ⅡーⅧ
一体、唯織さんはどうやって夏海に説明をするのか。
「なるほどなるほど。さすがはいおですね。ありがとうございます。次に収録で会うときに、是非、夏海にもお願いします」
声はとても明るい。彼女は何を言ったのだろう。
夏海は唯織さんに何を頼んだんだ?
どんな会話をしていたら、そんな風になるのだろう。気になって仕方がない。
しかし本当に、全くもって夏海の不安そうな表情を消し去ったのだから、そこは唯織さんの技術を褒め称えるべきなのだろうか。
俺も唯織さんも、夏海に笑顔でいて貰いたいと言うところは同じなのだからね。
「お兄ちゃん、いおのことは気にしなくて大丈夫ですから。これからも、いおからの電話は、全て夏海に渡して頂いて大丈夫ですし」
もし何度もああいった電話が掛かってくるようなら、夏海のこの言葉は、俺にとってありがたいことだ。
ニンマリとした夏海の笑顔を見ている限り、俺が喜べるような内容でないことくらい感じるけどね。
唯織さんは、一体何を言ったんだろう。
確かに夏海は単純で、騙されやすいようなところもある。けれどだからと言って、今の流れでこんな笑みを浮かべさせることが出来るだろうか。
何を言ったら?
それが謎で仕方がない。
「考えなくて良いのです。お兄ちゃんは考えないで、大丈夫なのです。全てを夏海に任せてくれれば、全く問題はないのです。まさかお兄ちゃんったら、気にしていないようなふりをして、本当は結婚のことも考えていてくれたんですね。もう、素直じゃないんですからぁ」
はぁ? 結婚のことって、どういうことだよ。
本当に唯織さんは何を言ったのだろうか。
「結婚って、唯織さんがそう言ったのか?」
彼女は夏海のブラコンを治そうとしていたんだろう。その筈だ。
それなのにどうして、更にブラコンを悪化させるようなことを言うのだろうか。
いやいや、そんなことを言う訳がない。
「はっきりとは仰いませんでしたが、いおは結婚の話をしていたのだと思います。間違えないんじゃないかな、とすら夏海は思うのですが、お兄ちゃんはどう思われますか?」
どう思われますかと問い返されても、質問しているのは俺の方である。
そしてはっきりとは言っていないのなら、それは恐らく結婚の話じゃないと思う。
どのような言い方を彼女がしたのかは分からないけれど、結婚の話なんて、間違えなくしていないだろうね。
「えっと、なんと言っていましたかね。詳しくは秘密と前置きしてから、今、夏海が心配していることについて、お兄ちゃんと話していたのだと。今の夏海が心配していることで、お兄ちゃんがあれだけ難しそうな顔をしていて、夏海の質問に答えてくれなくて。これらの条件を全て組み合わせたら、サプライズウェディングしかないと思いました」
ご丁寧に、夏海は唯織さんの言葉まで教えてくれた。
なるほどね。夏海の想像に任せて、詳しいことを何も言わないようにすれば、逃げられるのではないかと考えた訳だ。
後で夏海が言ったことに、自分から話を合わせれば良い訳だから、唯織さんくらいの人になれば簡単だろう。
けれど残念。夏海は単純な子だが、生憎普通の感性を持ち合わせていないのでね。
「サプライズウェディングって、しないよ。結婚なんて、そもそも兄妹じゃ出来ないからね? 分かっているでしょ?」
「はっはっは! お兄ちゃんともあろう方が、未だにそのようなことを気にしていらっしゃるとは。法律上は結ばれることが出来ないとしても、体が結ばれることは出来るのです。お兄ちゃんだって、少しはご期待なさっているのでしょう?」
こんなことを言うような子なんだからね。
たったこれだけの言葉で、夏海がいかに普通の人間と違っているのかが知れるよ。
そりゃ普段は両親と一緒にいられないのだから、妹を大切に思いはするし、こんなでも可愛いは可愛いんだけどね?
妹として、可愛いよ。夏海は本当に、妹として可愛いと思う。




