ⅢーⅣ
俺が微笑みを返すと、夏海は嬉しそうな表情のままで、こう切り出す。
「そうしたら、夏海もお願いをしても良いですか? 夏海もお兄ちゃんにありがとうをしたいですし」
純粋な笑顔は、下心など全く感じられないものであった。
夏海から俺へのお願いというのは、大抵はろくなものではないのだが、今日のはそんなようには見えない。
ありがとうをしたい。それが、彼女の本心なのかもしれないね。
普段から夏海は、その都度感謝の気持ちを伝えてくれているようだから、改めて言う必要などないと思うのだけれど。本当にいつもいつも、言葉でも行動でも、大袈裟なくらいに感謝を伝えてくれるじゃないか。
それだけでなくて、どの思いを伝えるのにも、大袈裟なのだけれど。
「どんなお願いだい? 大丈夫だろうと思うが、一応、承認の前に内容だけは聞かせて貰おうか」
今回は信用して良さそうな雰囲気を出しているので、思わず良いよと答えてしまいそうになったが、それはなんとか押し留める。
何を言い出すのか、分かったものじゃないからね。
「声優としての、お兄ちゃんに頼むものともいえるかもしれませんね。仕事として考えて下さっても構いません」
どういうことだろうか。声優として、仕事として、夏海はそう言った。
つまりは、何か台詞をを依頼すると考えるのが妥当だろう。
何を言わせるつもりかは知らないが、それくらいならば、別に何がこようと大丈夫だろう。
「それじゃあ特別に、俺の出来得る限り、どんなものでも全力で応えるよ。なんて言って欲しいのか言ってごらん」
俺の言葉に、夏海はこくりと頷いた。
そして迷っているような顔をする。どうやら言葉は予め決まっているようであるが、照れる彼女の表情からは、本当にこれを頼もうかと迷っているようであった。
はて、何を言わされるのだろうか?
彼女が恥ずかしがるような内容の言葉を、俺は今この場所で、全力で言わされることになるのだろうか。
しかし全力で応えると言ったからには、やっぱり無理などとは言えない……。
今やプロなのだから、ド素人のようなものとは言えども、手を抜くことは許されないのだろう。
ましてや夏海は俺とは違って、正真正銘のプロなのだから、馬鹿にした仕事は出来ない。
報酬を貰わないのだから、仕事ではないだとか、そういうことではない。仕事として考えてくれろと、夏海が言ったのを聞いてから、確かに引き受けたのだから。
覚悟を決めて、彼女の言葉を待つ。
「その、ですね……。夏海の名前を呼んで、大好きだって、そう言って欲しいんです」




