ⅢーⅠ
誰であろうと、夏海のことを見ていたら、その魅力に気付くことになると思う。
むしろ、夏海の魅力が分からない人は、見る目のない馬鹿だとすら言える。それくらいに、自慢の妹なのである。
ずっと一緒にいたのに、散々ラブコールを受けていたのに、その魅力に気付かなかった以前の俺は本当に馬鹿だと思う。
「吸収し過ぎですよ。さっすがお兄ちゃん、才能の塊の名は伊達じゃありませんね」
完全に鼻血は止まったようなので、鼻からティッシュを取り出すと同時に叫ぶ。
明るい口調は可愛らしいのだが、その可愛らしさも絵面が邪魔してしまっている。
鼻のティッシュは、いくらかっこつけて取ってもネタ要素でしかないから。
「待って、俺はいつからそのダさ恥ずかしい名前になったの?」
少なくとも一度も自分で名乗った覚えはない名である。
才能の塊って、全力で恥ずかしいわ。
「生まれてすぐに、その才能を見抜いたお坊さんが、その名を与えたのだと聞きました。違うのですか?」
まるで本当にそう思っているかのように、迷いもなく夏海はそう言う。
だとしたら、冬樹というのはなんだと思っているのだろう。
俺の名前は冬樹ではなくて、才能の塊なのか?
そして、何度繰り返してもやはりダサい。恥ずかしい。
「俺はその話知らないね。一度も聞いたことない。誰から聞いたんだろうね」
「お父さんです!」
自信満々に答えやがった。
あの人なら本当にそういう嘘を平気で言いそうだから、夏海なら本当にそういう嘘を平気で信じそうだから、怖いものである。
これは夏海に罪がないパターンだね。
「それは嘘だから、完全に無視して大丈夫。父さんの言葉は嘘だから」
素直なのを知っているくせに、嘘を吐いたんだから、騙したってことになるんだもんね。
そうしたら夏海は悪くない。
「分かりました。お父さんの言っている言葉は、全てが嘘だってことで、そう認識しちゃって良いんですね。了解でーす」
全てが嘘だと認識して良いとは言っていないけれど、面白半分でそういう嘘を吐くような人だから、こっちでもそれくらいのことを言っても恨まれはしないよね。
夏海に疑われたら、泣いて悲しみ苦しむんだろうな……。
仕返しだ!
「才能の塊ではない」
「いえ、才能の塊ではあります」
「俺は才能の塊ではない」
「いいえ、名前は否定しても、才能の塊であるという事実は変わりません」
前言撤回の必要があるかもしれない。
夏海は悪くないって思ったけれど、夏海自身にも悪いところはあったかな、やっぱり。
知らない事実を断言されてしまった。




