ⅢーⅦ
俺は断ったのだけれど、なおも夏海は、心配そうな表情でこちらを見てくれている。
「無理しないで下さいね。お兄ちゃんは、すぐに無理をして、自分を苦しめてしまいます。そういうところ、良くないと思います」
それは夏海の方だろうと、取り乱して叫んでしまいそうだった。
なんだか今の夏海の悲しげな表情と言い方は、俺をそうさせるような力を持っているようだった。
「大丈夫、大丈夫だから」
叫んだって、更に心配させてしまうだけ。
追い詰められているんだと思って、夏海は今よりもっと、俺のことを気遣ったくれるだろう。
そういう子なんだから、俺は兄として、心配を掛けるようなことをしてはいけない。自分のことを済ませながら、夏海を支えてあげられるくらい、余裕を持たなければいけない。
思うのに、兄と妹とが反対な気がして、俺は辛かった。
「それなら構いませんが、無理だけはしないで、ご自分を大切にして下さいよ。お兄ちゃんが倒れるようなことがあったら、夏海、もう……もう駄目です…………」
体調を崩して倒れる俺を想像したのか、夏海の瞳には、涙さえ滲んでいるように見えた。
これくらい俺も夏海のこと、想っていないといけないな。
いつも夏海の方が気が利いて、余裕があって、傷付いているんだから。それに俺ももう少し、正直な気持ちを、夏海に伝えなくてはいけないと思う。
感謝しているって、大切だって、心配だって、全部ちゃんと……伝えないと。
「夏海は優しい子だね。そう想ってくれているだけで、俺は十分に嬉しいから、夏海は夏海の仕事や勉強に集中しなくちゃいけないよ」
兄ぶっていないで、かっこつけていないで、重要なことは口に出して、はっきり伝えなくちゃいけない。
気持ちは言葉にしなければ伝わらない。夏海のことを信じ、甘え過ぎている。
自分が自分を責めるようだけれど、どれも聞こえていないふりをして、夏海には微笑みを向ける。
「お兄ちゃんこそ、夏海にとっても優しいです。だから夏海は、少しでもお兄ちゃんの役に立ちたかっただけですし、必要ないなら良いです。けど、必要になったら、遠慮せずすぐに言って下さいね。お兄ちゃんからのお願いなら、どんなものだって大歓迎ですもん」
微妙に引き攣っているかもしれない、作られた俺の微笑みに、夏海は満面の笑みを返して来る。
そうして俺に優しいと言われたのが余程嬉しいのか、飛び跳ねて全身で喜びを表現してくれ、どたばたと走り去って行った。
夏海がいなくなると、息が苦しくなるくらいの、静けさと寂しさが俺を襲った。
これほどまでに、俺にとって夏海は大切なんだ。
中学生でありながら、夏海は何年も仕事をして社会を知っているのだから、いつまでも俺に甘えてなどいない。
小さい頃の彼女とは違う。
だから夏海がいなくなってしまう前に、俺も兄として、感謝くらいは伝えられないといけないね。
そう、……兄として。




