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それを見るのはどこか怖いと、いつもの俺だったらば、逸らしてしまったことだろう。
けれどそうはせずに、今日は彼女の瞳をまっすぐと見られた。
「最近、いろいろと自信がなくなっちゃって。もしこの後が暇なんだったら、カフェとかに行けないかな? いや、図書室とかでも、良いには良いんだけど、とにかくここで立って話すのはちょっと……」
そう誘ってから、目を丸くして、それから嬉しそうに目を見開いた彼女に、やっと俺は気が付いた。
これって、放課後デートに誘っちゃってる感じじゃない?
「すっごく嬉しいです。もうっ、あたし、きちんと冬樹さんの話を聞いて、少しでも役に立てたらって思うのに、嬉しくなってしまって駄目です。まさか、冬樹さんがそんなことを言ってくれるとは思いませんでしたから」
嬉しそうに、震える声で訴える横島さんの目は、涙が滲んでいるように見えた。
それほどまでに喜んでくれているのだと、そういうことなのだろうか。
「あのっ、お会計をお願いしても大丈夫ですか? ちゃんと、店を出たらすぐにお金を渡しますので。一瞬だけでも、より恋人気分が味わえるんじゃないかと思うんです。冬樹さんのご相談に乗る為だっていうのに、やっぱりそういうのはいけませんか?」
どうにも憎めない、外出する飼い主を見送る子犬のような、愛くるしくも寂しげかつ純粋そうな表情だった。
そういう恥ずかしいことは、したくないという気持ちがある。
実際に自分で行動するというのは、演じることとは随分と違う。
「俺の為、横島さんだってそう言ってくれたでしょ? お礼の意味も込めて、お代くらいは俺に出すよ。それくらいはかっこつけさせて?」
「……っ! 冬樹さん。そういうことでしたら、ご馳走になりたいと思います。それとっ、それだけの価値があるアドバイスになるように、あたしも頑張ります。何度も言うようですけれど、あたしは冬樹さんのことが大切で、大好きですから」
何を言っても彼女は喜んでくれる。
そのことは、それだけで十分に力や自信を貰えることであった。
それと、学校の同級生の女の子に、大切だとか大好きだとか言われて、これは愛の告白なんじゃないだろうか……?
あまりに横島さんが幸せそうに笑っているから、俺の心を少しだけそんな考えが過った。
彼女が求めているのはキャラクター。
園田冬樹という声優も、好きになってくれたようであるけれど、元から彼女が好きなキャラクターを、たまたま演じた声優だというだけ。
元から彼女が好きだった、園田夏海という声優の、たまたま兄だっただけという、それだけの存在。
演じられた俺ですら、そんなものなのだから、学校にいる俺が彼女の視界に、ましてや恋愛の対象として映っている訳もない。
俺も求めていない。不思議なのは、湧いてくる妙な嫉妬心。
何に嫉妬しているのかは分からなかった。
まるで俺が女の子と一緒にいることに、腹立っているような不思議な感覚だった……。




