ⅢーⅩ
結局、初回限定版の特典は、果てしなく不思議なものになってしまった。
『夏色の君、遠い君』という曲は、夏海が作詞をしてくれたものなのだが、かなり真面目な曲なのである。
普段の夏海の雰囲気からしては信じられないかもしれないが、彼女が一生懸命に書いてくれたものだ。仕事だからというものもあるが、素直に俺の為を想って書いてくれたんだと思う。
妄想のようなもの。解説はそんな酷いものであったが、素敵な詩だと俺は感じた。
それなのに、特典は本当に、どうしてそんなものになってしまったのかという話だ。
いつまでも勿体ぶっていないで、そろそろ言うけれど、本当にどうしてこうなったのか不思議だ。
シングルだから、その曲の他にもう一曲、カップリング曲が入っている。通常版はそれにミュージックビデオが付いて終わりらしい。
だが初回限定盤には、更にもう一曲付くことになったのだ。
まだ発表はしていないから変更が出来ない訳ではないが、恐らくそれで決定だと思われる。
その曲というのが、珍妙なのである。
夏海に作詞をして貰って、曲は『夏色の君、遠い君』と同じものを使う。つまり、替え歌ということになる。
作詞者に替え歌まで作らせている時点で変なのだが、これくらいならば別に他でもある。
だけどね、夏海に歌詞を注文するときに、明らかに「思い切りふざけちゃってよ」と言っていたのだ。
まだ完成した歌詞を見た訳じゃないから分からないけれど、夏海は真面目な子だから、注文通りに思い切りふざけてくれることだろう。
で、ふざけていいと言ったときの、彼女のふざけ方は最早異常だ。
今からどんな歌詞がくるのか、本当にそれ通りにレコーディングをしていいものか。不安になるくらいだ。
「お兄ちゃん、今はごめんなさい。良い歌詞が思い付きましたので、メモを終えるまで待っていて下さい」
どんな様子なのかと部屋を訪ねてみれば、夏海に追い出されてしまった。
こちらから拒絶していても、無理矢理に部屋へ連れ込もうとする夏海だから、相当気合が入っているのだろうと思った。
その気合の入れようが、どう働いてくれるのか。……不安だな。
そもそも、初回限定盤にのみもう一曲って、どういうことだよ。勢いで同意してしまったけれど、そこからちゃんと疑っておくべきだった。
だって変だもん。
夏海がもう一曲書いてという要望を、断ったりする筈がない。
当然のように彼女は引き受け、当然のように彼女は書き始めたということだ。




