Ⅰ
その後、夏海と唯織さんの間で何があったのかは知らないし、どう落ち着いたのかも俺には知らされていない。
そもそも唯織さんが相談をしてくれたのも夏海の為にやむを得ずという話だったのだろう。
俺は俺で学校もあるしたまに夏海の仕事の現場に着いて行かせて貰えて、冬にやって貰えるというイベントの為に緊張もあって。
忙しかった。
忙しいの中に緊張は入らないと思っている人がいるのなら、一回自分の名前でイベントをやるような緊張を体験して貰いたい。
今まで俺に知られないで、成績も高いままで、もっと忙しい活動をしていた夏海のすごさを思い知らされる。
あんなに元気で明るくしていられないもんな。
「お兄ちゃん大丈夫ですか? イベント、楽しみですね!」
始まる直前、そわそわしている俺に夏海が声を掛けてくれる。
楽しみなのは楽しみで、だけどその楽しみ以上に緊張と不安が強い。
「ここに来てくれている方々は、皆お兄ちゃんの味方です。楽しんじゃいましょう」
夏海がウインクをしてステージへと上がっていく。
聞こえてくる歓声に、やはり来ているのは夏海のファンなのではないかと思ってしまう。夏海の序でにいるだけの俺が、メイン面して登場することをどう思っているのだろう。
主役ということになってしまっているけれど、俺が後から出なければならないのはとんでもないプレッシャーだ。
誰がどう考えたって夏海の方が人気なのだ。
「夏海のお話はこれくらいにして、そろそろお呼びしましょう。お待たせしました。お兄ちゃーん!!」
司会をやるならせめて名前を呼んでくれと思うのだが、夏海に冬樹さんと呼ばれても気持ち悪いだろうから、むしろお兄ちゃんと呼ばれて行きやすかったのかもしれない。
そこまで夏海が考えてくれてのことなのかはともかく、何にしても、やっぱり夏海がいてくれているというだけで安心感が違う。
上手いとか面白いとかそんな才能はないにしても、元気に声を出す、内容は夏海がなんとかしてくれる。
妹任せでどうしようもないが、それが一番だ。
「ご紹介に与りました、園田冬樹です。本日はお越しいただきありがとうございます」
「真面目で優しいお兄ちゃんであるということが、もう挨拶だけで伝わっちゃいましたかね。今日はお兄ちゃんの魅力を皆さんにもっとたっぷりお教えします。思い知らせてやります」
「思い知らせるってどういうことだよ」
あまりにいつも通りな夏海に、さっきまであんなに緊張していたのに、舞台上でリラックスしてしまう。言おうとしていたようなことも忘れてしまった。
でも考えておくよりも自然に会話するべきなのだろう。




