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オバケと、鷹と、大洞穴と

 目の前に広がる大空洞。その入口のような場所に彼は居た。

 私達に気がつくと、まるで威嚇するように真っ黒な羽を広げ、彼は大きな声で忠告してきた。


 「ダメダ。コノ先、俺様ノ縄張リ。ソレニ、トテモ危険ダゾ」


 まさかまさかの4匹目である。


 余りに予想だにしなかった展開だったため思考が一時混線したのだろう。真っ黒な羽でバッサバッサと羽ばたく彼 (でいいんだよね?)をポカンと眺めながら、私はとてもつまらない事を考えていた。


 ここに来てとうとう一人称がカブってしまったか、と。

 「俺様」「俺」「我」と順調に来ていたのに、ここでカブっちゃうのかよ、と。


 私は巨大な漆黒の鷹を見つめたまま、ゴクリと生唾を飲み込んだ。





 事の発端は、最近少しだけ厚みの増した私の腹が発した「グゥー」という音だった。俗に言う腹の虫というやつである。そんな乙女にあるまじき恥ずかしい音に反応し、『伏せ』の姿勢でリラックスしていたウォルフが、何故か泉の周りをウロウロしていたティガが、そして未だに床の上でゴロニャンゴロニャンしていたレオンまでもが、音源――つまり私の腹に視線と寄越したのである。


 見ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!

 私は心の中で絶叫した。


 だって恥ずかしすぎる。腹が鳴っただけでも赤面ものなのに、それを毛玉とはいえ殿方に聞き咎められるとは。あまつさえ「ますたー、腹減ッタノカ?」とか「ソウカ、ますたー、弱イカラ、マダ飯ガ、必要ナノカ」とか「ますたーノ、腹ノ音、俺様ヨリ、立派ダッタゾ」とか寄ってたかって話題にされれば、そりゃ恥ずかしさの余り身体が戦慄わなないても仕方がないではないか。此花さくや17歳。痛恨のミスである。


 思わず

 「ち、違うの!そういうんじゃないの!」

 と、突き出した両手をバサバサ振って否定してみたものの


 「ますたー、遠慮スルナ。我ガ、飯ヲ取ッテ来テヤルゾ」

 「コノ近ク、イシュドラ生エテル。俺様、イッパイ取ッテキテヤルゾ」

 「我慢デキナイナラ、イシュドラノ近クマデ、俺、付キ添ウゾ」


 現実は非常だった。当然の事ながら毛玉さん達には全く通用しなかったのである。挙げ句の果てに


 「ますたー、牙ハ生エテルカ?生エテナイナラ、我ガ、噛ミ砕イテヤルゾ」


 と、まるで雛鳥の面倒をみる親鳥みたいな表情でそんな事を言われてしまったのだが、彼らの目に私はどう映っているのだろうか。イシュドラがどんなものか分からないので確かな事は言えないが、「生えている」というレオンのセリフから察するに、恐らくは植物なのであろう。で、あるならばいくらなんでも噛み切れるはずだ。私はいつ鳴り出すかも知れないお腹を抱えて、赤面したままウォルフに返答した。


 「ご、ご心配なく。私、歯は結構丈夫なんです」

 「ソウカ。デハ、急イデ取ッテクルノデ、シバラク待ッテロ。我慢デキルカ、ますたー?」


 当然です。そう答えたかったのだが、口を開こうとしたその瞬間――

 再び私の腹から「グゥゥゥゥ」と何とも気の抜けた音が響いた。当然の如く再び注目を集める私の腹。つられて私も自分の腹を見下ろしてしまった。お前最近大人気だな。私は恥ずかしさの余り、顔から炎が吹き出す錯覚に囚われた。もうお嫁に行けない。


 しばしの沈黙の後、しょんぼりと肩を落としたウォルフが申し訳なさそうな口調で言った。


 「スマナイ。ますたーガ、ソンナニ、ヒモジイ思イヲシテイタトハ、知ラナカッタ。我ハ、子分、失格ダナ……」


 違う。そうじゃない。待ってくれ。私はそんなに食いしん坊じゃないんだ。

 しかし抗議する間もなく、ウォルフに続いてお猫様達までもが


 「俺様、イッパイ、取ッテ来テヤルゾ、ますたー」

 「ドウシテモ待テナイナラ、イシュドラノ近クマデ、連レテ行クゾ。禍時まがどき入ッタケド、俺、居レバ、半透明モ大丈夫ダカラナ」


 と、私が食いしん坊な事を前提として話を進めようとするのだが、そろそろ泣いてもよいだろうか。もしくは激情に身を任せて叫ぶべきなのだろうか。いや、そんな事をやっている暇もなさそうであある。


 「禍時まがどき……?」


 ティガの口から飛び出した耳慣れない言葉が気になり、思わず口ずさむ。どこかで聞いた事がある言葉だなと思ったら、キャンプに入る前にウォルフも言っていた事を思い出した。確か「禍時まがどきに入るから、これ以上は進めない」みたいな事を言っていたはずである。となると今現在が「禍時まがどき」と呼ばれる時間なのだろうか。よく状況が把握できず一人で首をかしげていると、不貞腐れたような表情のウォルフから「半透明ノヤツガ出ルノダ」という、ものスゴくふわっとした情報が転がり込んで来た。


 半透明って……何だろ?


 流石に「へぇー、半透明なのかー」と受け流すには不安が残る話題である。「半透明?」と聞き返すと、ウォルフはますます険しい表情になり「ウム、フヨフヨ浮イテイテ、何故カ、爪モ牙モ、通リガ悪イノダ」とか言い出した。そしてそれは傍にいたレオンも同様だったらしく「俺様、半透明、嫌イ。思イッキリ、カジッテモ、ナカナカ倒セナイ」としょぼ暮れている。そんな中、何故かティガだけはキョトンした表情をしており「俺、別ニ、嫌イジャナイ。普通ニ、カジレルゾ」と、どこ吹く風の様子だった。「ダカラ、ますたー。半透明ハ、俺ニ、任セロ」と胸を張る姿は、いつになく堂々として見えた。


 とまぁ、以上が毛玉さん達による半透明の説明である。

 私は皆の話の内容を整理するため、一つ一つの情報を頭の中で反芻した。


 禍時まがどきに現れるという、ふよふよ浮遊する半透明な敵。爪の通りも牙の通りも悪いらしくウォルフとレオンは苦手としている。ただし謎の聖なるパワーを宿したティガだけは問題なくカジれるらしい。


 つまり

 身体がちょっと透けてて、宙にふよふよ浮いてて、物理攻撃には滅法強く、聖なる力には弱い。と、そこまで考えたところで気がついた。


 それってつまり……オバケ的な感じのヤツだったりするのかしら……?

 季節外れの怪談に背筋がヒュッと寒くなった。


 確かにここは「シャゲェェェーッ!」だの「グガガガガァァァァ!」だのと奇声を上げるマジキチ生物が跋扈する伏魔殿である。そんな危険地帯に在りながら、今更オバケくらいで何を驚いてんだよと呆れられるかもしれないが、そう言う事ではないのである。


 仮に「元より修羅の地。今更オバケの一匹や二匹増えたところで大した違いもあるまいて」と理論武装を固めてみたところで、そんなものは気休めにもならない。幼少の頃に植えつけられた恐怖というのはそう簡単には覆せないものなのだ。


 そう。オバケが怖い事に理由などいらない。

 オバケはオバケだから怖いのである。


 私は幼少の頃からオバケが大嫌いだった。肝試しするヤツの思考は理解不能だったし、お化け屋敷に至っては「なんでお金払ってまで怖い思いする必要があるのよ。訴えるわよ」とすら思っていた。でも昔から『そういう』催し物があると、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、周りにいる娘達が私に群がって来るのだ。そうして口々に「お願いさくちゃん!一緒に周ろ!」等と不届きな誘いをかけてくるのである。どれだけ「嫌だ」と断っても「えー!お願い!」と縋り付いてくる様は、最早強制連行と言っていい強引さだった。そんな彼女達の情熱を疑問に思い、一度、どうして私を誘うのかと尋ねた事があったが、その際彼女達は悪びれることなく笑顔でこう答えたのだった。「だって、さくちゃん頼もしいんだもん。オバケとか全然怖くないんでしょ?」と。


 大いなる誤解である。むしろ私ほどオバケを怖がる娘が居るものか。私は興奮気味にそう反論した。そしてこれでようやく理不尽な恐怖体験をせずに済むと思って安堵した。だって私こんなに怖がっているんだもん。きっと彼女達も分かってくれるよね。


 しかし現実は無常だった。私の力説を聞いた彼女達は「またまたー。いっつも平気な顔してずんずん歩いてくじゃん。私さくちゃんが悲鳴上げてるところなんて見たことないよー」と、あろうことか誰一人として私の言い分を信じなかったのである。オバケの恐怖を「保留」してしまったが故に起きてしまった悲劇であった。なので


 「俺、歩イタトコロ、モウ半透明出テコナイゾ。ダカラ、コノ辺ハ、モウ大丈夫ダゾ」


 という何気ないティガの一言を聞いて、私は心の中で彼に喝采を送った。

さっきから辺りをブラついてたのは知っていたが、まさかここら一帯をお清めする為の散歩だとは気がつかなかった。僧侶系男子これは流行……りはしないだろうが、とても役に立つ。スゴいぞティガ。


 流石は「聖獣」様である。しかし念の為にと思い「突然背後から忍び寄ってきたりもしませんよね?」と確認したところ、「ウム、大丈夫ダゾ、ますたー。俺、身体カラ、何カ出テル。ソレ、半透明達、トテモ嫌ウノダ。ダカラ、俺ノ傍ハ、安全ダゾ」という頼もしい返事が来た。でも「何か出てる」って何だ。


 「源泉かけ流し」の温泉宿というのは聞いた事があったが、流石に「聖なる力垂れ流し」というのは初耳である。つまりティガがその場にいるだけで、垂れ流しになっている聖なる力が、周囲を無差別に浄化しまくっているという事なのだろうか。ポンと置くだけでしつこい悪霊もスッキリ除霊。さながらその手軽さは、置くだけで周囲の悪臭を退治する置き型消臭剤の如きありがたさである。しっぽは浄水器で本体は除霊までこなす。私の頭の中で「聖獣=便利な生物」という方程式がが組みあがったのも無理はあるまい。


 そんな事を考えていると

 「ダカラ、ますたー、腹減ッテルナラ、イシュドラノ傍マデ、俺、連レテ行クゾ」

 と、唐突に恥ずかしい話題に切り替えられてしまい、私は再び赤面した。


 そうだった。オバケパニックに気を取られててスッカリ忘れていたが、そういえば本題はご飯の話だったのである。しかもいつの間にやら完璧に食いしん坊キャラが定着しているようなのだが、そんなにも物欲しそうな顔をしているのだろうか私は。いや、そこまで品のない表情をしているはずがないのである。だから


 「ムゥ……。一刻モ早ク、用意セネバナラナイヨウダナ」


 他人の顔を覗き込んで、しみじみとそんな事言うのは止めて欲しい。

 しかもウォルフが動くと、その尻馬に乗ってお猫様達までもが


 「ジャア、ますたーモ一緒ニ、イシュドラノトコロマデ、連レテ行ク」

 「護衛ハ、俺ニ任セロ」


 ホラね。こんな展開になっちゃうのである。

 私は頭を抱えた。苦悩のポーズである。


 だからレオンよ、「腹減ッテ、ちから出ナイノカ?」等と邪推するのは止めてくれ。そしてティガよ、「ムゥ……。一刻モ早ク、食イ物用意シナイト、ますたー、泣クカモシレナイ」とは何たる言い草か。しつこいようだが主張させて頂きたい。私は食いしん坊キャラではないのだ。


 食いしん坊。

 曲がり間違っても、花の女子高生が背負ってよい看板ではあるまい。私は断固として抗弁する決意を固めた。


 私は断じて食い意地の張った女ではない。

 食べ物を持ち帰ってもらうまで、お留守番くらい余裕なのだ。あと道中のオバケも怖いし。

 だから私は行かないぞ。気をつけて行ってらっしゃい。


 完璧である。

 流石は、あの『いかりの女』が「アンタも同類!」と太鼓判を押した娘である。


 群れ集う男共を荒波に放り投げ、自分は安穏とした港で、彼らが持ち帰る成果を頂戴する。「ほーら、アタイの為にキリキリ稼いできなッ!」「ヘイ!親分!」ってなもんである。何だこれ。私はどこの女海賊だ。


 し、しかし問題はないのである。何故ならこれは、私が彼らに強制した事ではないからである。あくまでも彼らは自主的に荒波に飛び込み、私に尽くす事自体に喜びを見い出しているのだ。つまり私の為に苦労したいのである。つまり私に喜んでもらいたいのである。私に尽くす事こそ彼らの幸福なのである。「フフッ、馬鹿な男共は、皆この私が手玉に取ってみせるわ」なのである。どうしよう。私の悪女レベルが留まる事を知らぬのだが。


 ま、まぁいい。そんな事より今は、行く気マンマンになっている3匹への抗弁を最優先させねば。


 さぁ伝えるぞ。この想い!


 そう気合いを入れたのがいけなかったのだろう。

 グッと握りこぶしに力を込めた、その瞬間――


 グゥゥゥゥゥー……。


 三度みたび鳴り響く私のお腹。ヤダもう何コレ。マジで羞恥死ぬ。


 余りにも無慈悲なタイミングで鳴り響いてしまった腹の音。気合いを入れたはずの身体からみるみる力が抜けていった。恥ずかしかった。ただひたすらに恥ずかしかった。穴があったら入りたかった。この時、少しでも私に冷静さが残っていたならば、私は即座にウォルフにお願いし、壁に5メートルばかしの穴を開けてもらっていた事だろう。当然入るための穴である。少なくとも一時間は出て来まい。そんな天元突破の羞恥心に襲われ、思わず目尻に涙が滲んだ。


 「ムゥ……泣ク程、腹減ッタノカ、ますたー」


 目尻に浮かぶ涙を見咎めたティガが、まるで痛ましいものを見るような視線で私を見つめてくる。が、そうじゃない。空腹に耐え兼ねて泣いてるわけじゃないんだ。しかし、羞恥のあまりプルプル震えるばかりの私に、彼の勘違いを正す手段などあろうはずもなかった。涙を堪えただただプルプル震えるか弱い乙女。その可憐な姿は毛玉さん達に更なる勘違いを植え付けてしまったようだった。


 「猫共、急グゾ。ますたー、腹ペコ、ペコペコダ」

 「ヌゥ……。ますたー、腹ペコ、ペコペコナノカ。オ腹ト、背中ガ、ペッタンコナノカ?」

 「ムゥ……。マダ大丈夫ミタイダ。オ腹、結構、フクフク、シテル」


 おい。ちょっと待てそこの聖獣。

 傷ついたか弱い可憐な乙女に対して、その暴言は致命傷になりかねんぞ。


 確かにちょっとばかしふくふくしている事は認めよう。しかしそれは違法滞在しているお肉共のせいなのである。そしてそいつらを一斉検挙しようとジョギングに出かけた結果、今こうしてここで泣いている訳なのである。


 流石に看過できないティガのセリフを聞いて、私は少しだけ冷静さを取り戻した。のだが――時すでに遅しであった。


 既に出発準備を整え終えた3匹の姿が目に入る。ウォルフとレオンは私を守る盾となるべく横並びになり、ティガは私を護衛する為に左脇で待機しているのだ。つまり完璧に「私を伴って出発する」フォーメーションなのである。そんな彼らの目は如実に語っていた。「さぁ行くぞ」と。そして「腹ペコマスターに、一刻も早く飯を食わせてやらねば」と。


 そう。彼らはとうに決意を完了させているのだ。

 今更「食いしん坊じゃないから、お留守番してるね!」とは言い出せない雰囲気なのである。連れ出す気マンマンなのである。


 故に

 「行クゾ、ますたー」

 と、ウォルフに号令されてしまえば、最早私に抗う術など残されてはいなかった。


 「……はい」


 こうして腹ペコマスターは、愉快な毛玉達を伴って、再び旅立ったのであった。




 目的地が近かったのは幸いだった。それでも到着までに30分もかかってしまったのは、一重に半透明共の襲撃回数が半端なかったからである。アイツ等超怖い。先行組のウォルフとレオンをすり抜けて、私にダイレクトアタックをかましてくるなんて最早反則である。「ヒィィィィギィァァァァァ……!」とか叫びながら超高速で突っ込んでくる半透明。正直、ちびらず済んだのは奇跡であった。


 眉間にしわを寄せ「グゥ……ヤッパ、俺様、苦手……」とか言いながら奮闘してくれるのはありがたいのだが、前衛の彼らにはもう少し頑張っていただきたかった。まぁ、すり抜けてきた半透明についてはティガがきっちり屠ってくれたので実害は無かったのだが、その代わり精神的には3回くらい死んだ気がする。


 そんな大混戦の最中、ウォルフが悔しそうに呟いた「ヤハリ、我ラデハ、半透明共カラ、ますたーヲ、守ル事ハ出来ヌカ……」という言葉を聞いて、私はようやくティガが護衛役として抜擢された理由に思い至ったのだった。つまり半透明に襲われた時、私を守れるのが彼しかいなかったという事なのだろう。流石は置き型除霊装置である。なんせ猫パンチ一発で半透明共をKOしているのだ。ものスゴい表情で何度も何度も攻撃を繰り返す前衛の2匹との違いは明らかである。聖獣様のスゴさをまざまざと見せつけられた気分だった。


 このようにして、我々は、肝試しもお化け屋敷も裸足で逃げ出すような恐怖の道のりを歩ききったのであった。


 私は息も絶え絶えに、ふらつく足取りで歩き切ったのだ。疲労困憊である。青息吐息なのである。しかしそれも無理のない話なのだ。


 だって30分の間に8回も遭遇したのである。しかもヤツら、休み時間にトイレに行く女子でもあるまいに毎回毎回4、5匹の群れでやってくるのだ。つまり少なくとも30匹以上の半透明に襲撃された計算になるのである。そりゃ、ピンピンしてる方がおかしいのである。正直、道中は毛玉さん達に付いていくのがやっとで、余計な事を考える余裕など微塵もなかった。


 そう。そんな余裕はなかったのである。


 だから「建物内なのに妙に風通りが良いな」と疑問に思う事もなかったし、時折聞こえてくる「ヒュォォォォ……」という風切り音にも気づかなかった。


 だから私は、目的地――つまり、目の前に広がる大空洞を目の当たりにした瞬間、言葉を失ったのである。


 何だこれ……。

 泉の件でも驚いたが、大空洞の驚愕はそれ以上だった。


 だって、今の今までごく普通の石畳の迷宮だったのだ。それなのに何故、曲がり角の先で待ち構えているのが、ゴウゴウと風の音を響かせる巨大な円柱状の大空洞なのだ。この迷宮はちょっとブッ飛び過ぎではなかろうか。しかし、そんな驚愕中であろうとも


 「着イタゾ、ますたー」


 と、待ちに待った到着宣言を聞かされてしまえば、恐怖に凝り固まっていた身体から力が抜け、思わず心の中でハレルヤと叫んでしまったのは仕方が無い事だと思うのだ。如何に大空洞のインパクトが強かろうと、生きる喜びに比べれば大した事ないのである。故に


 よっしゃ、到着した!もうオバケは懲り懲りなのよ!!

さぁティガよ。可及的速やかにその辺りを練り歩き、半透明共を除霊して来るのだ。


 と、大空洞の事などスッカリ忘れ、我が身の保身に走ったのも自然の事だったのである。


 だって、まさか

 「この辺一帯から半透明共を駆逐してくださいね!」

 と指差した先に"彼"が居るなんて思いもしなかったんですもの。


 そう。これが私と"彼"との出会いだった。


 大空洞につながる裂け目に彼は居た。

 鳥にしては巨大過ぎる身体。全身を覆う漆黒の羽毛。そして、こちらを貫くような鋭い視線。それらを併せ持つ凛とした姿で、彼はそこに居たのである。


 「え……?」


 思わず呟いた言葉にピクリと反応を示す巨大鳥。その次の瞬間、イキナリ羽をバッと広げたかと思うと、彼は大声で宣言したのである。「ダメダ。コノ先、俺様ノ縄張リ。ソレニ、トテモ危険ダゾ」と。そして私は驚きの余り思ったのである。「俺様キャラがカブってしまったのか」と。


 「襲いかかってこないから敵じゃないよね?」「アイツ今喋ったぞ」「という事は毛玉さん達の友達なのか?」「まさかまさかの鳥類かよ」「つーかこの子もスゴく大きいな」等など、呆けた頭の中を埋め尽くすように疑問が溢れ出てくる。全く状況が飲み込めず、一人呆然とする私を置き去りに、彼らは勝手に話を進めているようだった。


 正直、この時間的猶予はとてもありがたかった。お陰で、周囲の状況を確認したり、新たに出会ってしまった巨大鳥を遠目から観察してみたり、と随分冷静さを取り戻すことができたのだ。このようにして、私なりに何とか頭と心の整理をつけていたのだが、突然踵を返してのっしのっしと戻って来たレオンによって、短い平穏は終りを告げたのだった。


 あら、ワンニャン会議は終わったのかしら?そんな暢気な事を考えている私に向かって、彼はしっぽをフリフリ左右に揺らしながら、ゴキゲンな様子で口を開いた。


 「ますたー、血ヲクレ」


 ちょっとレオンさん。


 「アイツニ、飲マセル」


 どうしてそうなった。


 新たな火種の誕生に、私は心の中でソッと溜め息を吐いたのだった。




2015/3/22 字下げ修正

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