Ⅵ
質問の答えは何一つとして返ってこなかったけれど、気になる発言はあった。
教えざるを得なくなる、というもの。
家に帰ってから、それがどういう訳なのか考えてみたのだが、どれほどに推測を重ねても真実にはならない。
彼女が見ているのは、誰なのだろう。
やはり友達だと言っていた、俺たちの母、園田智秋のことなのだろうか。
特に今日は、俺に対しても夏海に対しても、どこか違うものを見ているように思えた。面影を探しているかのように。
まさか、死んだ訳でもあるまいに、……ね。
友達だということは、今でも会おうと思えば会えるのだと、そういうことなんじゃないのか。
大人になってからの友達というのは、どういう存在なのだろう。
「あの手のアニメは久しぶりだったので、楽しかったですね。ああいう役って、体力消耗が激しいですけど、全力で行けるところが夏海は好きです」
すっかりアリスちゃんとのことは忘れているのだろう。
上手くかわされただけだというのに、夏海はそれに気が付いていないらしい。相変わらずの素直さだ。
台本チェックなど、次話への予習を始めてしまったようだ。
原作を毎回読み直し、一々全力での感情移入をして、自分じゃないキャラクターまで演じ出して。そんな調子だから、夏海の予習は時間が掛かるのだ。
一人で反省会をしているようだから、復習もばっちりなようだし。
それでよく、学校の勉強も、予習復習が間に合うものだ。
完全のそこまで含めて身に付いてしまっているのだろうな。
「それは良かったね。随分と叫んでいたようだし、喉を壊さないように気を付けるんだよ」
彼女が忘れていてくれているなら、わざわざ俺がそれを言う必要もないのだろう。
優しいふりをして微笑んで、俺もアリスちゃんのことを一旦は忘れようと、学校の課題に取り組むことにした。
仕事のものを見てしまっているよりも、そちらの方が、高校生として普通に俺でいられるような気がしたからだ。
変に物事を探ろうともしない。大人ぶった考えもしない。
夏海と同じように、もっと素直に育てたなら良かったのに。
「お風呂が冷めちゃうから、区切りの良いところで終わりにして、先にお風呂に入っちゃうんだよ」
どうにも集中力が続かず、風呂を洗って入浴したり、適当な料理をして夕飯を食べたりしたのだが、胸の中はもやもやしたままだった。
俺が何をしていても気にせず、まっすぐな瞳で取り組んでいる夏海の集中力は、立派なものだと思う。
とても俺には出来ないことだ。
「お兄ちゃんの入ったお風呂と、お兄ちゃんの愛情たっぷり手作りご飯、楽しませて貰うとしますか」
邪魔しちゃ悪いかと思ったが、笑顔で立ち上がって、夏海は風呂の方向へとスキップで消えて行った。
その姿は、俺の知っている夏海とは少し違っているように見えた。




