ⅡーⅥ
電話をしてくるタイミングというのも、少しくらいは考えて貰いたいものである。
仕事以外で会うことはないようなものだし、あまり俺が唯織さんと会う機会も少ないものだから、彼女のことを俺はあまり知らない。
一緒に収録やラジオをさせて貰って、夏海からも話を聞いているけれど、俺と唯織さんの距離が縮まったとは思えない。
いつだって唯織さんは夏海のことを想っている。伝わったのはそれだけのことだ。
それは唯織さんにとって全てだとも思えるけれど、まさか本当にそれが全てだとは思わない。
唯織さんが夏海を大切に想ってくれているにしても、それだけではないだろう?
俺と唯織さんの間にある接点というものが、仕事と夏海その二点で、唯織さんが親切に俺に仕事のことを教えてくれるような関係性である訳でもない。
夏海が好きであるから、唯織さんは俺のことを嫌っているのだろう。
今日、唯織さんはわざわざ俺に会って何を言おうというのだろうな。
昼休みなんかに電話を掛けてきたのだから、責任を取って午後の分の授業を唯織さんに教えて欲しいくらいである。
または俺の相談に乗ってくれるくらいの厚意を見せてくれても良いだろう。
あの人には妹の心配をして貰っているのだし、妹がお世話になっているのだし、妹のことを想って貰ってもいるのだ。
唯織さんが好きでやっていることだとしても、兄としては感謝か。
……ここまで頭の中をいっぱいにしてしまうから、シスコンだシスコンだって言われるんだろうかな。
妹を想う兄として当然のことだけど、またシスコンだって言われるといけないから唯織さんの前では言わない方が。
いやでも、夏海のことを想っていないと非情だって言ってくるような人でもあるんだよな。
どういうことなんだよ唯織さん!
どんな話をすることになることやら、頭を悩ませながら校門を出ると、なんと唯織さんはそこにいた。
家まで来るつもりなのかと思っていたけれど、それだと夏海にも会うことになるかもしれないのだから、考えてみれば迎えに来るのは高校の方だ。
夏海を介さず会って話をするということだったのだから、当然だった。
勝手に家に来るものだと思っていたから驚いてしまった。
「こんにちは。お兄ちゃん」
ゾッとするような悪意の籠った声で唯織さんは手を振って笑顔で言ってくれる。
笑顔と声は合っていなくて、それが俺には更に恐ろしかった。
演技派天才声優め。
たとえそれが演技ではなく全てが本当の感情の本心も本心だったとしても、これほどの笑顔で、こんな声で、こんな言葉を言えはしないだろう。
こんな気持ちにさせる力を持ちはしないことだ。
「こんにちは。唯織さん」
返事をするのが申し訳ないような気になったくらいだ。




