ⅢーⅧ
「凄い上手でしたよ、さすがお兄ちゃんって感じでした」
上手って言われてもな…、ほとんど喋って無くねえか?
「そうなのか、冬樹も頑張ったのか。じゃあ二人とも、一生懸命仕事頑張るんだぞ」
父さんはそう言ってまた笑うと、夏海を太い腕で抱き締めた。夏海は笑顔のまま、父さんの腕を解こうとする。しかし夏海の細い腕では、中々解けずにいるようだ。
「ちょっと、苦しいです。お父さん、離して下さい。死んじゃいますぅ! 離して下さい」
幼い子供のように、夏海は足をジタバタする。
「がっはっは、夏海は可愛いなあ」
父さんは夏海を更にきつく抱きしめ、夏海がグデーッとなってしまってからやっと解放した。
「うぅ、苦しいです」
父さんから解放された夏海は、フラフラと立ち上がった。
「でもお父さん、お仕事頑張って下さいね」
ニコッと笑った夏海は、俺の手を掴んでリビングを出る。そして階段を上って行き、夏海の部屋に閉じ込められた。
「折角仕事が早いんだから、構ってあげないと父さんが可哀想だぞ」
あの父さん、凄い夏海大好きなんだから。一緒にいられるときくらいは、一緒にいてあげないと可哀想だ! だから夏海は、父さんといた方が…。
いや別に、俺も夏海といたくない訳じゃないんだよ? でも父さんがいるときくらいは、ねえ? だって最近寝てなくて、むっちゃ眠いんだもん。
「ああ、大丈夫ですよ。夏海は三日に一枚くらい、お父さんに手紙あげてますもん。可哀想でも何でもありません、気にしないでいいですよ」
へえ、手紙なんてあげてるんだ。まあ俺は、三日に一度くらいは会ってるからいいよな? でも、可哀想じゃないってのは酷いな。可哀想ではあるだろうよ、娘が構ってくれないって泣いてるぞ? 多分。
「それよりもお兄ちゃん、夏海とやっちゃいまっしょう。お父さんなんて、気にすることありませんから」
「夏海の曲、聴かせて貰えるかな」
どんな曲なんだろう、凄い楽しみだな。
「えぇ!? 完全スルーですか? 分かりました、そっちがその気なら夏海だって本気で行きますよ。夏海の曲で、完全にメロメロにしてやりますから。そしてお兄ちゃんも、夏海教の信者となるのです」
「夏海教?」
よく分からない単語だったので、夏海に訊き返しておく。
「あっ! やっとお兄ちゃんが反応してくれました、これが夏海の力です! 完全にメロメロですね、仕方がないので夏海教のことを教えてあげましょう。夏海教と言うのは、夏海神を敬う宗教なのです。まあ、キリスト教と同じようなものですね」
我が妹ながらさすがだ、自分をキリストと並べるなんて…。ようするに、夏海のファンのことを言うんだな?




