ⅣーⅡ
渋々そう言うと、横島さんは恐ろしいくらいの喜びぶりを見せた。
もう喜んでくれているのは分かったから、早くして欲しいと思う。
ファンを蔑ろにするような人にはなりたくないんだよ? 横島さんが俺のことを好きなのは分かるし、大切にしてくれているんだから大切にしたいと思う。
その気持ちに嘘はないのだけれど、プライベートは守るべきだと思うんだよね。
今の俺はただの男子高校生に過ぎないのだから、とは思うんだ。
だから、拒否権は持っていると思う。だけどここで断って、仕事にまで影響を及ぼしたりしてしまったら困る。
横島さんは見ての通り熱狂的なファンだから、ファン協会ではかなりの権限を誇るのではないだろうか。
その辺りのことを考えたりすると、やっぱり恐ろしくなってしまう。
一人ファンが減ってしまうのではないか。そう思うと、恐ろしくなってしまう……。
イベントで皆の前に立ったとき、緊張はしたしもうやりたくないとも思ったけれど、気持ちよくてまたやりたいとも思った。
皆が俺をどう思っているかは分からない。だからこそ、頑張りたかった。
「じゃあ! じゃあ! 決まりました! にいに、大好き。なんてどうでしょう。最高のロリをお願いしますね」
にいに、とは兄のことだろう? それは、夏海のことを知っている横島さんだから、わざとなのだろうか。
お兄ちゃんの方が、かえって夏海の呼び方のままになってしまっていたから、言いづらかっただろう。しかしにいにって、年齢設定は何歳くらいになるのだろう。
うぅう、恥ずかしくて仕方がない。恥ずかしい恥ずかしいけれど、それを待っている人がいるのだ。
たった一人だとしても、待っている人がいるのだ。
「にいに、だいちゅき♡」
意を決して、俺は精一杯そう言った。
本気でやると言ったからには、手を抜く訳にはいかなかった。それはプロとして働いたことがあるとか、そんなことが理由じゃない。
ただ、精一杯と言った言葉を、嘘にしたくなかったから。
「ご馳走様でしたーーっ!!!」
鼓膜が破れるほどの大声が響き、横島さんは物凄いスピードで走り去った。
あんな大声、どこから出ているんだろう。相当喉が強いんだろうな。俺よりむしろ向いていると思うよ。
そんなことを思いながらも、用を済ませて邦郎のところに戻った。
「横島さん、どうしたんだ?」
案の定、これである。
ただ、全く邦郎は……。と溜め息でも吐いてやろうと思ったが、それが通常の反応だと思い直し止めておく。あれを見たら、あの大声を聞いたら、どうしたんだとは聞くだろう。




