Ⅰ
「お兄ちゃん、おかえ……り?」
二学期が始まった頃から、帰宅すると決まって夏海が玄関で待ち構えているのだ。
そして毎日聞いていても慣れないくらいの元気さで、俺に飛び付いてくるのである。それを俺が避けるまでが、一連の流れだった。
しかし今日は空気を読んでくれたようで、夏海に飛び付いてこなかった。
俺の様子に疑問を抱いているだけなのか、俺の顔色を窺い見ているのか、不自然な角度に首を傾げている。
「今日は、会議を行う。直ちに服装を正して、そこのソファーに座ること」
この言葉の意味は理解は理解出来ていないようだが、とりあえず夏海は素直に従ってくれる。
彼女は下着に近いとすら言える格好をしていた。上は白の薄着、下はジャージの短パンである。帰宅後、暑いのか邪魔なのか、制服を脱いだというところだろう。
肌の露出は少ないから、注意をするような格好ではないが、間違っても邦朗の前には出せないだろう?
「どうしたんですか? そんなことを言い出して」
適当な上着を纏うと、夏海は俺が指定したソファーの上に、ちょこんと座った。
「遅かったじゃないか。待ちくたびれたぞ、堀田くん」
そこにやっと現れたのは、もう一人の参加者。邦朗だ。
あんな約束の仕方だったというのに、ちゃんと来てくれるところは優しいと思うよね。ノリが良いとか、一緒に遊んでいるような、そんな感覚には違いないだろうけど。
まあね。俺だって別に本気で怒っている訳じゃないし、それも分かっているだろうし。
「ほ、堀田くん? てか、これでも超速急で来てるんだけど」
「黙りなさい。言い訳なら聞いていない。さあ、席に着きなさい」
急いできたというのは嘘じゃないらしい。
疲れているようだし、服も制服のままである。
「どこに座ろうとしているんだ。堀田くんの席は、夏海の座るソファーの下の絨毯の隣に決まっているだろう」
「簡単に言えば、絨毯の上に座ることすら許されないと」
さりげなく夏海と一緒に座ろうとするんだから。それさえなければ、絨毯に座らせてあげるくらいは良かったのに。
でもまあ、邦朗が何を仕出かすか分からないし、夏海と近付けないに越したことはないだろう。
「正座に決まっているだろっ!」
出来る限り威厳のある声を意識してそう言うと、情けない声で返事をして、邦朗は綺麗にその場で正座した。
二人とも、素直なのは良いんだけどさ……。
「それで、お兄ちゃん? どうしてこんなことをなさるんでしょうか。夏海、何か悪いことをしてしまいましたか?」




