ⅡーⅠ
でも夏海はプロの演者。俺のことを騙すことくらい、容易なのではないだろうか。
どちらなのだろうか……。
素直で嘘が下手なイメージのある夏海だし、演技は出来るけれど、人は騙せないといったような感じもする。
そもそも、そんな悲しそうな表情で俯かれたら、疑える訳がないじゃないか。
男として、兄として、疑うだなんて無理だ。
「本当に何も覚えていらっしゃらないのですか? 夏海と結婚すると仰ったのは、お兄ちゃんの方ですのに」
上目遣いを使ってきたら、それが演技だと判断出来ただろうに。
夏海の上目遣いは、確かに可愛いなぁと思う。兄である俺ですら、ときめいてしまいそうなほどの可愛さだ。
そして夏海自身も、それを分かっていて使っているんだろうと思う。
だから上目遣いの可愛い夏海が現れたら、それは悲しみなどの表情も演技である。
あざとい可愛さが見え隠れするのだから、本当に演技派なのかどうか怪しくも思うけどね。
可愛いのは確かだし、仕事でキャラクターを演じているときは完璧なのだから、演技派なのかね。
「俺が夏海と結婚を?」
それよりも今問題なのは、そのあざとさが夏海にないということである。
いつものように可愛さを振り撒いて、不思議なテンションで話していてくれれば良いのだ。
たまに真面目なトーンで話してくるから、そのときも判断に困るけれど、絶対にあざとさが見え隠れしている。
それと、台詞ではない以上キャラクターを定めなければいけないが、最後までやりきれず、途中でぼろが出るのだ。
でも今のように、ただ俯いて話されるとどうなのか戸惑う。
俯くくらいならば演技も何もなく、誰でも出来るだろう。
だからこそ、それが夏海の演じたものとは思えないのだ。
「そうです。夏海はその言葉を信じて、今日までやってきたということを、ついさっき思い出したのです」
結局それって、夏海も覚えていなかったってことで良いんだよね?
結婚を約束するという俺の言葉を信じて、夏海は今日までやってきた。ということを、ついさっき夏海は思い出した。
ああ、もう、なんだよ。ってくらい分かりにくいな。
「夏海が思い出したのに、お兄ちゃんが覚えていないなんて、あんまりだと思いませんか? だってお兄ちゃんの言葉なんですよ? それとも、夏海以外にも、普通に結婚しようとか言える人なんですか?」
あんまりなのはそちらだとは思わないのだろうか。
夏海が思い出したんだから、俺も覚えていろなんて、夏海も覚えていなかったんだろう?
それでも本当に俺がそんなことを言ったんだとしたら、覚えていないのはあまりに不自然で失礼で。




