ⅡーⅤ
”甘い甘い 恋のちょこれーと 甘くしたいの 恋のちょこれーと”
二人とも黙ってしまって、リビングには重い沈黙が流れた。
どちらも口を開こうとはするけれど、なんだか言葉が出て来なくて、会話となることはなかった。
そんな重苦しい沈黙を破ったのは、ショコラティエの人気曲『甘くて苦い恋のちょこれーと』だったのだ。
夏海が突然歌い出したという訳ではない。
少し空気を読まないくらいに明るいし、いつもそんな夏海に助けられてはいるのだけれど、この場面で歌い出したりなどしないだろう。
勿論、CDが勝手に流れ出したという、ホラー現象も起こっていない。
電話が掛かってきただけである。
最近はすっかりショコラティエのファンになってしまっていて、着信音として設定したのだ。
「はいもしもし」
なんだかこの状況だと、それはそれでかなり気まずかったので、俺はさっさと電話に出た。
何も気にしていないふりである。
『いつぶりでしょうか、冬樹さん。以前もこうしてお電話差し上げたことがありましたね』
いけなかったのは、動揺を夏海に悟られないようにする為、急ぎ過ぎてしまっていたことだろう。
電話を掛けてきた相手が誰なのかすら、確認をしていなかった。
「へっ?」
驚きからか恐怖からか、酷く情けない声を出してしまう。
『賢明な冬樹さんならご理解なさっている筈です。ワタシからの電話の意味』
電話の相手は唯織さん。
確かに以前にもこうして、彼女から電話が掛かってきたことがあった。
今もそのときと同じように、唯織さんの声は低く、背筋がゾッとするような声音である。
何かいけないことをしてしまったのだろうか。
そもそも、最近は彼女に会う機会もそこまでなかった。
あったとしても偶然廊下をすれ違ったことと、夏海の収録について行ったときに、彼女も同じスタジオにいたくらいだろう。
俺と唯織さんとで会話をした覚えはない。
『前回同様、くれぐれも喋ることはないようにして下さいね? 変なことを言って、なーちゃんを不安にさせるようなことをしたら、ワタシが許しませんから。それと今回は、表情にもお気を付け下さい。冬樹さんが不安そうな表情をすると、なーちゃんまで不安になってしまうでしょう。彼女は優しいんですから』
脅すような言い方だった。
唯織さんが許さないからなんだってんだ。というくらいに言えれば、恐怖なんて感じることもないのだろう。
しかし彼女が夏海の友達であるからか、素直に双葉唯織という少女に信頼を寄せているからか、普段から恐ろしいと思っているからか。
理由は分からないにしろ、俺は電話から聞こえて来る彼女の声に怯えてしまうのであった。




