ⅢーⅨ
「あっそうだ! それでいいじゃないですか!」
諦め掛けていると、突如として夏海が叫んできた。その声の大きさには、普通に驚いてしまう。
これだけ叫んだということなのだから、相当のことを思い付いたのだろう。
むしろ、これでしょうもないことだったら、俺は驚き損じゃないか。ただ驚いて、耳もちょっと痛くなったって、最悪じゃんか。
果たして、夏海は何をするのか。
期待は高まる。というより、ハードルを上げてやる。驚かせた罪だ、ハードルを最上級まで上げてやる。
「お兄ちゃんって、絵が得意でしたよね? だからお兄ちゃんなりのイラストを作成し、サインと共に封入してはいかがでしょう」
なるほど、そこまでふざけた意見ではなかった。
俺って絵が得意だったのか。そこは新情報だったけれど、イラストを……ってやっぱりおかしくねぇか?
たとえ俺のファンだとしても、イラストとサインの為に高めの限定版を買ったりなどするだろうか。イラストレーターならばそのイラストのファンなのだろうけれど、俺は声優だ。
外見を晒してそれにより、というのにも違和感があるというのに、絵なんて関係ないじゃないか。
ファンの方は、俺の声が好きなんだよね? そうなんでしょ。
「声優だってテレビに出て、イラストを描いて、それを配信して。そういう時代です。お兄ちゃん、声だけに囚われていてはいけません」
そういう時代って、どういう時代なんだよ。
さっぱり分からない夏海の説明に、簡単に頷く訳にはいかなかった。意味が分からないんだもの。
「かなりの演技派ベテラン声優陣に関しましては、そのようなことをなさいません。それは本人たちもそれを望まないのと他に、ファンの方々も声優としての演技を見ているからです」
演技だけじゃやっていけない。夏海は遠回りに、それを伝えようとしているのだろう。
「しかし、お兄ちゃんはかっこいいのです。上手でもありますが、かっこよくもありました。かっこいいのでしたら、上手さゆえではなくかっこよさゆえに、ファンになった方だって沢山いらっしゃることでしょう。結果として、お兄ちゃんは声だけで売る訳にはいかないのです。かっこいいのは罪なこと、お兄ちゃんの魅力を存分に発揮出来ないのは、もったいないですから」
一生懸命に褒めてはくれているのだけれど、やっぱり、俺は演技だけじゃ無理だって言っているのだろう。
そうだろうね。
ちゃんと専門学校や養成所へ通ってから、十分な技術を身に付けて、声優になろうとしている人がほとんどだ。
そんな中で、ただの高校生に過ぎなかった俺が、だもんね。




