ⅢーⅢ
「僕も声優です、全役地声でしかできない訳じゃないんですよ? ふふっ」
そうだよな、プロの方なんだからさ。でもこのイケボが、お爺さんになるとは考え難いなあ。
「千博さん、夏海さん! 冬樹さん、大丈夫!?」
俺達があまりにも遅かった為、おっさんに大丈夫とまで言われてしまった。
「急ぎましょう」
愛らしく元気にニコッと笑った夏海は、小走りにスタジオへ向かう。俺と千博さんも、夏海の後を追った。
「夏海さんはメインヒロインなんだから、休憩ばっかしてられないでしょ」
「はい、ごめんなさい」
おっさんの注意に、夏海は素直に頭を下げる。そして、午後の撮影が始まった。
「鶴見さんも、撮っちゃおうか」
他のスタッフさんに、千博さんも呼ばれて行った。
「大人気声優の鶴見千博さん、憧れますよね」
そしていつの間にか俺の隣は、夏海と千博さんから唯織さんに変わっていた。
「ああ、そうだな。カッコいいと思う」
俺がそう言うと唯織さんは、ニヤリと口元を釣り上げた。
「冬樹さん、心配じゃないんですか? なーちゃんのこと」
どうゆうことだろう。どうして俺が、夏海を心配? いや心配はするけど、この話には関係ないんじゃ……。
「あんなにカッコいい人と何度も共演していたら、なーちゃんの心も揺らいじゃうんじゃないですか? 冬樹さん、いつまで安心していられるのでしょう」
唯織さんは、何を言っているんだろうな。
「夏海は可愛いしいい子だから、千博さんみたいなカッコいい人とー」
「強がらないで下さい」
俺が喋っているのを途中まで黙って見ていたのだが、唯織さんは静かに俺の言葉を遮った。
「冬樹さん、寂しいんでしょう? この短期間見てただけでも、分かりましたよ。なーちゃんが冬樹さんを好きなのと同じくらい、冬樹さんはなーちゃんのことを大好きなんです。だからカッコいい千博さんに、嫉妬していますね」
嫉妬って、そんな筈ないじゃないか……。俺も夏海のことは好きだが、あくまでも妹としてであって……。
「分かりやすすぎです、冬樹さん。目が泳いでいますよ」
俺が夏海のことを恋愛対象としてなんて、見るはずがないんだ。だったらそんなに、慌てる必要ないじゃないか。
「まだ今は、ワタシの冗談と言っておきますね。冬樹さんの反応が、とっても面白いんですもん」
冗談? そうだよな、そうに決まってるよな。本当に唯織さんの目に、俺が夏海をそう見てるように映っていたんだと……。
でも本当に違うんだし、そんな訳ないさ。




