ⅢーⅣ
歌を撮るのは、正直台詞を撮るよりも楽しかった。
夢中になっちゃって楽しくて、終わったことにも気が付かないくらいだった。
「本当に美しい歌声でいらっしゃいます。冬樹様のことを信仰してしまいほど」
収録が終わると、待ち構えていたおっさんが気持ち悪くそう言ってきた。
ただそれだけストレートに褒められれば、勿論悪い気はしない。
悪い気はしないけれど、やっぱり気持ち悪いとは思うんだけどね。
「夏海さんのお兄さん、その名前で売り出しちゃうつもりだったんだけど。名前がこれだけ早く広がったのはそのおかげとはいえ、才能は確かなものなんじゃないかな。冬樹さん、最高だね」
恐ろしいくらいのべた褒めだった。本当に気持ち悪いったらありゃしないよ。嬉しいったら、ありゃしないよ。
家に帰るまでルンルン気分だったから、電車の中とかじゃ怪しい人だと思われていたと思う。
それでも構わなかった。
地味な高校生活を謳歌していた俺が、CD発売だぜ。思う度に、俺は嬉しくて可笑しくて、堪らない気持ちになる。
ショコラティエの二人と一緒に歌って、CDに曲を収録したのはある。それは確かに発売している。
それでも園田冬樹名義で、ってことは俺の歌を聞きたい人しか買わないってことなんだよね。
キャラソンとかだったら、そのキャラが好きだってことも普通にある。てか、普通はそうになるんだよね。声優目当てじゃないさ。
まあ、キャラソンで曲出したことないけどね。
「お兄ちゃん、随分と早かったんですね。まだ帰っていないと思いましたよ」
夏海の部屋から『学園生活』を持ち出して、俺の入った曲を流しながらいい感じに自惚れていると、どうやら夏海が帰っていたらしい。
時計を確認すると、俺が帰宅してからもう三時間が経っている。時刻は夕方四時だった。
四時半から夏海の出演しているアニメがやるので、時計を見ておいてよかったと思う。
「結構早く終わってね。夏海のおかげ、なんじゃないかな。ありがとう」
素直に夏海に感謝を伝えると、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。
こういうところが可愛いんだろうね、きっと。ちょっと行き過ぎたところを除けば、本当に可愛い妹だと思う。
「なんですか、その表情。お兄ちゃん、ご機嫌そうですね」
夏海や父さんがいるせいで、俺はぶっきらぼうと言われることの方が多かった。
それだけど、今の喜びや嬉しさは、表情からしてご機嫌を丸出しにしていたらしい。
まさか、夏海に引き気味で「なんですか」なんて言われるとは思っていなかったよ。




