ⅢーⅠ
多少強引にでも自分を納得させ、勉強を再開する。
「夏海は、すごく内気な子だったよね。子役をやっていただなんて、今でも信じられないよ。あの頃の夏海から考えると、今のその、作り笑顔や敬語が、……なんだか悔しいな」
勉強に集中していた筈だった。それなのに、不意を突いて、そんな言葉が俺の口から零れていた。
悔しいって、何を言っているんだよ俺は。
自分の言葉を理解することが出来なかった。
理解はしていたけれど、認めたくはないと、拒絶していたのかもしれない。
「お兄ちゃん、急にどうなさったのです? お兄ちゃんは、内気で甘えっきりの夏海の方が、そちらの方がお好きだったのですか? それでしたら、せめてお兄ちゃんと一緒にいるときだけでも――」
「いや、そうじゃない。ごめんね、急に変なこと言っちゃって。忘れてくれて大丈夫だから」
本当に俺、何を言っているんだろう。
それに夏海は素直な子だって、自分を偽ることなどしないって、一番近くで見ていて、一番知っているのに。
なのに、作り笑顔だなんて、夏海のことを傷付けてしまったかもしれない。
「忘れてだなんて言われても困ります。何か思うことがあるのなら、夏海に話して下さい」
ずっと俺は兄だし、ずっと夏海は妹だ。
それでも夏海は俺より前から社会を知っていて、こうして大人なんだ。
だからって夏海は、俺のことを下に見るような子じゃないんだけれど、勝手に劣等感を抱いてしまっているのかもしれない。
それか、もしかしたら、夏海の言うように、甘えるばかりの夏海が好きだったのかもしれない。
いつだって俺のことを頼ってくれる、あの頃の夏海が。
もう中学生なんだから、夏海だって成長するんだから。俺はもう、夏海離れしないといけない。
あぁ、そうか、俺はやはりシスコンなんだろう。
優しく微笑んでくれる夏海に、妹以上の感情が溢れ出そうとしている。
「ううん、本当になんでもないんだ。さあ、勉強を再開しようか」
「いいえ。やっぱりお兄ちゃん、具合が悪そうですから、無理せず休んだ方が良いと思います」
具合が悪い、それだけだ、きっと、きっとそうなんだ。
疲れているんだ。疲れているときに隣にいたから、勘違いしてしまっただけなんだ。
ゆっくり休んだなら、ちゃんといつもの俺に戻れる筈。本当になんでもないのだと、そんな言葉で、自分のことも誤魔化せる筈。
だから今は、休んだ方が良い。休まないといけないのかもしれない……。
「ありがとう。それじゃあ、少しだけ眠ることにするよ。八時になっても起きなかったなら、悪いけれど起こして貰えないかな?」
今の正確な時間は分からないけれど、二時間くらいは眠れるかな。
それだけの時間があれば十分だ。無邪気なままの夏海と、彼女の憧れでいられる俺に、きっと戻れる筈だから。




