ⅡーⅦ
どこに行くのかの決定権は、勿論俺にはない。
相談さえしては貰えない。
「今日、予定は入っていますか。そうでなければ、是非、家に来てはくれませんか?」
家にというのは、唯織さんの家ということなのだろうか。
わざわざ予定を聞いてくれるだけでも驚いたのに、こんなことを言われるだとは思ってもみなかったものだから、動揺で何も言えそうにない。
どこへ連れて行かれるのか、それどころの話じゃない。
「えと、は、はい。わかり……ました、……」
声が上手く出せなかった。
仕事上は絶対になっちゃいけないことだろうな。動揺して声が出ないなんて、いくら新人だからって、いくら七光りだからって、いくら事務所のコネと推しだからって、それはいくらなんでもないってものだ。
声を出せない、呪われたように、本当に。
「こちらとしては、もう覚悟はしています。信じているから、話すのです。最初に、信頼して、たった一人として話すのです。一応、心の準備だけしていてくれると助かります」
唯織さんはぽつりぽつりと話しながら、俯きがちに歩いていく。
目指している先は駅だろうから、どうやら電車で行くつもりらしい。
「結構、遠いんですか」
会話がなくなるとそれはそれで怖かったので、震えているだろうけれど、どうにか声を絞り出して会話を続けようとした。
「そうですね、その人の感覚によります。近いと言えば近いですし、遠いと言えば遠いですね。家の地域を特定しようとするとは、セクハラですよ。悪質ファンですか? ストーカーですか?」
「……え」
「本当にドン引きした顔をするものじゃありません。冗談に決まってるじゃないですか。何?」
冗談に決まっているんなら、もっと冗談らしい言い方をしてくれよ。
唯織さんの演技力があれば、どう考えても冗談は冗談らしく言えるものだろう。本心だったとしても、もっと冗談らしい言い方をしてくれようとすることは出来るだろうに。
何じゃないんだよな……。
最初に会ったとき、こんなに絡みづらい人だったかな。
仕事場だったから? 夏海がいたから?
「心の準備までさせるのでしょう? 覚悟までさせるのでしょう? それほどの話をするくらいなら、冗談など挿むものではありません」
全くそちらを向かないまま話した俺に、珍しく唯織さんまでもが動揺したところが見えた。
相変わらず恐怖からそちらを見られないままなのにだ。
「重い話をするからこそ、冗談を挿んでいるんじゃないですか。気を遣ってやってるんですよ」
不機嫌全開で唯織さんは吐き捨てる。
気を遣ってやっていたら、どんなに不機嫌だったとしても、彼女はしようと思えば明るく振る舞えるだろう。
プライベートな彼女に仕事並みのクオリティーを要求しているのではない。
それだって、彼女の演技力を知ってしまっているんだから、嘘を吐くにしてももう少しちゃんと吐いて欲しいと思ってしまうじゃないか。




