ⅣーⅧ
感心して、褒めてやろうと思うとこれなんだから、ちょっと残念だけどね。
ただそんなところもまた、夏海らしいと思うと自然と笑みが零れた。
「夏海、ありがとうね。こんな声も出るんだって、俺のことを宣伝してくれたんだよね」
「そうです。あのようにネットで流して下さり、それが話題になったりすれば、少女の役さえもをお兄ちゃんは手に出来るのです。少年ならばともかく、少女は候補にも上がらないところですよ?」
なんだかそう考えると、恥ずかしいという思いは薄れていくような気がした。
仕事を増やす為の宣伝を、ファンとして行ってくれたのだ。
そうだとしても、勝手にそういうことをするのはどうかと思うけれど、善意と取ればわざわざ咎めることもない。
うん、善意だよ……ね。
「あっ! そういえば、歌詞が完成したんですけど、見ますか? 初回限定盤に入れる秘密のもう一曲、あれの歌詞がやっと完成したんです。今日すぐにお兄ちゃんに見て貰おうと思っていたんですけど、奏ちゃんのこともあって忘れていました」
話題を逸らしたというよりは、素直にその話を終わりと判断したように思えた。
俺もあえてその話を続けるつもりもない。それよりも、夏海が完成したその歌詞の方が断然興味深い。
ふざけていいと言われた夏海は、どこまでふざけてくれたのだろうか。
聞く人を必ず笑わせるような作品が仕上がっていることだろう。まあ、その為には俺の歌い方にも工夫をこらさないといけない訳だけどね。
ふざけた歌詞に合わせて、ふざけて歌うか。
反対に、滅茶苦茶真面目に歌っておいて、その歌詞かよってこともある。
何にしても、それは夏海の歌詞を見て判断しよう。
「見せて貰える? とても集中して書いていたし、何より書いている夏海が楽しそうだったから、見るのが楽しみだよ」
そう微笑み掛けてやれば、夏海は嬉しそうに立ち上がる。
そしてバタバタと二階へと駆けて行った。
一人リビングに残されると、改めて俺は今何をしているのか考えてしまいそうになる。
勿論、声優という仕事をさせて頂いて、楽しいことも沢山ある。俺の声を届けられること、その声を聞きたいと思ってくれる人がいること、俺の声で喋るキャラクターがいること。
なんだか不思議な感覚だけれど、嬉しいことは確かだ。
ありがたいと思うし、楽しいし嬉しい。
それでも、それでも俺は……。
「お兄ちゃん、持ってきましたよっ! ちょっと文字が汚いですけど、そこは、殴り書きなんで勘弁して下さい」
俯き掛けた俺の下に、騒がしく階段を降りてきた夏海の楽しそうな大声が届いた。




