Ⅸ
「お仕事、忙しいのですか? 最近の冬樹さんは、お疲れなように見えます。ファンとしては、冬樹さんのお声を堪能したい気持ちもありますが、体調とか……とにかく冬樹さんの健康が何よりも大切です。だからっ、余計なお世話かもしれませんが、無理はなさらないで下さい」
いつもと変わらないように装っていたのだけれど、それで騙せるとは思っていなかった。
だけれど、俺のことを気遣ってくれているのか、邦郎は何も言わないでいてくれたんだ。そのまま帰れると思った放課後のこと、横島さんに呼び止められた。
本当に不安そうな声色だった。
「無理なんてしてないよ。心配してくれてありがとう」
「そんなことでっ! そんな笑顔で、誤魔化される訳がないです! 皆、気付いているのに、見ていないふりをしているんです。だけど、だけどあたしはそんなことしたくありません! お節介でも、出しゃばりでも、冬樹さんの役に立ちたいんです……っ! ずっと元気を貰ってきたから」
そう言ってくれた後で、周囲の視線を集めていることに気が付き、横島さんは深く俯く。
「大声を出してしまってごめんなさい、あたし……」
俯いて、彼女は走り去ってしまおうとした。
俺は思わず、彼女の手首を掴んで、引き止めてしまっていたのだ。
放っておいてくれるなら、これで解放されるなら、俺としてはそちらの方が良いに決まっている。
横島さんに迷惑は掛けたくない。心配は掛けたくない。
それなのに、彼女の言葉が嬉しくて、手首を掴んでしまっていた。
「冬樹さん?」
「ごめん、ありがとう。横島さんの気持ちが嬉しいのは、本当だから、ありがとう……ありがとう……」
何を言ったら良いか、何を言うべきなのか、言葉の整理も出来ていなくて、そのままに口から溢れ出ていた。
そっとしておいて欲しいくせに、寂しがっていたのか。
俺はどこまでも面倒な性格なんだろう。
「あたしも、冬樹さんにそう言って貰えて、とっても嬉しいです。お悩みとかありましたら、相談に乗ります。そう言いたいところですけれど、あたしなんかが、ファンであるあたしが、冬樹さんの相談に乗るだなんて無理なことですよね」
「いいや。むしろ仕事の相談とかの方が、夏海に乗って貰えるから、他の人に相談する必要がないよ。俺のことを想ってくれていて、それでいて、仕事場での俺じゃなく学校での俺を見ている。横島さんほどの適任はいないよ。俺、友達少ないし、邦郎に相談するのは照れくさいからさ」
俺の言葉で、俯いていた横島さんの顔が、ばっと上がってまっすぐ俺を見てきた。
眼鏡の奥の彼女の瞳は、何を映しているのだろう。
その奥に、俺だって知らない等身大の、本当の俺の姿が映っているような気がした。
まっすぐな彼女の瞳だからこそ、映し出す本心があるような気がした。




