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「ファンからの要望です。お願いできないんですか? ねえ」
横島さんがキラキラとした目で見つめてくる。
そんな目で見られても……。だって、恥ずかしいものは恥ずかしいもん。それに、夏海ファンや声優として頑張りたい人たちに非難されちゃうでしょ。
俺の豆腐メンタルでそれに耐えることは出来ないよ。
もし非難の書き込みとか見たら、絶対傷付いて気にし捲っちゃうから。もう出演できなくなるよ? だって怖いんだもん。
「はい、夏海もファンとしてお願いしています。それに、夏海ファンだって皆大喜びだと思いますよ。ファンを喜ばせようって気にはならないんですか? お兄ちゃん」
ほんとに喜んでくれるんならいいんだけど……。
だって夏海が可愛い、それで好きな人。でも俺が変な歌を歌わせたりして、夏海をバカにすんなとかなったりしないのかな。
「夏海教の信者は、夏海様の全てを愛し信じています。そして夏海様の実の兄である冬樹さんのことも、同じ神として崇めています。さあ懼れずに」
必死に二人で説得してくれる。でもここで俺がやると言ったら、本当にやらせて貰えるって訳じゃないでしょ。
「試すだけでもどうですか? もし評判が悪かったなら、それはお兄ちゃんでなく夏海が悪いことです。お兄ちゃん、ファンを信じて下さい」
そんなに言うんだったら、まあ別にいいかな。
妹がそれだけ望んでいるんだ、兄としてできることはやってやるべき。
「分かった。頼んでみようか」
横島さんも夏海も、物凄い満面の笑みに変わる。少なくともこの二人は喜んでくれてるし、それだけでもやる価値はあるかな。
「いえ、もう頼んであります。お兄ちゃんの了承を得れば決定、そんな状態でした」
そう言って夏海は誰かに電話を掛ける。
そしてすぐに会話を終わらせ、電話を切ると俺に抱き付いてきた。
「決まりました。すぐにやりましょうって」
嬉しそうに嬉しそうに、夏海は俺をすりすりしている。
これは、引き剥がしちゃ可哀想かな。まあ、調子に乗らせちゃいけないけど。
「本当ですか!? 発売はいつ頃になるのでしょう。すぐ欲しいです、超欲しいです。それを楽しみに生きていきますね」
立ち上がりクルクルと回り出す横島さん。
これも故障中なのかな? 二人も故障しちゃったから、どうにか直さないと近所にも迷惑だね。
「発売日が決まってはいませんが、夏海は出来る限り急ぎます。お兄ちゃんだってそうしてくれると思います」
そりゃまあ、出来る限りは急ぐさ。遅れさせられはしない。




