ⅢーⅤ
しかし俺が答えようとしたとき、夏海は俺の手を掴んだ。え?
「お兄ちゃん、降りますよ」
どうやら、目的の駅まで着いてしまったらしい。
「疲れてるんなら、ゆっくり行きますか? それか急いで行って、早く家に帰りたいか…」
夏海は、本当に心配そうな顔をしてくれている。優しいんだよね、それは俺に対してだけに限らず。
「早く、家に帰ろう」
俺は嫉妬、しているんだ。千博さんに夏海を取られそうだからじゃなくて、俺ではなく夏海に与えられた才能に。元々夏海は何でも出来る、夏海は努力していない、そう言う訳じゃない。
むしろその逆なんだ。俺が憧れているのは、夏海の性格。諦めずに努力を出来ると言う、その性格だ。元々の能力だったら、勉強も運動も俺の方が与えられていたと思う。でも夏海は努力で、それを遥かに超えて見せた。
「急いでください」
あっ! バスが来ちゃった、俺達は急いでバスに乗車する。
「今日の夏海、カッコ良かったよ。俺には凄い、輝いて見えた」
席に座り俺は、夏海に正直な感想を伝えた。しかし夏海の表情から察するに、夏海が望んでいた答えとは違っていたらしい。
「本当ですか? やったー、嬉しいです。じゃあお兄ちゃん、今夜は早速…」
パコーン
バスの中で変なことを言い出そうとするので、俺はハエ叩きで夏海の頭を叩く。
「ちょっと、バスの中でそんなことして恥ずかしくないんですか? 他の人達に見られちゃいますよ」
夏海にだけは、絶対言われたくないなあ。
「あっ、ここで降りますよ」
夏海に払わせるわけにはいかないと思い、俺は少し先に行って二人分払ってから降りる。
「ねえお兄ちゃん、あとで夏海グッズを集めに行きましょう」
歩いて家に向かう途中、夏海が満面の笑みを顔いっぱいに浮かべて提案してくる。よく自分で自分のグッズとか…、だって恥ずくね? 俺だったら、絶対無理だな。
「まあ、後で行こうな」
でも夏海のグッズって、どこに売ってるんだろう。見たことないけど。
「写真集とかも出してるから、お兄ちゃんが見たら絶対メロメロです」
へえ、写真集。声優って、そんなことまでするんだな。
「それは後で、まずCDが欲しいんだけど」
声優なんだから、大事なのは声でしょ? 最優先事項は、声。
「あっ気にしないで大丈夫です、CDはあげますってば」
夏海が笑顔でそう言った頃、丁度家に到着した。俺はバックから鍵を取り出し、夏海に奪われる。何で?
夏海は鍵を開けて、猛烈ダッシュで家に駆け込んでいく。俺は差しっ放しの鍵をしまい、家に入って夏海の靴を整える。
はあ、もうちょっと綺麗に歩いてよ。




