん達というのは褒め言葉にとことん弱い生き物らしい。驚愕からウォルフが復帰する前に、私は畳み掛けるように口を開いた。


 「えっとね、私はウォルフとお別れする気はないんです。でもね、私たち人間って、精々長生きでも100年くらいで寿命が来ちゃうです。あ、もちろん、そんなのはずっとずっと未来の話で、今は考えなくてもいい――」

 「問題ナイ。ますたー、モウ一度ダ」


 え……?

 驚愕から立ち直ったウォルフから、意味の分からない事を言われ、今度は私が固まった。


 「も、問題ない……?」

 「ウム。命ノ長サ等、ドラゴンノ血デモ啜レバ、如何様ニモ増ヤセル。ソレヨリ、ますたー、モウ一度ダ」


 え…………?

 ドラゴン?そんなのもいるの?私血を飲むの?不味いんじゃないの?ってか寿命ってそんなに簡単に伸ばせるもんなの?何だか拍子抜けしてしまったが、ウォルフの急かす声が聞こえて来て、私は我に返った。


 彼は「くぅーんくぅーん」と切なそうに喉を鳴らしながら


 「ますたー、モウ一度ダ」

 「もう一度……?」

 「ソウダ、ますたー。モウ一度、好キダト、我ヲ好キダト、ッイヤ、大好キダト、我ヲ大好キダト、言エ」


 キラキラした目で見つめられ、見るからに「もう辛抱堪りません!」といった風に巨大な身体をモジモジさせるウォルフを見て、もしかしたら毛玉さん達は、私が想像するよりもずっとずっと褒められる事が好きなのかもしれないなと思った。


 「ウォルフ。大好きだよ」

 「ワ、我モ……我モ、大好キダゾ、ますたー」


 「その100倍大好きだよ。ウォルフ」

 「!?!?!?」


 サービス満点で褒め殺してやると、ウォルフは「ガウガウ」と小さく吠えながら身をクネらせ始めた。ワッサワッサ動くウォルフの被毛が微妙にくすぐったい。彼は身体を揺らしながら「我ハ……。我ハ……。ワ」と、まるでテンプレの宇宙人みたいセリフを垂れ流しつつ私の方をチラ見してくるので、その都度ニコッと笑ってみせたところ、さらにクネクネが激しくなり「ガウガウ」のボリュームが上がった。相変わらず可愛いヤツらである。


 もちろん1匹だけ褒めると、残った方が不機嫌になるのは先刻承知済みである。私は恨めしそうな目付きでウォルフを睨むお猫様2匹に視線を向けると


 「もちろんライオンさんも、トラさんも大好きですよ!」


 満面の笑顔でそう告げると、どこか慌てた様子で2匹が口を開いた。


 「狼ト、同ジクライ、俺様ノ事モ大好キカ?」

 「もちろんです。同じくらい大好きですよ」


 「従魔ジャナクテモ、同ジクライ大好キナノカ?」

 「当たり前です。だって二人とも私の大事なお友達じゃないですか」


 「「ソウカ……」」


 口を揃えて小さく呟く。いまだにお耳はペッタンしたままで元気は無いようだが、先程までの険しい表情は消えているので、フォローは成功したと見て問題ないだろう。まぁこれでまた一つ私の悪女レベルが上がったのかと思うと切ないのも事実なのだが。


 しかし無事に収まりそうで何よりである。


 しょんぼりしている2匹については大いに同情するが、こればかりは譲歩のしようもない。「別にいいじゃないの。さぁ毛繕いしてあげましょうね」と私からふしだらなお誘いをかければ、あるいは問題解決するのかもしれないが、それはあまりにもはしたない。ただでさえ自分の悪女っぷりには大いに凹んでいる私なのである。この上「はしたない女」なんて不名誉、流石に背負いきれるものではないのだ。


 でも、まぁ。取り敢えずはひと段落なのかしら?


 すぐ傍にデッカい火種があるとも知らず、私は暢気にそんな事を考えていたのだった。



2015/3/22 字下げ修正

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