ⅡーⅤ
提案かとも思ったのだけれど、唯織さんが俺にそんなことをしてくれる筈がなかった。
『本日、伺います』
一方的にそう告げて、俺が何を言う前から彼女は電話を切ってしまった。
伺いますと言われても、どうしたものか……。
逃げたらまた電話を掛けられて、待ち伏せでもされそうなところだし、わざわざ来てしまうのに逃げたとなれば何を言われるか分かったものじゃない。
適当な予定でも作って、断るとしようか。
彼女の不穏な雰囲気からして、話題からして、恐ろしい計画に無理矢理参加させられるかもしれない。
「何? 熱烈なファン?」
心配そうにしやがるだけに、邦朗の問いへの答えは困った。
「まあ、そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えば真逆かな」
どうせ相手は邦朗なのだから、全てを話してしまっても良いのではないかという気持ちも多少はあった。
それくらい信頼している友達だってのもあるし、それくらい邦朗が馬鹿だってのもある。
「じゃあさ、園田冬樹の一番のファンはこの俺様だ、って伝えておいてくれよ。……いや、さすがに夏海ちゃんには勝てないか」
なんだか邦朗が気持ちの悪いことを言い出したので、無視した。
いや、こういうときは、シンプルに無視っていうのが一番だから。
「どうした? 相談ならお兄さんが乗るぞ」
「うるせ」
鬱陶しいキャラを始める邦朗を軽く流したタイミングで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「電話の相手は双葉唯織さん、ショコラティエの、あの双葉唯織さんだよ。心配してる暇があったら羨ましがってろ」
吐き捨てるように言ってやってから、ドヤ顔で俺は邦朗の傍を離れた。
自分の席に戻っただけだけれど、捨て台詞のようになって、単純な邦朗は本当に悔しがってくれるのだ。
多分、俺に文句を言うようなことではなくて、今回はただ夏海のことが心配で話をしようと思っているだけのことなのだろう。声色はあまりに、それにしたってあまりに深刻そうだったけれど、唯織さんの夏海への想い方を思えば、そうなるものなのかもしれない。
または、大袈裟な演技というのもありえるけれど。
とにかく、脅されるようなことではないだろうから、そこは安心して大丈夫だろう。
熱が入った唯織さんが何を言い出すかは警戒するべきだろうが、得に俺に危害を加えることを目的としている訳ではないのだから、それくらい。
大丈夫だって思っているのに、午後の授業が全くもって入って来ない!
唯織さん、気になり過ぎる……。
俺もここまで気になることになるんだったら、いっそ今日来てくれるようで助かったかもしれない。




