ⅢーⅣ
「お兄ちゃん、今日の収録は凄い楽しかったですね!」
今日の収録は終わり、もう帰るころになっても唯織さんのあの言葉はまだ離れなかった。
俺が千博さんに嫉妬してる、か。そんな訳、ないよな? うん、ありえないさ。
「どうしたんですか? お兄ちゃん、お兄ちゃん?」
肩を揺らされて俺は、やっと夏海が何度も呼びかけていたことに気が付く。どうしたんだろう。
「お兄ちゃん、どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ。ちょっと初めてのことに、疲れちゃっただけだからさ」
夏海が心配そうに俺を見ているので、夏海に心配を掛けまいと俺は笑って見せた。
「そうですか、じゃあ早く帰っちゃいましょう。満員電車に乗りでもしたら、もっと疲れちゃいますからね」
笑顔で夏海は俺の手を取り、駅の方向へ走って行った。
「お兄ちゃん急いでください、電車が行っちゃいますよ」
そしてギリギリで、電車に乗り込む。満員電車の時間とはずれているので、そこまでぎゅうぎゅう詰めになってはいない。椅子は空いていないのだが、吊り革がまだ残っている程度だ。
「いお、お兄ちゃんに何か変なこと言いましたか?」
電車に揺られていると、夏海が俺に訊いてきた。変なことって? 冬樹さんはなーちゃんのことを大好きなんです。…いや別にそれは、変なことじゃないし。確かに俺は夏海のこと、大好きだと思っている。妹として、大切にしている…。
「唯織さんが? 別に言ってないと思うよ」
うん、変なことなんて言ってないよね。唯織さんは多分、仲のいい兄妹という意味で言ったんだ。うん、きっとそうだよな…。
「そうですか、なら良かったんですけど」
安心したと言うように、夏海は優しく微笑んだ。
「でもどうして唯織さんが?」
俺が質問すると夏海の顔に、優しくしかし妙に悲しく見えてしまう複雑な微笑みが浮かぶ。
「お兄ちゃんに今日会う前から、いおはお兄ちゃんに興味津々だったんですよ。まあ夏海が、ずっと褒めてたからでしょうか。それで今日初めて会うって言って、凄い楽しみにしていたんです。でもいおは、正直だから…。お兄ちゃんを困らせたりするようなこと、言ってないかなって心配だったんです」
「…」
「でもお兄ちゃん、いおはいい子なんです。そこのところは、分かってあげて下さいね」
夏海の悲しげな微笑みは、やがて元気な笑顔へと変わってくれた。
「で、お兄ちゃんにもう一つ訊きたいことがあるんです。いいですか?」
聞きたいこと? 何だろう。
「何だ? どうかしたのか?」
「あの、どうでしたか?」
俺が首を傾げると、夏海は息を吸って元気に笑ってから話し出した。
「今回の夏海の役、どうでした? 生で聞いてた感想を、聞かせて貰えませんか?」




