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唯織さんのその言葉に驚愕する。
まだ最初の練習、彼女はそう言った。それはつまり、このライブの練習をするのは初めてということ? いや、そんなことないよね。
てかそれでだったら、二人とも暗記とか神過ぎちゃうもんね。いくら記憶力が良いと言っても……、でも台本を貰ってたなら家で練習とかもできるか。
「それじゃお兄ちゃん、ちょっとお仕事お願いします! お客さんに参加して貰うところなので、お兄ちゃんにしっかりお客さん役をやって欲しいんです」
感心しながら二人の演技を見ていると、途中で夏海に声を掛けられた。そういや俺はお客さん役なんだから、こんなとこでずっと座って見てちゃいけないね。
「分かった、頑張る」
ちょっと参加だけじゃ何をするのか分からなかったので、俺は取り敢えず頑張るとだけ返しておいた。
「皆は、何が一番好き? アンコールは、二曲やっちゃうよ。売れ筋№1の奴と、今ここで皆が選んでくれたのの二つ。そんじゃ皆、僕らがせ~のって言ったらお手元のボタンをどうぞ」
どうするんだろうと聞いていると、夏海がそんな説明してくれた。
しかし、お手元にボタンがない。
「投票ボタンは、購入して貰おうかと思ってるんです。だけど、まだどんなものにしようか決まってないんですよね」
イケボではなく普通に可愛い地声で、唯織さんがそんなことを付け加えてくれた。
「因みに、今はお兄ちゃんの好きな曲を言っちゃっていいですよ。そしたらその歌、一回二人で一番だけ歌ってみようかと思います」
え? 俺の好きな歌か……。ショコラティエの中で好きな歌、何にしよっかな。『心とこころ』そういやあれ、結構好きなんだよな。何か思い付いたし、特に希望はないからこれでいいいや。
「冬樹さん、何がいいですか? 何でもどうぞ」
ステージからヒョイッと飛び降りて、ご親切に俺のところまで来て、唯織さんは訊いてくれる。
「心とこころ、だっけ? あれ好きなんだけど」
あんまりラジオとかでも流れなかったし、そこまで聞かない曲なんだけどね。
「あっはい、分かりました。ちょっと意外なところでしたけど」
やっぱ、皆が選びそうなところ考えた方が良かったのかな。
「それじゃ行こっか、まずは勿論これだよ。僕らの始まり、甘くて苦い恋のちょこれーと」
イケボに戻った夏海がそう言うと、曲が流れ始めた。そして二人は、一番だけだが見事に歌い切ってくれた。
「次は俺達が想いを込めたこれだ、心とこころ」
どっから出てるのか分からないくらいイケボな唯織さんが、俺の希望に合わせてそう言ってくれた。すると当然曲が流れ始め、こっちも二人で一番だけを歌い切ってくれる。




