ⅡーⅡ
そもそも、俺が夏海にプロポーズなんてする訳がないだろう。
しかし今の夏海は、嘘や冗談を言っているように見えない。
「夏海、お兄ちゃんを信じています。だからお兄ちゃんも思い出したら、すぐ夏海に言って下さいね? では、この話はおしまいにして、そろそろ一緒にお風呂へ行きましょうか」
本当にそれ以上は話を続ける気がないらしい。
いつも通りの笑顔を向けて、俺の手を掴むと、満面の笑みのままで脱衣所へと連行していく。
「風呂は一人で入りなさい。それに、まだ風呂掃除もしていないんだから、入れないだろうよ」
俺はその手を振り解くと、リビングの方へと戻ろうとする。
「待って下さい」
それなのに、夏海が俺の手首を掴んで、真面目なトーンでそう言ってきた。
一緒に風呂へ入るつもりはないけれど、そうされてしまうと置いていくのもなんだか気が引ける。
仕方がないから、俺は振り向いて話すことを促す意味で、軽く首を傾げてみせる。
すると夏海は嬉しそうな笑顔を浮かべると、俯きがちに話し出した。俺の手首を握る夏海の手に、強く力が込められる。
本人はそのことにすら気付いていない様子であった。
「今日は最初からお兄ちゃんをお風呂に連れ込むつもりで、お兄ちゃんが帰ってくる前に、ちゃんとお風呂掃除はしてあるんです。お湯はまだですが、今から溜め始めれば、愛の営みをしているうちに溜まると思います」
真面目に言われるから、真面目に聞いているのだけれど、これを真面目に言っているのも問題な気がする。
風呂掃除をしてあるというところは、悪いことじゃない。
今日は俺が当番だったのだから、偉いことだしありがたいとも思う。
しかし前後の発言のせいで、それを褒めることが出来ない。
彼女は何を言っているのだろうか。理解することが出来なかった。
「予想外でした。お邪魔虫がいなければ、お兄ちゃんの帰宅と同時に、夏海はお兄ちゃんを襲う気でいましたのに」
お邪魔虫というのは、邦朗のことだろう。
今ほど、邦朗に感謝したことはないというくらい、俺は邦朗が来てくれたことに感謝した。
だって邦朗があのタイミングで来てくれなければ、俺は夏海に襲われてしまっていた、ということだろう?
そりゃ兄なんだから、俺の方が力はあるだろうし、実際に襲われても大丈夫ではあろうけどね。
だとしても、相手は妹なんだから、そういった行動をさせてしまうこと自体が、不味いと思うからさ。
「まさか結婚についての相談を裸でするつもりだったのが、パンツ裁判になってしまうとは思いませんでした」
相手は妹なんだから、こんなことを言わせてしまうこと自体がおかしいよね。
夏海は女の子なのに、すぐ変なことを言い出すんだから。




