ⅢーⅡ
もう歌を発売するって、大々的に発表しちゃったんだもんね。
それだったら、早く歌って早く皆にも聞いて貰いたい。
だってあまり待たせていると、そっちの方がハードルが上がっちゃったりしちゃうじゃん。困るじゃん、それ。
期待して貰えるのは嬉しいけど、あまりに期待されちゃうと俺は期待を超えられる気がしないもん。
「来週くらいには練習へ行けるのではないですか? お兄ちゃんは素敵な声をしていますが、歌に関しては初めてでしょう? だからレコーディングの前に、練習をかなりして頂けるんじゃないかと思います。てか、夏海が頑張ります」
何を頑張るのかは分からないが、どうやら夏海が頑張ってくれるらしい。
しかし歌は上手な方じゃないし、プロのレッスンがあるというのは素直に嬉しいかな。今のままじゃお金なんて貰えない、そういうことなんだろう。
それに、夏海に恥を掻かせる訳にもいかないさ。
「カラオケにでも行こうかな。そういや、邦朗がめっちゃ歌うまなんだよね」
認めたくはないけれど、邦朗はスペックが低い訳じゃあない。
確かにスペックは低そうだし馬鹿にしてやりたいタイプだけど、そこまで低スペックじゃないんだから性質が悪い。
でもまあ、本当に出来ない奴だった方が、馬鹿にし辛いものだけどな。
って、どうして俺は邦朗のことなんか考えているんだろう。それよりも、今は歌について考えなければ。
だって少し前までは普通の高校生でしかなかった俺が、突然声優なんてやり出して、遂には歌まで発売するって言うんだからね。
普通ならば目指していたとしても、こんな人気が出ることなどなかっただろうしな。
アリスちゃんに初めて会ったときなんて、何がなんだか全く分からなくて……な。
半年もしないうちに、ここまで全てが変わってしまうなんて。
「カラオケですか。くれぐれも、喉を壊したりなどはしないよう気を付けて下さいね。邦朗さんって、あの、お兄ちゃんの大悪友として有名な方ですよね?」
俺的には一番仲が良いと言えるくらいの存在だから、夏海も邦朗の存在はちゃんと認識してくれていたようだな。
偶然出くわして一緒に水族館へ行って、なんてこともつい最近あったからな。
それ以外にも、家に遊び来たりしたこともあったから、何度か会っているしそりゃそうか。
「うん、そうだね。大悪友。本人にそれを言ってやれば、きっと喜ぶと思うぞ」
夏海が可愛いのは俺だって分かっているし、夏海が言えばなんだとしても喜ぶだろうけどね。
適当にそう口にすると、邦朗のことなんてどうでもいいので、また歌のことに話題を戻すことにする。




