Ⅰ
「園田智秋って言いたいところだけれど、いいえ、違うわね。あたしは須崎智秋よ。っていうか、事務所の名前だってチューチュエって言ってるでしょ? そこにヒントはあったの。頭の回転が速いって聞いてたけど、ふゆくんもまだまだね」
現れたこの女性、記憶よりはさすがに老けているけれど、テンションや口調などは記憶にある姿と全く変わらない。
間違えなく母さんである。
そのことは疑いようもないのだが、やはり状況を理解するには至らなかった。
むしろ認識したことにより、更に混乱したような気すらする。
「事務所の名前でチューチュエなんて言ってたかな? それに、どういう意味だか、やっぱりちょっと……」
「ごめんなさいね、チューチュエっていうのは、朱雀のことなんだけど、智秋さんが勝手にそう呼んでるだけだから、放っておいて」
「え、アリスったら、この超絶カッコイイ名前の方を教えてないの? もう、嫌だ~、ほんっとやになっちゃう」
「苗字が須崎って言うでしょ? だから朱雀にしようって言って、この人、朱雀のことを調べ出したのよ。それで、中国語読みか何かだったかしら? 知らないけど、チューチュエだって勝手に主張していたの」
アリスちゃんの説明には、なるほどと思った。
しかしこの様子だと、父さんが話していたのは、完全に作り話だったという訳だな。
深刻な家庭事情を話すにしては、ましてや「愛に生きる」に形を持たせたみたいな父さんにしては、傷付いた様子もなく随分と淡々と話すものだと思ったのだ。
そういう訳だから、俺は事実として知りつつも、辛いことではないのだと思っていた。
離婚したのは本当にしても、理由は聞いていたものとかなり違っていそうだ。
母さんとは会っていなかったけれど、母方の祖父母と会うことは度々あったのだ。
普通に考えたら、それも変な話だったよな……。
何せ幼稚園生の頃からそうだったから、少しも疑問を抱かなかった。
「合ってるけど、大体は正解だけど、アリスったら冷たぁい! そっか、アリスが教えてなかったんじゃ、さすがのふゆくんでも分かんないか。これはアリスの責任ね」
「なんでやねん!」
本当に仲が良いのだと分かる、衝撃的なアリスちゃんからのツッコミが入った。
「ちょ、智秋! 帰っていたのか智秋! どうして、どうしたんだ、なんでやねん智秋!」
この場にはいなかった野太いおっさんの声が聞こえて来て、驚いてそちらを見れば、誰よりも驚いているように見える父さんが、扉を開けた状態のまま固まっていた。
なんでやねん、流行っているのかな。




