Ⅰ
収録も終えて、撮影も終えて、詳細までも全てが決まってしまった。
早く進むのは良いことなのだけれど、それは、恐怖を生むことにも繋がった。
だってCDの発売日が、近付いているということじゃないかっ!
いろんな人が協力をしてくれて、夏に発表イベントまで開いて貰って、横島さんみたいに、待ってくれている人だっているんだと思う。
だけれども、だからこそ、本当に自分が……そう思って不安になるのだ。恐ろしくなるのだ。
邦朗には、そして夏海にも、心配は掛けないと誓った。迷惑だって掛けたくない。
不安になる気持ちを、どうにか隠そうとするけれど、隠し切れていないだろうと自分でも分かった。
「お兄さん。いいえ、もうプロだもの、冬樹さんと呼んだ方が良いかしら?」
緊張しているのを感じてか、俺の為に特別リハーサルを用意してくれたのだが、そこでアリスちゃんが声を掛けてくれる。
今日は俺の為のということなので、珍しく夏海とは一緒じゃない。
俺のマネージャーでもあるアリスちゃんが、俺の方に付かざるを得なかったので、夏海が休みで俺が仕事という滅多にないパターンだ。
「何をそんなに不安がっているのかは知らないけど、思い詰めて考えるよりも、自分も楽しんだ方が良いと思うわよ。そういうところも含めて、兄妹なんだなって、思ってしまうわ」
遠くを見ているような、寂しそうで、大人びた横顔だった。
外見としては子どもに見えるのだけれど、今ばかりは、俺よりも遥かに年上かのように思えてならない。
それこそ四十やそこらではなくて、人生を振り返る老人かのように、またはもう――何百年も生きているかのようにすら見える。
瞳には、目の前の現実ではなくて、ずっとずっと昔が映っているようでならない。
「兄妹というか、親子というか……本当に皆そっくりなのね。とても優しくて、素敵で、才能に溢れていて、けれども自分に少しも自信を持っていない。ひどく臆病でいつも何かに怯えている」
何を思い何を見ているのか、儚く笑う彼女の表情からは、その言葉からは、俺は意味を汲み取ることも出来なかった。
首を傾げていると、隣に立っていたアリスちゃんが、俺の指に指を絡めてくる。
…………どうしたのだろう……。
マネージャーが緊張を和らげてくれる為に、こんなことをしてくれるものなのだろうか?
そもそも、してくれるって、俺は何を考えているんだ。
「アリス、ちゃん……?」
質問をしようと思ったけれど、咄嗟には出てこず、驚きのあまり俺はただ、彼女の名前を呼んでいた。
「どうしたの、冬樹さん」
やんわりとした笑顔で、甘い声で、細い指で、アリスちゃんは俺に何を伝えようとしているのか。
俺はアリスちゃんに何を思っているのか。
触れることで高鳴る胸が、ときめきとはまた違うところが、俺の意思を明白にし脳に伝えようとしているようであった。
認めてはいけないような事実を。




