Ⅴ
唯織さんの世界と聞いただけで恐ろしく思えてしまったのは、俺だけであろうか。いいや、そんなことは無い筈だ。
「行って来ま~す」
俺がそう言うとしっかり、小声で夏海はテクテクと言っていてくれる。
「こんばんは、あなたが天井蝶子愛さんですか?」
夏海のテクテクという声が終わったので、俺は唯織さんにそう問い掛けた。
「は~い、あたしが蝶子愛です☆」
ギャル感と幼女感があるような声で、唯織さんは可愛らしく言ってきた。確かに可愛らしい声なんだけど、ちょっと不思議な感じがするね。
「もしかしてぇ、あたしの可愛さを取材に来たの? それとも、あたしの神技の方かしら? ふふっ」
俺が何も言っていないのに、唯織さんは一人でそう言い出した。
「そうだ☆ あたしが作った絶品チョコレート、食べさせてあげよっか」
そして俺が喋る間も与えず、唯織さんは喋り続けていた。
「あ、ありがとうございます」
俺は何とかそう言うと、唯織さんが思いっ切り笑った。
「そうかそうか、そんなに食べたいのか。あたしのあまりの技術に惚れ直すなよ? そんなの無理か、そうよねぇ」
この唯織さんのキャラ、確かに唯織の世界だね。納得納得。
「あたしを彼氏にしたいとかって思ってるかも知んないけど、そんなの絶対無理だからね? でもまあ、ファンくらいなら許したげるわ☆」
何じゃこのキャラ、よく分かんないや。相手しずらい、普段の唯織さん以上かもしれない……。
「彼氏とか、いらっしゃるんですか?」
何とか唯織さんの言葉が途切れたタイミングで、俺は質問することに成功した。
「えっ?」
唯織さんは頬をほんのりピンク色に染めて、本当に心から出たかのような言い方でそう言った。さすがは唯織さんだな、プロの演技力って奴か……。
「あっ、勿論いるよ☆ いない訳ないじゃん、何言ってるの? だってこの超絶美少女蝶子愛様よ、モテモテ過ぎて困っちゃうわ。その中に一人だけ、あたしに相応しいとは言わないけれど気に入った男がいたのよね。皆が羨ましがっちゃうから、名前はNGってことでお願いね☆」
『困っちゃうわ』の言い方とか、本当に唯織さんのプロっぷりを感じた。いやぁ、何だかんだ言っても唯織さんの読み方は天才だよ。
「……は、はあ」
でもこうゆうキャラの対応は、こんな感じで合ってるよね? 模範解答通りだよね? むしろそれ以上に正しいよね、きっと。
「ねえ、チョコ食べないの? 折角このあたしが、アンタみたいな奴に売ってあげるって言ってんのにさ」
えっ? くれるんじゃなくて売るんだ……。てかショコラティエールさんだし、毎日客に売ってるんだよね? 売ってあげるはないでしょうよ。




