ⅢーⅧ
半ば追い出されるような形で唯織さんの家を出て、一人暗闇を歩いていく。
そこまで長くない家までの道を、考え込み、複雑すぎる気分で歩いて行った。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
電話のこともあったからか、玄関まで出迎えに来てくれた夏海だがいつもの元気はなさそうだった。
「ストーカーさんの正体、いおだったんですね。ちょっとショックではありましたが、解決しそうで安心します。本当に他の変な人じゃなくて、いおだったんだから、怖いことはないじゃないですか。いおなら、怖くありませんもんね」
唯織さんは電話の過程では伝えていないと思うのだけれど、どうして夏海は知っているのだろうか。
もっと前の段階で夏海は気付いていて、それでも黙っていたのだろうか。
優しさで、あるいは疑いたくなくて、黙っていてくれていたのだろうか。
「電話、繋がったままでしたよ。だからその後の話まで聞こえちゃっていました。お兄ちゃんが帰ってすぐいおも気付いたみたいで、電話を切られてしまったんですけど。でも夏海から切れば良かったのに、切られなかったからって話を盗み聞きしてたみたいで、いけませんね」
それこそ唯織さんは本当に盗聴をしていたようだけれど、今はもうそんなことはないのだろうか。
こんな夏海の発言は、いくらなんでも胸が痛んで苦しくてならないことだろう。
「夏海、大丈夫か?」
本当に夏海は唯織さんのことを大切な仕事仲間だというように、友人だというようにいつも話していた。
唯織さんがいないところでも夏海はそう言っているのだし、それを唯織さんも聞いているのだとしたら、どうして唯織さんは犯罪的に夏海を怖がらせてまで夏海の写真を集めたり夏海の声を聞いたりしたのだろう。
だって頼めば夏海は絶対に、いくらでも写真を撮らせてくれるしいくらでも声を聞かせてくれるんじゃないか?
夏海のそう言うところも含めて、唯織さんは知っているだろうに。
「大丈夫です。それに、いおが話してくれるってこと、夏海は嬉しいんです。嫌いにならないであげてって言われちゃいましたけど、夏海がいおのことを嫌いになりようがありません。だからお兄ちゃんも、嬉しいですけど、夏海のことを心配しなくても大丈夫なんです。お兄ちゃんはお兄ちゃんのことを考えてください。いろいろあって、大変でしょ?」
どこか大人っぽく見える妹の様子に、戸惑いを隠せなかった。
「そっか、ありがとう。無理はしないでね」
こうなったら夏海だって一人で考えたいだろうから、そうとだけ言ってさっさと部屋へ入った。
夏海のことを思っているふりもしてみたが、ちょっと一人で考えたいのは同じだった。




