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広場と、泉と、脱力と

 ちょっと待って欲しい。

 こんな展開は流石に予想していなかった。



 大人の階段を三段飛ばしで駆け上るティガが、とうとう「ますたー……両手デ、握ッテ欲シイ」等と要求をエスカレートさせ始めた頃、我々一行は大きな開けた場所へと到着した。これまで進んで来た通路や小部屋とは明らかに違うスケールの空間である。実際に行った事がないので想像になってしまうが、○○ドーム△個分みたいな壮大な広さだ。手近な壁に、何やら物々しいレリーフが掘られていた事もあり、私はここが目的地ではないのかと期待したのだが


 「ますたー、コノ先ニ、イイ場所ガ在ル。ソロソロ、オ休ミスルカ?」


 というウォルフのセリフで、その期待は見事に打ち砕かれた。


 ですよね。実は分かってました。だってまだドラゴン堕としてないですもんね。血も飲まされてないし。しかしそれを抜いて考えれば、ウォルフの提案自体はスゴくありがたかった。ここまでかなりの時間歩き続け、既に私はヘロヘロだったからである。私のひ弱さを舐めてもらっちゃ困る。ぶっちゃけ今すぐにでも休憩を取りたかった。にも関わらず、私はこの天の恵みとも言えるウォルフの提案に対し、答えを保留する事にしたのである。


 だって、仮にあと一、二時間で目的地に到着するというのなら無理を押してでも進みたいし、あと五時間はかかるということなら素直に休憩したい。要するに「こんな物騒な場所一秒でも早くおさらばしたい」という焦燥感と、「これ以上歩くと死ぬ。多分死ぬ」という疲労とで板挟みになっているである。もちろん「ソロソロ、休マナイト、疲レデ、敵倒セナイ」みたいな毛玉さんサイドの事情があるのであれば、土下座してでも休憩をもぎ取るのだが、ピンシャンしてる彼らを見る限りその可能性は限りなく薄そうである。


 まぁつまり、ゴールまでの残り距離を確認しないことには、休むとも休まないとも答えにくい状況なのだった。私はその旨を確認すべく、改めてウォルフの顔を見やり――そして冷や汗をかいた。


 な、何なんですかね、その視線は……。


 彼は射るような視線でこちらを凝視していた。より正確に言うならば私の「手元」をである。さらに誤解のないように言えば私の「左手」である。そう。ティガのしっぽを鷲掴み中の私の左手を。


 「ますたー……」

 「な、何でしょうか?」

 「我ノ方ガ、フサフサダゾ。オ休ミ中ハ、我ノシッポヲ、触ルトイイ……」


 まるで脅迫するかのようなおどろおどろしい声音でそんな事を言われ、どうして断れようか。私は引き攣る頬を叱咤し、無理矢理笑顔を浮かべた。


 「わ、わー。それは楽しみです。じゃあお言葉に甘えて、休憩中はウォルフのしっぽを触らせてもらっちゃおうかなー。すっごく楽しみだなー」


 最早今後の予定を確認する余地などない。私は即座に休憩する事を決意しそう返事した。すると


 「ウム……。ますたーガ、ソウ望ムノデアレバ、我ハ、シッポヲ差シ出ス他、無イナ」


 と、それはそれは満足気な様子でウォルフは「グルグル」と喉を鳴らし始めた。あざとい。この狼あざといよ。


 私的には非常に引っかかりを覚える展開になってしまったのだが、ここはグッと我慢すべきところである。だって「全部アナタの思惑通りですから」と真実を叫んだところで誰も得をしないからである。どうもウォルフは「親分から命令され、それに従う自分」という構図にひどくトキめく性質たちのようなのだ。実情はもちろん違っている。いうなれば「自分の望む事を強要し、親分に命令させてる」というのが正しいのだが、真実を告げてその夢を壊してしまうのも忍びないではないか。だって見て欲しい。あの嬉しそうな彼の顔を。先程からしきりに「ヌゥ、ますたーノ望ミナラバ仕方ナイ」とか「我ニ逆ラウ術ハ無イナ」とか言いながら、はしゃぎまくっているではないか。恐らく「ああ……今、我は恭順を強いられている」とでも思って身悶えてるに違いない。


 ともあれ無事ここまで辿り着けたのは間違いなく彼のお陰なのである。道中彼は頑張ったのだ。「シャゲー!」だの「グルァァァ!」だの奇声を上げながら襲いかかって来る敵を尽く屠ってくれたのは、間違いなく先行していた彼らなのだ。その功績を鑑みれば、この程度の我慢、なんぼのもんじゃい!であろう。


 それに真実を告げたら告げたで面倒臭い拗ね方しそうだしね。あのワンちゃん。

 と、一人で苦笑していると


 「俺、オ休ミ、シタクナイ」


 少しだけ大人の階段を登ったはずのティガが、実に大人気ない駄々を捏ね始めた。


 あーうん。気持ちは分かるのだ。ずっとしっぽを握っていて欲しいのだろう?そんな訴えるような視線で見つめずとも、君の考えてる事なんて筒抜けレベルで察する事ができるのだ。しかしながらこちらにもこちらの事情があるのである。ウォルフに「休憩する」と約束してしまった以上、それを反故にする訳にもいかないのだ。


 さてどう言い含めたものか……。

 私は数瞬考え込み、まずは同情心を煽ってみる事にした。


 「私ちょっと疲れちゃったので、出来れば休憩したいんですが……」


 なるべく疲れて見えるよう眉根を寄せてみる。演技する間でもなく、既にボロボロのていではあるが、念には念を入れたのである。しかし


 「ジャア、ユックリ、歩クヨウニスル」


 ダメだった。通用しなかった。

 まるで「名案を思いついた」とでも言いたげなドヤ顔で返答され、私は作戦の失敗を悟った。


 恐らく彼は「歩いている時間が長ければ、その分しっぽを握ってもらえる」とでも考えたのだろう。しかしその提案はティガのみが幸せになるプランであり此花ファミリーの公序良俗に反する主張なのである。そんな事をすれば、まず間違いなくウォルフはぶーたれる。その上私も困る。だって、休憩する訳じゃないから疲れは取れないし、ノロノロ歩く都合上ゴールが早まる訳でもない。つまり総合的に考えて、認める訳にはいかない提案なのだった。


 というわけで作戦変更である。

 機嫌良く喉を「グルルルルル」と鳴らすティガに向かって、私は告げた。


 「あ、ゆっくり歩いてくれるんだったら、もうしっぽ握ってなくて大丈夫だと思います」

 「ッ!?」


 効いた。ゲームだったら「さくや の かいしんのいちげき!!」というテロップが流れるくらい、こうかはばつぐんだった。


 ティガは今まで浮かべていたドヤ顔を消し、嘘みたいに慌てふためきながらオロオロとした様子で口を開いた。


 「ますたー、俺――」


 ――のだが残念。まだ私のターンは終了していないのである。

 必死な様子のティガの言葉を遮るように、私は畳み掛けた。


 「皆さん歩くの速くて、いつ置いて行かれるか不安だったんです。ほら、私ドンくさいじゃないですか。でも、ゆっくり歩いてくれるんだったら、もう大丈夫だと 思うんです。今までありがとうございました。また何かあった時はお願いしますね」


 そう言い切ってふわりと微笑んでやると、ティガはしょんぼりと肩を落とした。しばらく「グゥ……」だの「ムゥ……」だのと一人で葛藤していたようだったが、やがて気持ちの整理がついたのか、彼はさらにガクリと肩を落とすと、消え入りそうな声音でポツリポツリと語りだした。


 「ますたー、俺、オ休ミシタクナイノハ、ズット、シッポ握ッテテ、欲シカッタカラナノダ」

 「……そうだったんですか?」


 あざとい。ウォルフに負けず劣らず私も相当あざとい。意を決して素直に告白してくれた、純粋なトラちゃんとは大違いの腹黒さである。流石悪女。そんな自分の思考に若干凹まされながらも、まるで「今始めて知りました!」とでも言わんばかりに驚いてみせると


 「ソウナノダ。ダカラ、ますたー、必要ジャ無クテモ、俺、シッポ握ッテテ欲シイ。俺、チャント、良イ子ニナル。ダカラ、歩ク時ハ、シッポ握ッテテクレ」


 これまた、どストレートに要求され、私は密かに身悶えた。だってこのトラ超イジらしいではないか。疲れた私に無理を強いた事。順番的にいえば、次はウォルフに私を渡さないといけないと分かっているのに、ついついワガママを言ってしまった事。もしかしたら、レオンに対しても申し訳なく思っていたのかもしれない。要するに彼は幼稚ながらもしっかりと罪悪感を抱いているのだ。つまり彼が言った「良イ子ニナル」というのは、「我が儘言わずに休憩して、ウォルフ達に私を明け渡す」という意味になるのだろう。


 【俺、嫌ダケド、チャント我慢スル。ダカラ、ますたー、俺、嫌イニナラナイデ】

 色んなものを飲み込んでグッと我慢するティガの姿から、そんな本音が透けて見えた。そんなしょんぼりとした幼気いたいけな姿を見せられて胸キュンせずにいられる訳がないではないか。


 罪を認めて反省する。それがきちっと出来るティガは立派な毛玉さんである。

 私は、努めて柔らかい口調を心がけ優しく告げた。


 「ティガは良い子だと思いますよ」

 「違ウ。俺、アンマリ良イ子ジャナカッタ」

 「ほら、そうやってちゃんと反省できる所が良い子なんですよ」


 少なくとも、あの愛されたがりのイジけんボーイ (数千歳)には出来ない芸当である。常に笑顔を絶やさなかった事が功を奏したのか、最初はお耳をペッタンさせてしょぼ暮れていたティガが、遠慮がちに聞いてきた。


 「俺、良イ子?」

 「はい。とっても良い子ですよ」


 「俺、良イ子ナラ、ますたー、マダ、俺ノ事、好キカ?」

 「もちろんです。ティガの事もレオンの事もウォルフの事も、大好きですよ」


 「……一番好キカ?」

 「当然じゃないですか。ティガもレオンもウォルフも、いっちばん大好きですよ!」


 「ソウカ、ますたー、俺、嬉シイ」


 その言葉に違わず、それはそれは嬉しそうに「ガウガウ」鳴き始めたティガ。先程までペッタンしていたお耳も元気を取り戻し、今ではピンと立っている。そんな元気いっぱいな様子のまま、ティガは口を開いた。


 「俺、頑張ル。ますたー、楽シミニシテロ」


 何を?


 無意識的にそんな疑問が湧いて来たが、答えは聞くまでもなくそこに用意されていたのだった。




 ウォルフが言っていた「イイ場所」とは、大きな泉の事だった。大事な事なのでもう一度繰り返す。ウォルフが休憩場所として推めてきた場所は大きな泉の傍だったのである。


 言い間違いでも聞き間違いでもない。正真正銘の泉である。薄暗い広間を歩くこと数分。先導するウォルフの「着イタゾ、ますたー」という声に従って目を凝らせば、そこにはなみなみとした水面をたたえた大きな泉があったのである。


 迷宮の中に泉である。泉なのである。少し前TVで「自宅の中に滝がある」と告白していた芸能人を見たときも驚いたが、今回の『これ』は、それを超えるインパクトだった。だって泉なのだ。どこを見渡しても石畳一色の空間にポツリと存在する泉。生憎「わー、泉だー。キレー」と喜べる程、私は素直な人間ではないのである。そもそも全然綺麗じゃないのだ。この泉。


 そう。『迷宮泉』というあまりにも時代先取り過ぎる設備に、私は度肝を抜かれたのだった。


 そんな呆然とした様子の私を泉の端までエスコートすると、ティガはしゅるりと私の手からしっぽを抜き取った。どうやら驚きの余り力が抜けてしまっていたようだ。彼は久方ぶりに自由になったしっぽの動きを確かめるように二、三回左右にフリフリすると


 「ますたー、見テロ」


 と告げ、何と泉に向かって尻を突き出したのである。


 まさか「休憩」って……「トイレ休憩」の事だったの?

 でもって、この泉ってもしかして、毛玉さん達にとってのお花畑 (精一杯の隠語)だったりするんですかね?


 だって、その他に泉に向かって尻を突き出す理由が見当たらないではないか。しかもそんなシーンを見せつけたいとは、ティガはどこまで大人の階段を登れば気が済むのだろうか。これは少々道を踏み外しすぎではあるまいか。


 しかしそんな私の予想は次の瞬間裏切られた。泉に尻を突き出したままその場にゆっくりと座った彼が、おもむろにしっぽを泉に浸したのである。ポチャン。と、小さな水音を立ててしっぽの先が泉に沈む。そこからの『変化』こそ鮮やかだった。


 「え……?」

 と、私が疑問に思うその間にも、目の前の『変化』はみるみる加速していく。そして状況について行けない私を完全に置き去りにして、その『変化』は速やかに収束した。


 「水が……」

 思わず呟く。そしてこの『変化』の立役者であろうティガの方を振り向くと、彼は既に泉からしっぽを引き上げており、湿気ったしっぽの先をペロペロと舐め乾かしていた。そんな彼と目が合う。彼は「グルルル」と喉を鳴らしながら、自慢気に言った。


 「ますたー、モウ、飲ンデモ、大丈夫ダゾ」

 「え、これ飲めるんですか?」


 「モチロンダゾ。ソノ為ニ、俺、綺麗ニシダ」

 「あ……。やっぱり"これ"はティガがやってくれた事なんですね」


 "これ"の所で、薄明かりに反射して輝く水面を指差すと、彼は胸を張って答えた。


 「ソウダゾ、ますたー。俺、聖獣ダカラナ」


 残念ながらその説明では全く理解できなかったが、理屈はどうあれ功績は功績である。信賞必罰の理念に従うのであれば、ここは褒めてやらねばならない場面である。私は手近にあるティガの頭を撫でながら、精一杯の声量で感謝を告げた。


 「こんなに綺麗な水を用意してくれて、ありがとうございます」


 そう。泉の水は綺麗だった。


 まるで「透明な泥」であるかのように濁り汚れていた泉の水が、ティガがしっぽを浸けた途端、まるで「水に絵の具を溶く映像」を逆再生したように、みるみる間に透明になっていったのだ。時間にしてほんの数秒だろうか。ほんの短い時間であったにも関わらず、泉は見事に澄み渡り水面はキラキラと輝いた。それはそれは鮮やかな『変化』であった。


 私はお礼もそこそこに、早速両手で泉の水をすくい上げた。信じられないような非日常やら連続する緊張やらで感覚が麻痺していたが、水を見た瞬間、猛烈に喉が渇いている事に気がついたのだ。よく考えれば最後に水分を摂取したのはジョギングに出かける三時間も前の事である。「顔に沢山汗かいたら恥ずかしい」という実に乙女らしい理由で水を避けていたのだが、その結果、ジョギングで汗をかき、緊張で喉がカラカラに乾き、挙句に数時間ぶっ通しの徒歩である。今考えれば、出発前に壁に穴を開けてもらった時、よくお花を摘むだけの水分が残っていたものだと思う。しかしそんな乾きともここでおさらば出来るのだ。


 「ホントにこれ飲んじゃって大丈夫なんですよね?」

 念の為改めてそう尋ねると、ティガは自信満々に頷いた。


 「モチロンダゾ、俺、聖獣。水、トテモ、綺麗ダゾ」


 差し詰め、聖獣印のおいしい水といったところだろうか。ペットボトルにでも詰めてコンビニで売り出せばさぞかし……いや、私なら買わない。毛とか浮いてそうだし、絶対に買わない。とはいえ今この場に限っては例外である。可愛い子分が大丈夫だと推めているのだ、親分である私が信じてやらなくてどうする。私はもう迷わないぞ。舐め終えたしっぽを、今度はヒュンヒュン振り回しながら乾燥させているティガに「それじゃいただきますね」と一言断ると、私はソッとすくい上げた水を口に含んだ。


 一口含んだその水は、臭いもない、味もない、何の変哲もない唯の水の味だった。

 つまり乾いた私にとって、これ以上ない最高の飲み物だということである。


 一口目を嚥下すると後は一気だった。身体の欲するまま両手で水をすくっては口に運びゴクゴクと喉を鳴らす。途中「ドウダ、ますたー?」とティガに聞かれた時は、思わず「はい!とても美味しいです!」とアゲアゲなテンションで返事してしまったくらいだ。どれくらいそうしていただろうか。私はちょっとでも動けばお腹からポチャンと音が聞こえるんじゃないかという程の水分を摂取し、ようやくフーッと息を吐いた。


 もう飲めない。大変満足致しました。

 ティガ君の忠義、この親分さくやがしかと受け取ったぞ。


 これは改めてティガに礼を言わねばなるまい。そう思い立ちティガの方を振り向いたのだが――既にそこにティガの姿は無かった。


 えっ……?


 その代わりと言っては何だが、デッカいワンちゃんが座っていた。どうやら私のよく知るワンちゃんのようである。「知っている」と断定できないのは、何も付き合いの浅さゆえ、顔の識別がつかないという理由からではない。単純に顔が見えないのだ。そう。デッカいワンちゃんは私に尻を向けて座っているのである。ふっさふさのしっぽが元気よく左右に振れている。


 「ますたー、シッポ、撫デテイイゾ」


 あ、やっぱり私のよく知るワンちゃんでしたか。聞きなれたウォルフの声に「そ、それじゃ失礼します」と返事しながら、私はそんな詮無き事を考えていた。


 ってかいつの間に入れ替わったんだね君達は。

 そして忠義の子分ティガ君はどちらに行かれてしまったのか。


 ウォルフのしっぽをくしけずりながら周囲を見渡すと、レオンの傍に座り「シッポ、スゴイノダ」「シッポ、ドウ、スゴイノダ?」「トニカク、スゴイノダ」「ヌゥ……トニカク、スゴイノカ」と頭の悪そうな会話にうち興じているティガを発見した。どうやら大人の階段を昇った事についての感想をレオンにレポートしている最中らしい。仲が良いのは何よりだが、私としては猛烈に止めて欲しい話題でもあった。


 だってそんな事をレオンに教えてしまったら、十中八九間違いなく「俺様ノ、シッポ、掴メ」と詰め寄ってくるに決まっているからである。まだまだ彼らとの付き合いが浅く、彼らの相関を自信を持って断ずる事は出来ないのだが、少なくとも、レオンとティガについては「同じネコ科同士の仲良しさん」という友達的な側面と、それとは逆に「コイツにだけは負けたくない」というライバル的な側面を併せ持つ関係のようである。つまり、この後「ティガだけ狡い!俺様も!」と気合いを入れて迫ってくる確率が非常に高いのである。


 しかしその展開はまずいのだ。だってティガの言葉を信じるならば、毛玉さん達のしっぽは「生えている毛が少なければ少ない程敏感になる」のである。つまりレオンのしっぽというのは、力強く掴んだだけで禁断の扉を開いてしまったティガよりも、ずっとずっと毛足が短いのである。そんなレオンのしっぽなんて握った日には、大変な事になるのは目に見えているのだ。


 「ますたー?」

 「え?……あ、あぁ、ごめんなさい。ちょっとボーッとしてて」


 来るべき未来を想像して手元が疎かになっていたのだろう。首越しに振り返り、不思議そうに声をかけてきたウォルフに一言謝ると、私は気を取り直してウォルフのしっぽをくしけずる作業に戻った。こうして見てみると本当に見事な毛量である。手の指全てを総動員させザックザックと手ぐしで毛を梳いてやると、ウォルフは「グルグル」と機嫌良さそうに喉を鳴らした。


 試しに両手をしっぽの中に潜り込ませ、両手でギュッとしっぽを握ってみたところ、ふっさふっさのウォルフですら「ングァ」と変な声を出した。しかし幸いな事にそれ以上の反応はなく、ほとぼりが冷めた頃に改めてしっぽを掴んでみたのだが、二回目ともなればウォルフも慣れたもので「ますたー、我ノシッポニ、興味津々ナノダナ」と嬉しそうに告げられただけだった。その後も数回、不意打ち的にしっぽを掴んでみたのだが、ウォルフは一度も大人の階段を昇る事はなく、ティガが見せたような反応はついぞ見られなかった。


 つまり「しっぽの毛量と敏感さは反比例する」という仮定の整合性が、ここに証明された訳である。そうなるといよいよ危険である。今度は手元が疎かにならぬようしっかりとウォルフのしっぽをと梳きながら、私は再びお猫様の方へ視線を転じた。


 「ジャア、最初ハ、ソット、握ッテモラウノカ?」

 「ソウダゾ。イキナリ強ク握ラレルト、トテモ、ビクビクスル。最初ハ、優シクシテモラッタ方ガ、イイゾ」


 あかん。何やら不穏な計画が既に進行している。


 「ヌゥ……。俺様、加減トカ分カラナイ。ますたーニ、上手ニ、オネダリスル自信、無イ……」

 「大丈夫ダゾ。ますたー、握ルノトテモ上手。最初ニ、優シクシテクレト頼メバ、後ハますたーガ、チャントヤッテクレルゾ」


 「ナルホド、ますたー、スゴイナ」

 「ウム。ますたー、スゴイノダ」


 と、ここで目が合った。


 私を見つめる2つの青い目。そしてその奥に見える立派なタテガミ。

 そう。言う間でもないが、最悪のタイミングである。


 その後彼は、すぐにティガとの会話を終わらせて立ち上がった。何の為に?もちろん私の元に馳せ参じる為にである。のっしのっしとこちらを目指して歩いてくるホワイトライオン。その姿を見つめたまま、私は必死に頭を働かせた。


 近づいてくる。のっしのっしと一歩ずつ。

 必死に脳を酷使している私に、期待と劣情を秘めたたぎる視線を向けながら。ヤツが近づいてくる。そうして――


 「ますたー」

 審判の時来たる。


 とうとう私の前まで到達したレオンは、その場でスッと『お座り』すると、それはそれは嬉しそうに宣った。


 「俺様、シッポ、ギュッテ、シテクレ」


 私は困った。妙案どころか時間稼ぎできそうな案すら思いついていなかったからだ。しかもこういう時に限って、いつもは何だかんだと理由を付けてゴネるウォルフまでも「ヌゥ、イイダロウ」と言いながら立ち上がってしまった。あぁ万事休すである。


 結局、何の案も思いつけなかった私は、最終手段として「今はレオンのタテガミを撫でさせて欲しい!」「しっぽを掴んで欲しいのは知ってる!けど、お願いだから今だけは私のお願いを聞いて!」「私、レオンのタテガミを見てると、我慢できないの!」と、恥をかなぐり捨てた猛攻を披露し、見事「ますたー、俺様ノタテガミ、ソンナニ、好キナノカ」とデレニャンコを作り出すことに成功したのだった。


 当然、そこまで熱烈なラブコールを送ってしまったからには生半可な「撫で」で許されるはずもなく、「ますたー、俺様ノタテガミ、大好キダナ」「ヌゥ……流石ニ、チョット照レル」と、身を捩って恥ずかしがるデレニャンコを一時間近くも撫で回すハメになってしまったのだった。


 予想外のタイムロスである。

 しかし本当の予想外は、この後ウォルフの口から語られる衝撃告白の方であった。


 長時間構い倒した結果、今も床石の上でゴロニャンゴロニャンと照れ続けているレオンを、若干恨めしそうに横目で眺めつつ、ウォルフが口を開く。


 「ますたー、ソロソロ、禍時ニ入ル。今日ハ、コレ以上進マナイ方ガ、イイカモシレナイ」

 「え?今日はって……」


 そういえば、目的地まで、どのくらいの距離があるのか、そしてどの程度の時間がかかるのか、そういった仔細を一切確認していなかった事に、この時始めて気がついた。より正確に言うならば「そんな事聞く必要ない」と本気で思っていたのだ。だってあんな言い方されたら今日中に到着すると思うでしょ普通。まぁその結果がこのザマなのであるが。


 「えっと……今日中に着くんじゃなかったんですね」

 呆然としてウォルフに尋ねると、彼は「何を当たり前の事を」とでも言いた気な表情で頷いた。


 「ウム、恐ラクダガ、ますたーノ足ダト、後十日クライ、カカルゾ」


 おーのー。じーざすくらいすと。


 私は漠然とした思い込みで壮絶な勘違いをしていたらしい。

 目的地は遥かに遠い。強ばっていた全身から一気に力が抜ける心地がした。




第一章も折り返しに入り、ようやく10万文字を超えました。

今後ともよろしくお願いします。


下書き段階ではここまでで146,129文字だったので推敲で4万文字くらい削れてる計算になります。結構ザックザックと無駄な箇所は削っているつもりなのですが、それでも文字数に対して展開が遅いですよね……。無駄な言い回しが多すぎるのかな……。

なにぶん試行錯誤の連続で、中には意味が分かりにくかったり、読みづらかったりする箇所もあるかと思いますが、引き続きお読みくださいますと幸いです。


あ、愚痴だけだとアレなので、最後に次回告知でも。

次話でようやく4匹目のケモノさんが出ます。ちょっとおバカですけど、可愛いヤツなので、毛玉3匹同様好きになっていただけると嬉しいです。


2015/3/22 字下げ修正

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