Ⅶ
文句を言い続け、疑問を投げ掛け続け、疲れたのか邦朗は黙ってしまった。
「これで、完全に死んだみたいね。ふははははははっ」
夏海も邦朗が黙ったことに気が付いたようで、近所のおばちゃんとは思えない台詞を吐いた。
ただこんな台詞になっても、先程のおばちゃんボイスのままであることが、すごいと思う。
「結局、今のはなんだったの? 二人のプロが演じる俺の為の劇を見られたことは、嬉しいと思ったんだけどさ」
おばちゃん夏海の笑い声の後、誰も何も続ける気配がなかったからか、邦朗が呆れているような感心しているような口調で言う。
その反応だけを見れば謎かもしれないが、俺には邦朗のその気持ちがよく分かるぞ。
普通に、俺も同じように思ったから。演じておいてなんなんだけどね。
「なんでもありませんよ。お兄ちゃんのショタボイスを引き出しただけです。仕事じゃないとやってくれない、貴重な美少年ボイスなんですからね」
二人のプロが演じる、俺の為の劇。
そう思って喜べる邦朗のポジティブさに俺が憧れさえ抱いていると、夏海からの衝撃発言があった。
「それって、俺は罠に嵌められていたってこと?」
「ええ、そうです。今更気が付くなんて、ふん、もう手遅れですがね」
今度は少年的な声で、夏海は喋り始めてしまった。
罠に嵌められていた。という、俺の言い方が悪かったんだろうな……。
歴史ものかファンタジーものみたいな表現の仕方をしてしまったから、またキャラを演じ始めてしまったんだろうに。
しかしまた謎の寸劇を始めてしまうと、待っているのは無限ループだろう。
無限ループというのは、陥る前に、つまりは最初の方に回避しておくことが大切なのだ。
「冬樹の少年も良いけど、夏海ちゃんの少年も可愛いね。お持ち帰りしたいくらいだよ」
俺がどうやって回避しようか考えていると、邦朗が夏海にそんなことを言ってくれた。
そんな気持ち悪いことを言われては、夏海だってやめざるを得ないだろう。邦朗、ナイスだ。たまには良いことするな。
なんて思っていたら、うちの妹はそんなに簡単なものではなかったらしい。
「本当にそう思います。お兄ちゃんの少年役って、お持ち帰りしたくなるくらい可愛いですよね。いいえっ! お持ち帰りするだけでは足りないくらい、もう信じられなくなるくらい、死ぬほどに可愛いものですよ」
共感してどうするんだろう。
邦朗が望んでいたのは、お持ち帰りだなんてキャッ、のような展開なのである。または、声を褒めた感じで、さりげなく夏海をお持ち帰りする。それか、夏海のスペシャルボイスを録音して貰うとかかな。
どれにしても、不可能な妄想ではあるけどね。




