Ⅴ
アリスちゃんの顔付きが変わる。
どうやら彼女はツッコミに加わってくれるつもりらしかった。
「まずは関係性から説明しなくちゃいけないわよねん。あたしとアリスは、中学時代からの親友なの。中三のときに、初めて同じクラスになって、急激に仲良くなっちゃってさ。高校は違うところだったんだけど、家は近いから一緒に遊んだり、勉強を教わったり、一緒に悪巧みしたり? まあいろいろやってたんだ」
その説明が必要か怪しいが、昔を懐かしむ様子で、母さんは楽しそうに語っていた。
アリスちゃんが止めるまでは止めなくて大丈夫だろう。
いやむしろ、アリスちゃんが止めるようなことがあったら、内容としてはそっちの方が気になるかもしれない。
必要ない話な気がしても、なんとなく興味があるから聞こう。
「悪巧みって、どんなことしてたんですか」
うんうんと異様なほど頷きながら話を聞いていた夏海が、ピシッと手を挙げて質問をする。
掘り下げるところではないが、やはり興味があったから止められなかった。
「ほんの悪戯よ。今のご時世だと、虐めだなんだって、騒がれちゃうかもしれないけどね」
「馬鹿智秋、せっかく絶滅危惧種の天然記念物クラスに良い子に育っているのだから、夏海さんの教育に悪いことを言うものじゃないわよ。もし言ったら母親失格ね」
慌てたようではないが、静かにアリスちゃんは暴言を吐く。
「馬鹿とは何よ、馬鹿とは。アリスったら、何をそんなに恥ずかしがっているんだか。武勇伝じゃないのよ。それくらい語らせて」
「どう考えても武勇伝じゃないわ。そう思うのは智秋だけ」
「何それ、すっごく感じ悪いんだけど!」
「感じ悪くて結構よ。黒歴史と武勇伝の差が分からないような人になら、どう思われたって構わないわ。感じの善し悪しだって、普通の人とは違って考えているに決まっているものね」
「なんですって! あたしの非凡さは知ってるけど、そういう言い方は、ちょっと悪意があるんじゃないかしらね」
喧嘩になっていく母さんとアリスちゃんを、どう止めたものかと思っていたが、さすがの夏海はやはり迷いがない。
絶滅危惧種の天然記念物クラスに良い子に育っているだけある。
「痴話喧嘩は犬も食べませんよ!」
叫ぶ夏海に、喧嘩どころか、この空間の時間さえ止まったような気がした。
皆、理解に時間を要したからだ。
「多分だけどさあ、痴話喧嘩ではないな。それと犬も食べないのは夫婦喧嘩」
「おぉなるほど。さっすがお兄ちゃん、頭が良いんですね」
パチパチと拍手をしながら夏海は輝く瞳を俺に向けていた。
意味不明だが、喧嘩は収まったから良いか。




