ⅡーⅥ
「夏海さん! これからはお兄さんと一緒に、仕事を出来るようになったよ」
おっさんが叫ぶと、夏海が飛んできた。
今のスピードを測っていたならば、きっと世界記録を更新出来るだろうな。
「お兄ちゃんと? 田中、ありがとうございます」
田中って、呼び捨てかよ。夏海は嬉しそうに、おっさんの手を握る。
その二つの点に妙な馴れ馴れしさは感じるけれど、夏海は人懐っこい子だから、俺の感覚で考えたらいけないよね。
これくらいは普通なんだろう。
「田中? まあいいや、じゃあ次撮ろうか」
ほら、おっさんだって普通の反応をしているし。
その後は俺の台詞など一つもなかった。
まあ夏海の兄がゲスト出演してみたってだけなんだから、そんなに台詞が多い筈がないだろうね。
「アナタが、夏海さんのお兄さんですか?」
おっさんと夏海で頑張ってる間に、スタジオにいた女性に話し掛けられた。
腰くらいまでのふわりとした黒髪の女性だった。奥二重で大きな瞳は髪と同じ黒、それとは対照的に肌は真っ白だった。
これを言うと声優さんに失礼になるのかもしれないが、正直勿体ないと思うくらいの美女だった。
歳は……、俺くらいなのだろうか。
「はい、そうです」
女性が俺なんかに話し掛けてくるなんて。
少し警戒しながらも、俺は返事をする。
「夏海さんって凄いですよね、あの歳で主役を沢山やってるんですから。それでお兄さん、鈴木と何話してたんですか?」
女性は、おっさんを指差して言う。鈴木? でも夏海は田中って。それも結局呼び捨て?
「俺に、事務所に入らないかって……」
嘘を吐く理由もないし、隠す必要もないだろう。
そう判断して、先程おっさんに言われたことを正直に言う。自分で言っておいて、やっぱりちょっと変な感じだな。
事務所って。事務所にって。
「そうなんですか! 宜しくお願いします。ワタシは双葉唯織って言います。アナタは園田冬樹さんでいいんですよね」
楽しそうに笑顔で彼女は返してくれる。
夏海がいるから存在しないとは言わないけれど、美人でノリが良くて優しげで、なんか怪しいよね。
唯織さん……か。名前を覚えるのは苦手だけど、覚えておかないとだよね。
てか俺の名前は知ってるんだな、何でだろう……。
「あっはい、宜しくお願いします」
唯織さんは、俺のことを見てクスクス笑っている。
笑われることを言わないようにと一生懸命気を付けているのに、何が可笑しいのだろうか。
「ワタシは冬樹さんの話よく聞くんですけど、冬樹さんになーちゃんは私の話してくれないんですか?」
なーちゃん? どうゆうことだろう。全く話に着いていけない。
「ワタシとなーちゃんで『ショコラティエ』って、ユニット組んでるんです。それで今回は共演だし、ワタシ達がOPも歌うことになってるんですよ。それなのに、なーちゃん酷いです」
えっと、なーちゃんって言うのは夏海のことなのかな。でも唯織さんの話なんて、本当に夏海から一つも聞いてないよな。
それか、話していたとしても俺が聞いていなかったのか。
いやそもそも、声優をやってる話自体一つも聞いてなかったじゃないか。んじゃあ、ショコラティエだっけ? ってユニットの話なんて聞かされるわけないよな。




