改めて、今後について、考えます(2)
会議は踊った。
初っ端から、そりゃもう激しいステップターンで踊り狂った。
さぁ正念場である。当面の命の危険は去った。頼りになる子分も手に入れた。街という文化的な集落へのパスポートも手に入れた。つまりようやく私は、この異常な世界で生きるための手段を手に入れたのである。そうなると当然、次に気になって来るのが今後の進路なのだった。
人というのはかくも様々な局面でこの進路なるものに翻弄されるものなのである。それらは時に「高校受験」という名であったり、時に「大学受験」であったり、「就職活動」であったり、「プロポーズ」であったり、「出産」であったり。私はついぞ経験する機会に恵まれなかったが、世の中には「お受験」等と称し、3歳頃からこの過酷な戦いに身を捧げる強者達もいるらしい。選択こそが人生なのだ。そして「どういう進路を選択したか」によって、その後の人生は大きく変わってしまうのである。
さて。そういう訳で、今まさに私は「人生の岐路」というものに立たされているのである。これまでの人生で「高校受験」レベルの進路しか決めたことがない私には、かなり荷が勝つ大選択ではあるが、ひよっている場合ではない。なんせ今後の生活がかかっているのだ。故に、ここは慎重に話し合い、可能な限り明るい未来を勝ち取るべく奮闘せねばならないのだ。人生の崖っぷち。まさに今こそ正念場。きわっきわ・オブ・きわっきわな状況なのである。贅沢は言うまい。だからせめてお花くらいは自由に摘める生活をゲットしたい。尿意を催す度「壁に穴を開けて」もらわねばならないような生活からは、一刻も早くグッバイしなければならないのである。そして出来ることなら最低限の衣食住を確保しておきたいのだ。今年45歳になるママ、そして連日ストップ安を更新し続けるパパ。どうか見ててね。私、頑張るからね。胸の奥からあふれ出す郷愁の念を「保留」しながら、私は「今出来る最善」を尽くすため、前を見据えた。
とまぁ以上のように、私としては結構真剣なノリで会議に臨んだつもりだったのだが。
しかしそんな私とは裏腹に毛玉さん達は至って暢気だった。不穏なスタートを切った会議は、ある意味では予想通りに、そして私的には悲劇的に、それはそれはよろしくない方向への大フィーバーを引き起こしたのである。そう。子分共の大暴走が始まったのである。「会議?ますたー、会議スルノカ?」と言いながらしっぽユラユラさせるレオン君は間違いなくノリノリであった。「俺、会議、初体験。チョット、楽シミ」と言いながらお耳をピクピクさせるティガ君も当然ノリノリである。「ウム。悪クナイ」とご機嫌な様子で言い切り、しっぽでファサファサ床石を撫でるウォルフ君までもが明らかにノリノリなのである。コイツらまるでお祭り気分なのだ。ソーレ。ワッショイワッショイ。私は嫌な予感に苛まれた。しかし家族会議議長であり同時に書記でもあるこの私は、ここで投げ出す訳にはいかないのだ。例え「アレ?これってダンスミュージカルだっけ?」レベルで会議が踊り狂う事になろうとも、私は議長として議会をまとめ、そして書記として議場で交わされた全ての言動を余すことなく議事録に綴じる義務を負っているのである。さてそれでは会議を始めようではないか。
そう気合いを入れてみたものの
まず第一議題からしておかしかった。私は静かに涙した。
いよいよ「転移門」だの「ドラゴン堕とし」だのというファンタジー溢れる話が聞けると、若干ワクワクしながら待っていた私に向かって、「ガウッ!」と吠えたのはさっきまでヨダレ垂らしながら正気を無くしていたレオンだった。よりによって君か。初っ端から大変不安である。ちなみにこの「ガウッ!」というのは、前足を持つ彼らの為に、挙手の代わりとして与えた発言権獲得の手段である。つまりレオンは「はい!」と元気よく挙手しているのだ。なので非常に嫌な予感はするものの、議長としては「じゃあレオンどうぞ」と発言を許可する他なかった。
レオンはスッと立ち上がると、それはそれは元気に、それはそれは嬉しそうに、それはそれは能天気な様子で言った。「ますたー、俺様、毛繕イデ、一番気持イトコロ探シタイ!」と。当然、私は気が遠くなった。あまりにも予想だにしない発言だったからだ。何なのだその欲望にまみれた議題は。そもそも貴様らは身体中どこを撫でようとも大喜びするに決まっているではないか。それをわざわざ探す必要がどこにあるというのだ。それでも尚、答えが欲しいと言うのなら議題にかける間でもない。このゴールドフィンガーホルダーたる私が直々に答えをくれてやろうではないか。全身だ。そう。貴様はどこを撫でられてもデロンデロンに蕩けてしまう淫乱デカニャンコだ。という訳で第一議題「どこが一番気持ちがいいか」はこれにて終了――させかったのだが、そうは問屋が卸さないのが人生というものなのだった。世知辛い。
議長権限を発動してレオンの提案を棄却する暇すらなく、あろうことが残り2匹の毛玉さんたちがレオン支持を表明したのである。まず「ヌゥ……。ソレハ重要ナ案件ダナ」とか神妙な口調で語り出したのはウォルフだった。ウキウキが我慢できないレオンとは違い至って静かな様子である。流石は皆のお兄さん。いついかなる時でも冷静さを失わない孤高の一匹狼っぷりはそれは見事なものだった。だけど一つ言わせていただきたい。そのバッサバッサ揺れるしっぽはどういう意味なのだろうか。「もー、堪らん!」って感じでさっきから荒れ狂っているようですがきっちりご説明いただけないものだろうか。そんな「頭隠して尻隠さず」を見事に体現しているウォルフだけでも厄介だというのに、「ムゥ……。チョット、ドキドキスルナ」等と言いながら、更にもう1匹のデカニャンコまでもがしゃしゃり出てきた。相当恥ずかしいのか始終モジモジしているが、彼の青い目はランランと輝いていた。とまぁ、毛玉3匹が3匹ともこんな有様であるからして――後は推して知るべしなのであった。
「俺様、一番ダゾ」
「ウム、今回バカリハ、仕方アルマイ」
「ムゥ……俺、ドキドキスル……」
と、私を無視して、「気持ちいいところ探し」が実行される方向で話がまとまってしまったのはある意味当然の話だった。私は「これが数の暴力か……」と遠い目になりながら、順番決めに興じる3匹を見つめる他なかった。民主主義が憎い。多数決が憎い。そして何より、マスターでありながら彼らを諌める事が出来ない自分が憎い。かくして第一回家族会議は「開始2分」という、湯を注いだカップ麺すら食せない驚異的な早さでの中座を余儀なくされ、代わりに第一回「毛玉さんたちの気持いところ探し」大会が開催される事になったのである。
栄えある最初のチャレンジャーは、本件の発起人でもある男の子。真っ白ライオンのレオン君である。彼は、持ち前の素直さを前面に押し出し『お座り』したまま元気に言った。「ますたー、俺様、撫デロ!」と。完璧に本題を忘れてそうな風情である。キラキラと輝く彼の青い目が訴えてくるのだ。「撫でろ!早く撫でろ!いいから撫でろ!」と。そこはせめて発起人らしく「一緒に僕の気持ちのいいところを探してくれる?」とか他に言いようが――いや、この言い回しはダメだ。むしろ取り返しのつかない誤解を与えてしまいそうである。
よ、余計な事は考えず、素早く終わらせる事だけを考えよう……。
私はそう肝に銘じると、二、三度頭を左右に頭を振り、目の前にある白い巨体を攻略すべく行動を開始したのだった。唸れ!ゴールドフィンガー!レオンは為す術もなく陥落した。こうして私は、何の障害もなく、無事にレオンの「気持ちいいところ」を暴き出す事に成功したのである。
どうやら彼は「喉元」「お耳の付け根」そして「しっぽの付け根」の3箇所がお気に召したらしい。その中でも特にヤバかったのが「しっぽの付け根」だった。既に散々撫でられまくってグデングデンのドロンドロンになっていたレオンだったが、しっぽの付け根をカリカリと掻いてやったその瞬間、彼は今までに見たことがないような凄まじいリアクションを見せたのである。
何と彼のタテガミが「ブワッ!」と一気に総毛立ったのだ。念の為断っておくが誇張して言っているわけではない。そうではなく、正真正銘、比喩でもなんでもなく、まるで漫画かアニメのように、彼のタテガミが一斉に立ち上がったのである。その上、今の今まで弛緩しまくっていたレオンの身体に力が入ったのである。そんな鮮やかすぎる変化を目の当たりにし、私は知らずの内に「えっ……?」と小さく呟いていた。
しかし予期せぬ「変化」はそれで終わりではなかった。それまで床石に寝転んでいたレオンが突然立ち上がったのである。思わず「レオン……?」と名前を呼ぶと、まるでその声に反応するかのように、彼は目にも止まらぬ速さで駆け出した。何事だ!と疑問に思う間もなく、数メートル先で立ち止まると、彼は再びゴロリと地面に寝転んだ。但し何故か今回は『仰向け』の姿勢である。もこもこの毛が生えてる腹を晒し、天井めがけてピンと四肢を伸ばした彼は、何というかその――突如。ジタバタし始めたのである。
全く意味が分からなかった。
「ウニャッ!ウニャッッ!ブニャッ!ブニャッッ!」と良く分からない鳴き声を上げながら、これでもかと四肢をバタバタさせるレオン。所謂これが猫パンチや猫キックと呼ばれる類のものなのだろうか?彼はまるで踊るように、繰り返し繰り返し何度も何度も四肢をバタつかせた。と思いきや今後は、予備動作もなしにシュバッ!と仰向けの姿勢から一気に立ち上がると、休む間もなく、柔道の受け身というかブレイクダンスというか――とにかく良く分からない動きで床の上でゴロゴロと転げ始めたのである。
全く意味が分からなかった。レオンに何が起こったというのだろうか。
そんな呆然とする私を尻目に、レオンはゴロゴロと転げまくっている。しかも信じられない事に、この後彼は、再びシュバッ!と立ち上がると、再び『仰向け』に寝転び、再び猫パンチや猫キックを披露し始めたのである。異常である。まごう事なき異常事態である。結局彼はその後も静まることはなく、「仰向け猫パンチ&キック」と「受け身feat.ブレイクダンス」を交互に繰り返した。時間にして5分程経ったであろうか。3セット程繰り返した事で満足したのか、レオンは若干ボサボサになったタテガミを携えて、のっしのっしと歩いて戻ってきた。そうして私の目前まで迫ると徐に『伏せ』の姿勢を取り、彼はごくごく当たり前のような口調で宣ったのである。「ますたー、モウ1回頼ム」と。
どうやら「しっぽの付け根」には、レオンを狂わせるスイッチが仕込んであったらしい。レオンに強請られ、言われるままにしっぽの付け根を撫でてあげると、再び彼は駆け出した。そして数メートル先で立ち止まり『仰向け』に寝転がると――後はご想像の通りの動作をこなしたのである。
そうやってしっぽの付け根を撫でやる事3回。ようやく落ち着きを取り戻したレオンに事情聴取したところ、彼はとても嬉しそうな表情で答えてくれた。「シッポ撫デラレルト、俺様、ウォー!ッテ気分ニナルノダ。俺様、シッポガ、一番好キ。ウォーッ!ッテナルカラナ」と。流石は野生に生きてらっしゃるケモノさんである。言っている事が感覚的過ぎて全く理解できる気がしない。「ウォーッ!ってなる」と言われましても全然ピンと来ないのである。毛玉さんたち特有の何かなのかしら?とも思ったが、鼻息荒く告げられた「我慢デキナイノダ」「暴レズニハイラレナイノダ」「辛抱堪ラナイノダ」という意見を聞く限り、どうやら毛玉さん特有というよりは、むしろ男の子特有の欲求のような気がしてならないのだが、いかがなもんだろうか。まぁいい。深くはツッコむまい。妙にスッキリとした表情のレオンを見つめながら、私は心に固く誓ったのだった。だって掘り起こしたところで結局、私の悪女レベルが上がるか、もしくは痴女レベルが上がる未来しか見えなかったからだ。これ以上エロ方面でのレベルアップは心底勘弁して欲しいのである。幸いレオンの毛繕いは完了した。で、あるならばここは心機一転。気を取り直して次の毛玉をもふもふする事に専念しようではないか。
と決意を新たにしたのだが、2匹目として順番待ちしていたティガから、「ますたー、俺モ!俺モ、シッポ、撫デテ欲シイ!」と強請られた事によって、私の目論見は見事粉砕されるのだった。個人的には全力で断りたいのだが、勘弁していただけないだろうか?チラリと視線で訴えてみたのだが「ますたー、早ク!俺モ、シッポ、早ク!」と、逆に急かされてしまった。どうしてもやらないとダメらしい。私はやや捨て鉢な気分で再びゴールドフィンガーを起動させた。
ちなみにティガの「気持ちいいところ」も大体レオンと同じだったので、詳細は割愛させていただきたい。流石は同じネコ科の生物である。レオンと同じく「ウォーッ!」状態に突入したティガは、まるで示し合わせたかの様に、レオンそっくりのジタバタゴロゴロを披露してくれたのだった。回数も同じく3セットである。ただ、レオンとは違い5回も「しっぽの付け根カリカリ」を強請って来た事だけは記録として残しておくべきだろう。
レオンは3回でスッキリ満足してくれたけど、ティガは5回やってあげないと満足してくれなかった。
3匹の中で一番もの静かなタイプかと思っていたティガのイメージが、私の中でガラガラと崩れた瞬間でもあった。私は「もの静か」改め「ムッツリスケベ」なトラを見つめたまま、心の中で涙した。
そして最後の1匹。大トリを飾るのはもちろんウォルフ君である。2匹連続で「ウォーッ!」な姿を見せつけられた彼の第一声は、誰だろうと容易に予想がつくだろう例の一言だった。曰く。「ますたー、我モ、シッポ撫デテクレ」。ですよね。だと思ってましたとも。3匹目ともなればこちらも慣れたものである。「ハイハイ分かってますよー。とっととスッキリしちゃってくださいねー」ってなもんである。いや嘘である。流石にそこまで捨て鉢な気分ではなかった。要望に応え、早速しっぽの付け根をカリカリ撫でてあげると、ウォルフは「ガウガウ」言いながらベチャリと地面に溶け落ちた。
……え?
思わず撫でる手を止め改めてウォルフを観察してみる。てっきりウォルフも、他の2匹と同じように、毛が「ブワッ」と広がって身体が硬直するものと思っていたのだが、そんな私の予想に反して、視線の先にいる犬毛玉はグチャリと地面に溶け出している最中だった。毛が逆立つ様子もなければ、身体が硬直する様子もない。あまつさえ全力疾走するとは到底思えない、ある意味清々しいまでの蕩けっぷりなのだ。しかしながら思ってた反応と違う。私は混乱した。そうやってしばし手を止めたまま呆けていると、毛玉さんたちが話し合う声が聞こえて来た。
「狼、ウォー!ッテ、ナラナイノカ?」
「ウム……。トテモ気持チガ良イガ、ウォー!トハ、ナラヌナ……」
「ムゥ。狼、ウォー!、ナラナイノカ……」
「ヌゥ……。チョット楽シミニシテイタノダガ、残念ダ」
「狼、可哀ソウ。ウォー!トテモ、気持チ良イ」
「ソウダ、狼、モウ一回、ますたーニ、シッポ撫デテモラエ。今度ハ、ウォー!ッテ、ナルカモシレナイゾ」
「イヤ、恐ラク、狼デアル我ト、猫デアル、オマエ等デハ、感ジ方ガ、違ウノダロウ」
「ナルホド。狼、頭イイナ」
「ムゥ……。デモ、狼、残念ダッタナ……。ウォー!トテモ、トテモ、気持チイイノニ……」
「ヌゥ……。ソウ言ワレルト、気ニナルナ。猫共、ドンナ感ジダッタノダ?」
なるほど。つまり「ウォー!」というのは、毛玉さんたち特有ではなく、お猫様特有の快感ポイントだったのか。そこまで考えて私は不意に思いだした。そういえば昔、猫を飼ってる友達の家に遊びに行った際、飼い猫 (たしか「大三元」って名前の三毛猫)のしっぽの付け根を軽く叩きながら「ここをポンポンしてあげると喜ぶんだよ」と実演付きで説明されたことがあったような気がする。「モット、詳シク話セ」「ソレデハ分カラン。モウ一度、説明シロ」「ソノ辺リヲ、モウ一回」等と、執拗にお猫様2匹を問いただすウォルフを見つめながら、私は一人納得していた。なるほど。これが種族の差というものなのかと。イヌ科とネコ科の間に立ちはだかる壁なのかと。だからウォルフ、いい加減アナタも諦めなさい。そして可及的速やかにお猫様達を開放してあげたまえ。見なさい。可愛い弟分達が困っているではないか。「ドンナ感ジダ。何カニ例エロ」「ソレデハ、分カラン。モット情報ヲ寄越セ」等など、当初の余裕はどこへやら、空色の目に轟々と「嫉妬」の炎燃え上がらせるウォルフに向かって私は声をかけた。
「それじゃ、ウォルフはウォルフだけの"気持ちいいところ"を探さないといけないですね」
優しく微笑んでそう告げると、彼は、目に灯した炎を瞬く間に鎮火させ「ソウダナ。ますたー、早速、始メルゾ」とテンション高く賛同してくれたのだった。ウォルフはノリノリで「我ダケノ、気持チイイトコロヲ、見ツケルノダ」と意気込むと「ム、今ノトコロ、モウ一度頼ム。グアァァァァ……」とか、「ますたー、モウ少シ、サッキノ場所ヲ、撫デ続ケテ見テクレ。ガウガウゥゥゥゥ……」とか、かなり長い時間をかけて入念に探そうとしたのだが、しかし残念な事に、どこを撫でても蕩けるばかりで、お猫様達が感じた「ウォー!」状態になれる場所は、結局最後まで見つからなかった。
かくして、第一回「毛玉さんたちの気持いところ探し」大会は、「ウォー!」と荒ぶる2匹の勝者と、ドンより凹む1匹の敗者を生みだし、その幕を閉じたのだった。
さぁそれでは家族会議に戻る事にしよう。大会の余韻もあるだろうが、そこはグッと自重していただき早速にでも会議を再開させようではないか。もう大脱線は御免こうむりたいたいのである。そう。家族会議の議長としてこれ以上、「会議を中座して大会を開く」等といったフリーダムにも程がある大脱線を認める訳にはいかないのである。故にここは脱線する前に会議を再開する事こそ急務。勢い勇んで
「さて、それじゃ――」
と、仕切り直そうとした私のセリフを華麗にインターセプトして
「デハ、次ハ、役割分担ヲ、決メルゾ」
と、さも当然のようにウォルフが司会進行を初めてしまったのだが、そろそろ泣いてもいいだろうか。
私は確かに言った。「これ以上の大脱線は認めない」と。しかしそれは「小さな脱線なら認めてあげるよー☆」という意味では断じてないのである。故に「ますたーノ、寝具ハ、我ガ努メルゾ」「ム、狼、俺様モ、ますたート、一緒ニ、ゴロゴロシタイ」「俺モダ」等といきなり脱線した挙句、毛玉さん達だけで勝手に盛り上がるのは止めていただきたいのだが、聞き入れては――あ、はい。くれないですよね。ええ。分かっておりましたとも。
ますます熱を帯び、ガウガウグウグウと意見を交わし合う毛玉さん達を見つめたまま、私は溜め息を吐いた。今の私に出来る事など、彼らの話し合いが円満に解決しする事を祈るくらいのものである。いや、もう一つだけあるか。完璧に本筋からは脱線しているが、一応これも家族会議の一部である。ならばせめて議長兼書記として彼らの話し合いの決着くらいは記憶に留めておかねばなるまい。
まずは私の寝具についてだが、こちらはウォルフがもぎ取った。「オマエ達デハ、モフモフ、ガ足リヌ。寝具トイウノハ、モフモフシテオラネバナラヌノダ」と、ご自慢の長い毛足を存分にアピールし、「デモ、俺様、タテガミ、モコモコ、ダゾ」と踏ん張るレオンを「タテガミダケデハ、ダメダ」と黙らせ、全体的に毛の短いティガに至っては鼻先で笑いとばすという、非常に大人げない方法で彼は勝利をもぎ取った。「ますたー、我ノシッポハ、抱キ枕ニシテクレテ構ワナイゾ」との事なので、ありがたく活用させていただこうと思った。
次に私の護衛――というかボディガードみたいな役割を決めたのだが、こちらの役割を勝ち取ったのは、先程ムッツリ疑惑が浮上したホワイトタイガーのティガ君だった。この議題が出るなり、彼はまるでうっぷんを晴らすかの如く、フフンを鼻を鳴らすと「俺、聖獣、オマエ達ヨリ、上手クヤレルゾ」と、それはそれは素敵なドヤ顔で他2匹を挑発した。思わず「聖獣……?」と呟いたところ、「俺、聖獣。敵ガ襲ッテ来テモ、ますたー、守ッテヤルゾ」と、結局よく分からない答えが返ってきた為私はそれ以上の追及を諦めた。何故なら、どれだけ詳しく聞いたところで全く理解できそうになかったからだ。聖獣って……あまりにもファンタジー過ぎると思うのだ。「ヌゥ……聖獣メ……」「聖獣ニハ、敵ワヌ……」等と悪態を吐きながらも反論はしない2匹の様子を見る限り、「聖獣」というのはよほど護衛と相性がいいのだろう。「ますたー、アイツ等ガ、敵ヲ倒シテイル最中ハ、俺ニ、シガミツイテテイイゾ」との事なので、有事の際には是非とも頼らせてもらおうと思った。
毛玉会議の顛末としては以上である。
「ムゥ、今ハ、コノクライ決メテオケバヨイダロウ」というウォルフ号令にて無事閉会したのだが、ここで思いがけない横槍がスッ飛んできた。
「俺様ダケ、何モナイ!俺様、トテモ役ニ立ツゾ!」
と、毛玉会議で役割をもらえなかったレオンが、どこか切羽詰まったような様子で大爆発しやがったのである。そう。またしても家族会議延長のお知らせなのであった。
しかし憎めない。だって悲しそうな目で「ますたー、俺様、チョット頭悪イケド、チャントヤレルゾ!」なんて言いながら詰め寄って来るのだ。そんなイジらしい姿を見せられて、どうして憎む事が出来ようか。思わず胸をキュンキュンさせながらレオンを見つめていると、とてもとても切ない目をしたレオンが更に訴えて来た。彼はせわしなくお耳をピコピコさせながら「ますたー、俺様ニモ何カクレ。俺様、頼リ甲斐アルゾ。ダカラ、俺様モ頼レ」と、そりゃもう必死な形相で詰め寄って来た。結局「地面が固い時に、お尻が痛くならないように椅子になってもらう」という、逆に「お前それでいいのかッ!?」と問い詰めたくなるような役割が決まった事で、無事大団円を迎える運びとなったのだった。
そしてようやく始まる家族会議。待ちに待ったこの瞬間。「さぁバリバリ気合をいれるぞ!」と意気込む私を、まるであざ笑うかの如く運命は残酷だった。ようやく念願だった「転送陣」と「ドラゴン堕とし」について尋ねたところ
「コノ階ノ奥ニ、設置サレテイル、転送陣ヲ起動スレバ、地上ニ出レルノダ。辿リ着クニハ、ドラゴン共ノ塒ヲ、通ラナイトイケナイカラ、迂回ハ無理ダゾ」
と、実に簡潔な答えが返ってきたのだった。
家族会議の開催時間実質5秒。
こうやって記念すべき第一回此花ファミリー家族会議は閉会したのであった。
2015/3/22 字下げ修正




