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目覚め、そして邂逅する、ライオン

 ゆっくりと目を開けると、まるで私の目覚めを待っていたかのように白い大きなモノがピクリと揺れ動いた。


 よく見るとそれは生き物で、さらによくよく観察してみると巨大なオスのホワイトライオンのようだった。


 彼は石畳の上に『伏せ』状態で寝そべっており、どういうわけか私を凝視しているらしい。まるでサファイアのように澄んだその青い瞳で見つめられていると自覚した瞬間、背筋に溶けるような悪寒を感じた。


 「ヒッ……!」

 喉が引きつり知らずの内に短い悲鳴が漏れる。


 寝ぼけた頭が瞬く間にスッキリと晴れ渡り、今の状況がいかに非常識なピンチであるかを理解する。今私は超巨大な肉食獣の前に居る。覚醒した意識が再び遠のく気がした。


 なぜだ。どういうことだ。と頭の中が疑問で埋め尽くされるが明確な答えが出るはずもなかった。

 当然だ。こんなカビ臭い石畳の上で目覚めたのも人生初なら、巨大なホワイトライオンに見守られて目覚めたのも人生初なのだから。こんな理不尽な展開は夢にも見たことがない。対処法など思いつくわけがなかった。


 いや正確には一つだけ思いついてはいるのだ。さっきから「これはヤバい!早く逃げろ!」と繰り返し脳が警鐘を打ち鳴らしているのだが、逃げようにもまず立つことがままならないのだ。


 必死に立ち上がろうともがいてみるものの、恐怖とウォーキングの疲れのダブルパンチにより現在膝が大爆笑中なのである。ガクガクと震えるばかりで全く足に力が入らない。私はほんのりと死を覚悟した。


 そんな無様な私の行動の一部始終をつぶさに観察していたライオンだったが、しばらくすると飽きたのかスクッと上体を起こして『お座り』の姿勢を取った。


 その上なんと


 「ム、人間。立チ上ガリタイノカ?」

 このネコ科。こともあろうに喋りやがったのである。


 「あ……くっ……お……!?」

 「ム……ドウシタ?立チ上ガリタイノナラ、俺様手伝ッテヤルゾ」


 しかも親切。ハーレムのメスに養ってもらうグータラ種族のオスとは思えないジェントルマンっぷりである。いわゆるジェントルニャン。いや「ニャン」なんて可愛らしいサイズではないのでこの場合はジェントルガオーか。語呂悪すぎである。私は色んな意味で度肝を抜かれた。


 「お、お気遣いなくッ!?」

 慌てて手を突き出しライオンの申し出を断る。


 今は猫の手を借りてでも立ち上がりたい場面ではあるが、目の前の猫の手はいささかデカすぎる。それに何といってお願いしろというのだ。バカ正直に「あなたから逃げたいので手を貸してください」などと言おうものなら「逃ガサン」とか言ってペロリと食われてしまいそうではないか。


 幸い彼の発言から察するに、少なくとも今すぐに私を食べる気はないらしい。つまり時間的な猶予があるのだ。だとしたら今の私がすべき事はたった一つだろう。


 「そ、それよりお話をしましょう!できればたくさん!思わず私の事を好きになっちゃうくらい色んな話をしましょう!」


 引き攣る顔に精一杯の笑顔を浮かべてそう告げると、ライオンは「ググッ」と喉を鳴らした。いきなりでびっくりしたが、どうやら威嚇の類ではないらしい。


 証拠に

 「人間、俺様ニ、好カレタイノカ?」

 どことなく機嫌良さそうな声音でライオンが尋ねてくる。


 「も、もちろんです!私ライオンさんと仲良くなりたいと思ってるんです!」

 思わず大声で叫んでしまった返事は紛れもない私の本心だった。


 名づけて『ムツゴロ○作戦』


 戦っても勝てるわけない。逃げようにも逃げれそうにない。しかし幸い言葉が通じて意志の疎通が図れるというこの状況。

 であるならばここは私の持てる全てのコミュ力を総動員し『ご飯』から『友達』への華麗なクラスアップを狙う以外に道はないではないか。


 そんな内心汗ダラダラな私の心情なんて1ミリも察していないだろうライオンは機嫌良さそうに耳をピクピクさせると


 「人間、俺様ガ好キカ?」

 「もちろんです!好きじゃなきゃ仲良くなりたいなんて思いません!」


 私の返答に満足したのか再び「ググッ」と喉を鳴らす。どうやらこの「ググッ」は機嫌がいい時に出す音のようだ。つまり今のところM作戦は順調に進んでいると見ていいのだろう。


 な、何としても頑張らなくちゃ……。

 そう決意する私の心情なんてやはり1ミリも察していないだろうライオンはさらに機嫌良さそうに耳をピクピクッと動かしながら


 「人間、ドノクライ俺様ガ好キダ?」

 実に返答に困る質問をしてくれた。


 どのくらい好きって言われても正直どう答えていいか判断に苦しむ。というか何なのだこのバカップルのような質問は。生まれてこの方彼氏が出来たことのない自分にはいささかハードルが高すぎる質問だった。


 「ドノクライ好キダ?」

 しかし言い淀む権利はないらしい。ライオンは再び同じ質問を投げかけると、異様に目力の強い青い目でジッとこちらを見据えてきた。目の前におわすお猫様は私の出す答えに興味津々でいらっしゃるらしい。


 こうなったらもうイチかバチか、全身全霊でぶつかってみるしかあるまい。


 国語のテストで73点を獲得した私の実力を見せつける日がようやく来たということだ。今こそお猫様が思わず唸ってしまうような素晴らしいセリフを捻り出して見せようではないか。


 「えっとですね……。私はライオンさんの事がめちゃくちゃと~~~~~っても大好きですよ!」

 国語73点とは何だったのか。我ながら何と貧相な語彙であろうか。考えに考えて捻り出した言葉が小三レベルとは別の意味で死にたくなってくる。


 しかし一度口に出してしまった以上もう取り消すことはできない。恐る恐るライオンの様子を伺うと、意外なことに彼は非常に機嫌良さそうに何度も「ググッググッ」と喉を鳴らしながら喜んでいた。


 「ソウカ、人間、俺様、大好キカ」

 「それはもう!真っ白なタテガミも、青い瞳も、ぶっとい前足も、全部素敵です!」


 「俺様、素敵カ?」

 「はい!一目見た瞬間素敵だなって思いました!」


 「ヌゥ……イイダロウ」

 そう言ってライオンはスクッと立ち上がった。


 「……え?」

 あまりに唐突すぎる展開に思考が停止する。


 「人間、付イテ来イ」

 そう言うなりこちらに背を向けるとライオンはどんどん遠ざかって行った。それをポカンとした表情で見つめていると、大分先まで進んでいたライオンが首だけこちらに振り向いた。


 「人間、早ク来イ」

 「えっと、どちらまで行かれるんですか……?」

 至極当然の質問を投げかけると、ライオンは思いもかけない返事をした。


 「俺様、アイツ、自慢スル」


 アイツとは誰だ。そして何を自慢するのだ。更に私を連れて行く意味とはなんだ。そんな得体のしれない相手に会いたくなどないのだが。一瞬で様々な疑問が頭をよぎったがその大半は口にすることが出来ないものだった。特に最後のがヤバい。ここまでの流れである程度の友好度を稼いだ手応えはあるものの、流石に口答えが許されるレベルで親しくなれたとは思えないからだ。つまり現在のところライオンが「付イテ来イ」と言っている以上黙って付いて行くしかないのである。


 ただそうなると少々困ったことがある。

 そう。果たして私はちゃんと立ち上がれるのだろうか?という関門が残っているのである。


 「ちょ、ちょっとだけ待っててください」

 私はライオンに一言断りを入れると早速立ち上がるべく壁に手をついた。手のひらにカサついた石の感触が伝わる。幸い滑る心配はなさそうだったので私はグッと壁を押すように力を込めると一気に立ち上がった。


 どんなもんじゃい。

 

 さっき立ち上がろうとした時は、巨大肉食獣に対する恐怖があったから失敗したのであって、平素であればいくら疲れが残っていようと立つことくらいはできるのだ。ただちょっとだけ膝がプルプルしてるのが珠に瑕だが。


 「早ク来イ」

 ささやかな充足を感じる暇すら与えられず、私はライオンに招かれるままプルプルする足で近寄った。とても口に出せないがライオンはもう少しだけ私に気を使ってくれてもいいと思う。


 何とかライオンの元まで歩いて行くと彼は前を向きゆっくりと歩き出した。ユラユラと左右に揺れる尻尾と時折ピクピク動く耳を見る限り機嫌は良さそうだ。私は必死に後を付いていきながら更なる友誼を深めるため口を開いた。


 「遠くで見てても真っ白で綺麗だと思いましたけど、近づくと更に綺麗ですね」

 ちなみにこれはお世辞ではなく素直にそう思ったから言ってみた。近くで見た彼の被毛は薄暗い明かりの中でキラキラと輝き、ある種の神々しさを感じたのだ。


 「俺様、綺麗カ」

 言われたライオンも満更でもないらしく、いつものように「グッグッ」と喉を鳴らして喜んでいる。どうやらこのライオンを喜ばせるには何でもいいから褒めてやるのが正解らしい。


 「それにしっぽもスゴく――」

 と、更なる友好度を獲得しようと太鼓持ちを続けていたのだが、私のセリフを遮るかの如く、突然目の前を歩いていたライオンの姿が消えた。


 「……え?」

 私がそう呟いた瞬間、10メートル程前方でダンッと何が床を叩く音が響く。


 よく見ると音が鳴った地面付近に何かが横たわっているのが見えた。そこそこ距離があるというのにハッキリと目視できる。随分と大きなもののようだ。例えるならば先ほどまで私の前を歩いていたライオンくらいの大きさだろうか。


 もしかしてあれって……。

 嫌な想像をしてしまいゴクリと生唾を飲みこむ。意を決して近寄ろうとすると右の死角から聞きなれた声が聞こえてきた。


 「人間、勝手ニ歩クナ」

 「ラ、ライオンさん!?ご無事だったんで――」

 声の方向へ振り向き状況を説明してもらおうとしたのだが、彼の姿を視界に入れた瞬間私は凍りついた。


 「ドウシタ、人間」

 どうしたも何も……。一体何があったというのだ。


 まるで初雪にように白く、薄明かりの中でもキラキラしていたライオンさんの毛皮が汚れている。つい数秒前「綺麗」と褒めた純白に大量の赤いシミが付着しているのである。


 それは彼の口元であり、口元から垂れ落ちた胸元であり、右前足付近であり。それまで白一色だった彼の身体がドス黒い血で汚れているのだ。


 「ラ、ライオンさんこそどうしたんですかその血は……!」

 興奮のあまり早口でまくし立てると、彼は少しだけたじろいだ様子を見せながらも、きっぱりと言い切った。


 「敵居タカラ、殺シタ」

 「て、敵!?」

 「ソウダ。人間、狙ワレテタ」

 「えー!わ、私が標的だったんですか!?」

 「ウム。人間、トテモ美味ソウ」


 ただでさえ混乱してるのに新たな爆弾を落とすのはホント勘弁して欲しいのですが。ライオンの美味ソウ発言に私の背筋は凍りついた。


 「デモ安心シロ、俺様、トテモ強イ」


 ライオンは口元に着いた血をペロペロと舐め取りながら堂々とした口調でそう言うと、探るような視線で私を見つめた。どういう意味だろうか。最大限好意的な見方をすると「強いから守ってやる」と解釈できるのだが、少しくらい自惚れてみてもいいのだろうか。


 彼の真意を探るべくジッと見つめてみると、彼の方もまたお返しとばかりにジーーーーッとこちらを見つめている。相変わらず何かを探るような視線だ。それに加えてソワソワした様子でヒゲをピクピク震わせ、まるで何かを催促するように「グッグッ」と喉を鳴らしている。


 こ、これは……もしかして……。

 私に褒めて欲しいのかしら……?


 だとしたらM計画ここに極まれりである。我ライオンを陥落させり。百獣の王との友誼を樹立せり。である。


 『豚もおだてりゃ木に登る』とはよく言うがまさか獅子にも効果があったとは。「これは相当な友好度を獲得したな」という確かな手応えを感じつつ、私は心の中で盛大にガッツポーズを決めた。


 ようやく見えた明るい未来にしばし感動していると、とうとう痺れを切らしたのだろう。ライオンがのっそのっそとコチラに近づいて来た。


 彼は私の眼前で『お座り』すると


 「人間、俺様、褒メロ」

 なおもウズウズした様子を隠しもせず堂々とそう言った。


 ぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!予想大的中である。


 これはもう『ご飯』扱いから脱したと見て間違いなかろう。そう思うと今まで恐怖の塊でしかなかったお猫様が急に可愛らしく見えて――いやゴメン。やっぱ可愛 くは見えないです。


 相変わらず「グッグッ」と小刻みに喉を鳴らすライオンに向かって私は深々と頭を下げた。


 「ありがとうございましたライオンさん!」

 元気よくお礼を言うと、それまで「グッグッ」と小刻みだった音が「ググッググッ」という機嫌のいい時の音に変わった。


 「俺様、凄イ?」

 「はい!超スゴいです!カッコよかったです!流石百獣の王!強くてカッコよくて綺麗で、もう最高です!」

 「ヌゥ……俺様、照レル」


 はい。デレにゃんこいただきました。

 巨体をクネクネ捻りながら照れるライオンさん。


 絶賛デレ中のライオンさんは私と視線を合わせるのが恥ずかしいのか始終キョロキョロとしている。が、時折思い出したように視線を合わせては私の目から放たれる『尊敬ビーム』を食らって再びクネクネしている。前言撤回。やはり多少ではあるが可愛く見える。


 そんな事を考えているとようやくデレ期が終わったのか、ライオンさんはスクッと立ち上がると進行方向へ向き直った。


 「行クゾ」

 「はい」


 私は元気よく返事すると再びのっしのっしと歩き始めたライオンさんの後に付いて歩き出した。


2015/3/22 字下げ修正

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